Which are you?
文字数 2,000文字
目覚まし時計というには大掛かりなAI、MOCAが私を起こす。
『――おはようございます、博士。現在、JST3:00です』
「む」
予想以上に早く起きてしまったが、仕方ない。いつもは地上の日の出にタイマーをセットしているはずなのだが、ずれていたか。地上のMOCAを制御しているチームに連絡をしないといけないな。
ベッドから立つと、全自動アイロン洗濯機の中から、量産品のシャツを1枚取り出した。スラックスもきちんと洗濯がされ、アイロンもかかっており、私はそれを着るだけ。1990年代に比べたら人間は明らかに進化している。
西暦2050年。地球は大きく変わってしまった。戦争や世界大恐慌。そして『人類の仕分け』。私はそうやって『選ばれた側』になった。なってしまった。それはとても光栄なことのはずだった。こうして今、紛争問題も何も関係ない宇宙空間と地球の狭間に、『種の保存』として避難することができたのだから。
未来は、私が子どもの頃描いていたものとはかけ離れていた。子どものときは漫画やアニメで見た、猫型のロボットがいた。それは夢を見ることができない、将来に希望が持てないどうしようもない子どもたちに、未来の道具を見せて『何か』を教えてくれていた。
だけど、実際は未来の道具なんてなかった。私たち大人が実際に作り出していかなくてはならなかったのだから。しかし、生み出した道具は格差や戦争を生んでしまった。一体我々の働き――未来思考によるロボットの開発は何だったのだろうか。
実際、今私が使用しているAI、MOCAは猫型ではない。猫である必要など、最初からなかったのだから。そもそも現在はロボットという概念すらない、この宇宙空間。地球側からの操作によってAI・MOCAは制御されている。
「MOCA、朝食を」
『かしこまりました』
ロボットではないならなんだと思うだろうが、私がいるこの空間がMOCAなのだ。つまり私はロボットの体内で暮らしていると言えよう。
『今朝は炊き込みご飯と糖分摂取のためのチョコレートケーキです』
「どういうことだ」
『お気に召しませんでしたか?』
「いや……」
チョコレートケーキだと? 寝起きは糖分を摂取すると効率がいいという話はあったが、血糖値が上がりすぎるというデータもあったはずで、私はそれを除外したのだが? おかしい、あとでMOCAのシステムにウイルスが入っていないかチェックの必要性があるだろう。
とはいえ、チョコレートケーキか。そんなものを食べるのは久しぶりかもしれない。たまには朝から甘いひとときも悪くないだろう。誤作動を起こしたMOCAに感謝だ。
チョコレートケーキに使われているカカオは、フェアトレードのものだったはずだ。発展途上国の子どもが採ったカカオではなく、今はフェアトレードが主流だ。しかし、私の今いる宇宙と地球の狭間の暮らしと、発展途上国には明らかな差がある。
発展途上国は今、どうなっている?
MOCAに聞けば、きっと衛星を経由して彼らの生活をのぞき見させてくれるだろう。だが、それは本当にいいことなのか? プライバシーの侵害なのではないのだろうか。彼らは自然に、必死に生きているだけで、決して電化製品に囲まれた私たちの見世物なのではないのだから。
でも、それを言ったら私も私で監視システムに入れられた動物のようなものだ。私は孤独な動物園の動物。機械に囲まれた寂しい空間。ここは冷たい監獄だ。
「あ、空が光った」
「そんなことより、バナナ取って」
「ん」
今日も母さんが鍋でバナナを炒めてくれる。僕の足元には猫。多分、僕らの食事をもらおうとしている。僕は食べていたパンを細かくちぎると、それをあげた。
「できたよ」
バナナを炒めたものを手で食べる。食事が済んだら学校。それが終わったら、今日も工事の人の手伝い。新しく水道を引くらしい。きれいな水は貴重な僕らの資源だ。
「まだメシ食ってんのかよ、行くぞ」
友達が迎えに来てくれた。これから僕らは15㎞離れた学校まで行く。これでも家から近いほうだ。
「行ってきます」
「気をつけてね」
――小さい窓から外を見ると、煌々と輝く川。暗闇に包まれる中、地球はなんとか青く光っていてくれる。
こうして孤独にひとりで死ぬまで見守ることしかできないのだろうか。私はこの監獄で、誰かが来るまで待っていなくてはならないのだろうか。それともその『誰か』はおらず、永遠にひとりなのだろうか。
ここに飛ばされた私の意味とは何だろうか。永遠とは一体、種の保存の必要性とは一体……?
