飛べないカルロ
文字数 1,994文字
「おい、見ろよ。カルロのやつまた走ってるぜ!」
「はは、あれじゃあ何のために羽が生えてるのかわからねえな!」
「ようし、ちょっとからかってやるか。」
そう言うと、羽の生えた三人の若者たちは、レンガで舗装された道を走っているカルロの頭上まで飛んでいった。
ばさばさと羽ばたく音にカルロが気づき、足を止め振り返った途端、三人の内の一人がカルロの被っていた羽根の帽子をひょい、と奪った。
「おい、何するんだ!」
カルロは、頭上を飛び回る三人に向かって叫んだ。
「それは僕の大切な帽子なんだ!返せよ!」
「返して欲しけりゃ飛んでみろよ!お前にだって羽が生えてるじゃないか!」
三人はカルロが飛べないことをからかい、奪った帽子を持ってどこかに飛んでいってしまった。
大切な帽子を奪われたカルロは、三人が飛んでいった方向に向かって走ったが、自在に空を飛び回る彼らには全く追いつくことができず、すぐに見失ってしまった。
それを見ていた街の人たちは、カルロのことを陰で笑ったり、同情の言葉をかけたりしていた。
いつものことではあるが、この悔しさと情けなさには、慣れるどころか、日毎、カルロの心に劣等感を積み上げていくのだった。
カルロは人目を避け、川の方へと抜けた。
河原の芝の上に腰を下ろし、川に向かって小石を投げていると、背後に人の気配を感じた。
「隣、座っていい?」
声の主はアマリアだった。
彼女の腰の辺りまで伸ばした黒髪が、風に靡いてふわりと舞う。
甘くいい香りが、カルロの鼻腔をくすぐった。
「うん、もちろん。」
カルロは鬱々とした気分を隠すように、わざと明るい声で答えた。
「ありがとう。カルロ、また何か嫌なことでもあったの?」
「え?」
「図星でしょ。」
「どうしてわかったの?」
「わかるわよ。カルロは演技が下手なんだから。私には隠し事はなしよ。」
アマリアはそう言うと、くすくすと笑った。
「帽子、取られちゃったんだ。アマリアが作ってくれた帽子。僕は大切にしてたのに。」
カルロは言いながら、自分はなんて情けないのだろうと思った。
「なんだ、そんなこと。帽子くらいまた作ってあげるわよ。」
「そんなことって、僕は悔しいんだ。飛べない僕のことを馬鹿にして。あいつらだけじない。街のみんなだって、この川に橋も架けないで。この街で向こう岸に飛んで渡れないのは僕と君だけなんだよ。」
カルロはそう言うと、こんな羽に何の意味もない、と捨て台詞を吐いた。
「私だって悔しいよ。」
アマリアはきらきらと光る川を見ながら言った。
「私だって、みんなと一緒に空を飛んでみたいって思う。だから必死で飛ぶ練習をしたし、羽の手入れも毎日やった。でもだめだった。だから私はもういいの。」
カルロは黙っていた。
「ほら見て、わたしの羽。毎日手入れをしたお陰でこんなに綺麗になったんだよ。」
アマリアは、美しく生え揃った真っ白な羽を、慈しむように優しく撫でた。
翌日、街に出ていたカルロの元に、昨日の三人が再び現れた。
「よう、カルロ。」
三人はにやにやと笑っている。
「なんだよ、どけよ。」
カルロはむすっとして答えた。
それでも、彼らはにやにやと笑っている。
「昨日のアレ、お前の大事な帽子なんだって?」
その言葉にカルロは反応した。
「帽子を返せ!どこにやった!」
「さあな、どこにやったかな?街で一番高い教会の上だったかな?」
三人が下品な笑い声を上げると同時に、カルロは駆け出した。
カルロは走り、ついに教会の見える位置までたどり着いた。
息を切らしながら教会を見上げると、その屋根の上の十字架の先端に、カルロの帽子が引っ掛かっていた。
しかし驚くことに、その屋根の上にはなんと、アマリアがいた。
彼女は、十字架に引っ掛けられている帽子を見つけ、教会の屋根に上り、それを取ろうとしていたのだ。
片腕で十字架に掴まり、もう片方の腕を帽子に向けて必死に伸ばしていた。
あと少し。
アマリアは、千切れんばかりにぐっと腕を伸ばした。
そしてついに、彼女の細い指先がカルロの帽子に触れた。
だがその時、突如、突風がアマリアを襲った。
風に煽られ、彼女はバランスを崩した。
「あぶない!」
カルロはそう叫ぶが先か、教会目掛けて走り出した。
教会まではまだ距離がある。
カルロは力の限り腕を振り、大地を蹴って走る。
教会まであと十数メートルに到達した時、ついにアマリアが足を滑らせた。
だめだ。間に合わない。
カルロは、飛べない自分を呪った。
この羽で空を飛べたなら、僕は彼女を守ることができるのに!
