僕の愛の形

文字数 1,999文字

「もう二度と此処へ来てはいけないよ、殺されてしまうからね」
村に迷い込んだ僕を、貴方は優しく導いてくれた。美しい貴方の掌が僕の傷口を癒して、僕等の村まで連れ帰ってくれた。僕の家族は、君を見て酷くいやらしい言葉を並べ立てたけれども。
「いやらしい娘だ。きっとたくさんの男を食い物にしているよ」
「そうだそうだ、奴らは口では高尚なことを言うが、結局肉欲に勝てない生き物なんだよ」
僕を助けてくれた彼女になんてことを言うんだ。そう怒りを露わにしても、周りの人間は彼女の人間的な美しさを理解しようとしなかった。僕の種族は、他の種族として生まれた彼女を見下すことしか考えていないらしい。なんて貧しい思考をしているんだと、僕は僕の種族に絶望した。
「種族で物を考えるのではない、君自身がどうしたいかを考えるのだ」
お礼を言う為に戻ってきた僕に、彼女は困ったような呆れたような顔をしながらそう忠告をしてくれた。聡明な彼女の言葉に、僕は彼女のことをより好きになった。けれども、きっと彼女は僕に恋愛感情を抱くことはない。どれほど彼女が種族で物を考えるなと言ったところで、僕達の種族は違うのだ。

だから、僕は神様にお願いした。次の未来では、彼女と同じ種族になれますようにと。僕の一族には、古来から伝わる伝説があり、僕は伝説の通りに自分の命を満月の夜に捧げた。
「馬鹿な子供だ。あんな女の為に自ら命を捧げるだなんて」
「本当に。あの子が望むのならば、番う相手など簡単に見つけられるというのに」
皆が泣きながら僕を詰る中、彼女は僕の村へと姿を現した。村の人間達は彼女を見て、下劣な瞳を向けて石を投げた。
「おい、貴様の所為でこの子は命を落としたのだぞ」
「貴様のようなメスが、この子を誘って惑わせたのだ」
美しい顔に石をぶつけられ、額から血を流しながらも彼女は僕の遺体に花を手向けた。彼女は花を手向ける瞬間、僕に向かって「馬鹿者が」と小さく詰った。その言葉を聞いた村の奴等は、彼女により強い叱責を与える。
「貴様にこの子を詰る権利などない。さっさと自分の村へと戻れ」
「そうだ、悍ましいメスめ!貴様さえいなければ、この子は死ぬことはなかったのだ」
「貴様の所為だ!貴様の所為だ!」
腐った卵や毒のある野草をぶつけられながら、それでも彼女は最後まで毅然とした態度で村を出た。彼女の村の人々は汚濁に穢された彼女を見て烈火のごとく怒ったが、彼女は「決して手を出すな」と村人らを止めた。村人達は怒りに震えながら、それでも彼女の言葉を胸に僕の村を襲うことはなかった。
独りになった彼女は、空に浮かぶ満月を見つめながら「バカヤロウ」と叫んだ。普段物静かな彼女にしては珍しい悪態であった。もう一度「バカヤロウ」と叫ぶと、彼女は草原に倒れ込み子供の用に泣きじゃくった。
「種族の違いが何だというのだ。私は君のことを大切な友人だと思っていたのに」
私を置いて死ぬなんて。私に何の相談もなくこの世界からいなくなるなんて。
「君は本当に大馬鹿者だ。悩みがあったのだとすれば、私が相談に乗っただろうに」
どうして何一つ言葉を残してくれなかったんだ。総泣きじゃくる彼女を見るのはつらかったけれど、僕を「友達」と呼んだ彼女にこの感情は向けられなかった。だから、きっと、この方法しかなかった。
そうして、僕の願いは叶った。次の世界に生まれた僕は、彼女と同じ種族に生まれ落ちたのだから。

「マラカイト、どうか僕と結婚してください」
「アンバー。何度も言ったが、私は結婚をしないと決めているんだ」
君は全く強情で、僕が結婚適齢期になってもそうそう頷いてはくれなかった。君が僕のことを引き摺っていることはすぐに分かって、だからこそ僕は僕の正体を簡単に暴露してしまった。ウィスタリアと名付けられたエルフを知っているか、と。
「……ああ、私の友人だった。不思議な男だった、私のような者にも優しくて」
「貴方は言ったじゃないですか。種族で物を考えるのではない、君自身がどうしたいかを考えるのだ、って」
その言葉を聞くと、彼女は目を丸くして、それから働き者らしい武骨なこぶしを握った。殴られる、と思った瞬間には遅くて、僕の左頬には彼女の強烈なストレートが決まった。まったく、エルフの頃の僕だったらきっと、青痣程度では済まなかっただろう。
「オオバカヤロウ!オークに生まれ変わる為に、自分の命を捨てるだなんて!」
泣きじゃくる彼女に、僕は痛む頬をさすりながらも立ち上がる。それだけ本気だったんですよと笑いながら。彼女はまだ泣いて怒って、それでも、歩み寄る僕を拒絶せずに抱き締めてくれた。
「愛しています、マラカイト」

とはいえ、一度は命を粗末にした僕を、マラカイトはそうそう赦してはくれない。
それでも良い。オークの人生もエルフほどじゃないけど、長い。
僕は彼女に償いをしながら、今まで言葉に出来なかったその愛を、何度でも語り明かすのだ。
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