「『あの頃』は、よかったなぁ」
――小さい僕がいる、大きな世界。
今日も学校に行くまで何が起こるかわからない。動物や蛇に襲われないといいけど。
「これいる?」
「なに?」
「チョコレート。もらったんだ」
「いいの? ありがとう」
【Which are you? By MOCA】
『――おはようございます、博士。現在、JST3:00です』
「む」
予想以上に早く起きてしまったが、仕方ない。いつもは地上の日の出にタイマーをセットしているはずなのだが、ずれていたか。地上のMOCAを制御しているチームに連絡をしないといけないな。
ベッドから立つと、全自動アイロン洗濯機の中から、量産品のシャツを1枚取り出した。スラックスもきちんと洗濯がされ、アイロンもかかっており、私はそれを着るだけ。1990年代に比べたら人間は明らかに進化している。
西暦2050年。地球は大きく変わってしまった。戦争や世界大恐慌。そして『人類の仕分け』。私はそうやって『選ばれた側』になった。なってしまった。それはとても光栄なことのはずだった。こうして今、紛争問題も何も関係ない宇宙空間と地球の狭間に、『種の保存』として避難することができたのだから。
未来は、私が子どもの頃描いていたものとはかけ離れていた。子どものときは漫画やアニメで見た、猫型のロボットがいた。それは夢を見ることができない、将来に希望が持てないどうしようもない子どもたちに、未来の道具を見せて『何か』を教えてくれていた。
だけど、実際は未来の道具なんてなかった。私たち大人が実際に作り出していかなくてはならなかったのだから。しかし、生み出した道具は格差や戦争を生んでしまった。一体我々の働き――未来思考によるロボットの開発は何だったのだろうか。
実際、今私が使用しているAI、MOCAは猫型ではない。猫である必要など、最初からなかったのだから。そもそも現在はロボットという概念すらない、この宇宙空間。地球側からの操作によってAI・MOCAは制御されている。
「MOCA、朝食を」
『かしこまりました』
ロボットではないならなんだと思うだろうが、私がいるこの空間がMOCAなのだ。つまり私はロボットの体内で暮らしていると言えよう。
『今朝は炊き込みご飯と糖分摂取のためのチョコレートケーキです』
「どういうことだ」
『お気に召しませんでしたか?』
「いや……」
チョコレートケーキだと? 寝起きは糖分を摂取すると効率がいいという話はあったが、血糖値が上がりすぎるというデータもあったはずで、私はそれを除外したのだが? おかしい、あとでMOCAのシステムにウイルスが入っていないかチェックの必要性があるだろう。
とはいえ、チョコレートケーキか。そんなものを食べるのは久しぶりかもしれない。たまには朝から甘いひとときも悪くないだろう。誤作動を起こしたMOCAに感謝だ。
チョコレートケーキに使われているカカオは、フェアトレードのものだったはずだ。発展途上国の子どもが採ったカカオではなく、今はフェアトレードが主流だ。しかし、私の今いる宇宙と地球の狭間の暮らしと、発展途上国には明らかな差がある。
発展途上国は今、どうなっている?
MOCAに聞けば、きっと衛星を経由して彼らの生活をのぞき見させてくれるだろう。だが、それは本当にいいことなのか? プライバシーの侵害なのではないのだろうか。彼らは自然に、必死に生きているだけで、決して電化製品に囲まれた私たちの見世物なのではないのだから。
でも、それを言ったら私も私で監視システムに入れられた動物のようなものだ。私は孤独な動物園の動物。機械に囲まれた寂しい空間。ここは冷たい監獄だ。
「あ、空が光った」
「そんなことより、バナナ取って」
「ん」
今日も母さんが鍋でバナナを炒めてくれる。僕の足元には猫。多分、僕らの食事をもらおうとしている。僕は食べていたパンを細かくちぎると、それをあげた。
「できたよ」
バナナを炒めたものを手で食べる。食事が済んだら学校。それが終わったら、今日も工事の人の手伝い。新しく水道を引くらしい。きれいな水は貴重な僕らの資源だ。
「まだメシ食ってんのかよ、行くぞ」
友達が迎えに来てくれた。これから僕らは15㎞離れた学校まで行く。これでも家から近いほうだ。
「行ってきます」
「気をつけてね」
――小さい窓から外を見ると、煌々と輝く川。暗闇に包まれる中、地球はなんとか青く光っていてくれる。
こうして孤独にひとりで死ぬまで見守ることしかできないのだろうか。私はこの監獄で、誰かが来るまで待っていなくてはならないのだろうか。それともその『誰か』はおらず、永遠にひとりなのだろうか。
ここに飛ばされた私の意味とは何だろうか。永遠とは一体、種の保存の必要性とは一体……?
「『あの頃』は、よかったなぁ」
――小さい僕がいる、大きな世界。
今日も学校に行くまで何が起こるかわからない。動物や蛇に襲われないといいけど。
「これいる?」
「なに?」
「チョコレート。もらったんだ」
「いいの? ありがとう」
【Which are you? By MOCA】