落下するアマリア。
それでもカルロは、走るのをやめなかった。
一瞬、逆さまになったアマリアと目があった。
その時、
ばさっ
という音とともに、カルロの羽が開いた。
視線はアマリアを捉えている。
カルロは無我夢中だった。
そしてアマリアが地面に叩きつけられる寸前、カルロは彼女の身体を受け止めた。
ぐっと力を込め、彼女を抱きしめる。
そしてそのまま、カルロは大空を飛んだ。
「はは、あれじゃあ何のために羽が生えてるのかわからねえな!」
「ようし、ちょっとからかってやるか。」
そう言うと、羽の生えた三人の若者たちは、レンガで舗装された道を走っているカルロの頭上まで飛んでいった。
ばさばさと羽ばたく音にカルロが気づき、足を止め振り返った途端、三人の内の一人がカルロの被っていた羽根の帽子をひょい、と奪った。
「おい、何するんだ!」
カルロは、頭上を飛び回る三人に向かって叫んだ。
「それは僕の大切な帽子なんだ!返せよ!」
「返して欲しけりゃ飛んでみろよ!お前にだって羽が生えてるじゃないか!」
三人はカルロが飛べないことをからかい、奪った帽子を持ってどこかに飛んでいってしまった。
大切な帽子を奪われたカルロは、三人が飛んでいった方向に向かって走ったが、自在に空を飛び回る彼らには全く追いつくことができず、すぐに見失ってしまった。
それを見ていた街の人たちは、カルロのことを陰で笑ったり、同情の言葉をかけたりしていた。
いつものことではあるが、この悔しさと情けなさには、慣れるどころか、日毎、カルロの心に劣等感を積み上げていくのだった。
カルロは人目を避け、川の方へと抜けた。
河原の芝の上に腰を下ろし、川に向かって小石を投げていると、背後に人の気配を感じた。
「隣、座っていい?」
声の主はアマリアだった。
彼女の腰の辺りまで伸ばした黒髪が、風に靡いてふわりと舞う。
甘くいい香りが、カルロの鼻腔をくすぐった。
「うん、もちろん。」
カルロは鬱々とした気分を隠すように、わざと明るい声で答えた。
「ありがとう。カルロ、また何か嫌なことでもあったの?」
「え?」
「図星でしょ。」
「どうしてわかったの?」
「わかるわよ。カルロは演技が下手なんだから。私には隠し事はなしよ。」
アマリアはそう言うと、くすくすと笑った。
「帽子、取られちゃったんだ。アマリアが作ってくれた帽子。僕は大切にしてたのに。」
カルロは言いながら、自分はなんて情けないのだろうと思った。
「なんだ、そんなこと。帽子くらいまた作ってあげるわよ。」
「そんなことって、僕は悔しいんだ。飛べない僕のことを馬鹿にして。あいつらだけじない。街のみんなだって、この川に橋も架けないで。この街で向こう岸に飛んで渡れないのは僕と君だけなんだよ。」
カルロはそう言うと、こんな羽に何の意味もない、と捨て台詞を吐いた。
「私だって悔しいよ。」
アマリアはきらきらと光る川を見ながら言った。
「私だって、みんなと一緒に空を飛んでみたいって思う。だから必死で飛ぶ練習をしたし、羽の手入れも毎日やった。でもだめだった。だから私はもういいの。」
カルロは黙っていた。
「ほら見て、わたしの羽。毎日手入れをしたお陰でこんなに綺麗になったんだよ。」
アマリアは、美しく生え揃った真っ白な羽を、慈しむように優しく撫でた。
翌日、街に出ていたカルロの元に、昨日の三人が再び現れた。
「よう、カルロ。」
三人はにやにやと笑っている。
「なんだよ、どけよ。」
カルロはむすっとして答えた。
それでも、彼らはにやにやと笑っている。
「昨日のアレ、お前の大事な帽子なんだって?」
その言葉にカルロは反応した。
「帽子を返せ!どこにやった!」
「さあな、どこにやったかな?街で一番高い教会の上だったかな?」
三人が下品な笑い声を上げると同時に、カルロは駆け出した。
カルロは走り、ついに教会の見える位置までたどり着いた。
息を切らしながら教会を見上げると、その屋根の上の十字架の先端に、カルロの帽子が引っ掛かっていた。
しかし驚くことに、その屋根の上にはなんと、アマリアがいた。
彼女は、十字架に引っ掛けられている帽子を見つけ、教会の屋根に上り、それを取ろうとしていたのだ。
片腕で十字架に掴まり、もう片方の腕を帽子に向けて必死に伸ばしていた。
あと少し。
アマリアは、千切れんばかりにぐっと腕を伸ばした。
そしてついに、彼女の細い指先がカルロの帽子に触れた。
だがその時、突如、突風がアマリアを襲った。
風に煽られ、彼女はバランスを崩した。
「あぶない!」
カルロはそう叫ぶが先か、教会目掛けて走り出した。
教会まではまだ距離がある。
カルロは力の限り腕を振り、大地を蹴って走る。
教会まであと十数メートルに到達した時、ついにアマリアが足を滑らせた。
だめだ。間に合わない。
カルロは、飛べない自分を呪った。
この羽で空を飛べたなら、僕は彼女を守ることができるのに!
落下するアマリア。
それでもカルロは、走るのをやめなかった。
一瞬、逆さまになったアマリアと目があった。
その時、
ばさっ
という音とともに、カルロの羽が開いた。
視線はアマリアを捉えている。
カルロは無我夢中だった。
そしてアマリアが地面に叩きつけられる寸前、カルロは彼女の身体を受け止めた。
ぐっと力を込め、彼女を抱きしめる。
そしてそのまま、カルロは大空を飛んだ。