猫と私
文字数 1,795文字
「うん、夢だと思って聞いてね。おかしなこと言ってるなぁって自覚あるし」
桜の前世は猫だった。その、記憶があるのだ、『猫』として暮らしていた記憶。実際行った覚えがない町の中の、公園の遊具や路地裏、住んでいる人達とかの事を、ぼんやり覚えている。桜はただの夢か、テレビでみた光景を知った気になっているのだと、ずっとそう思っていた。
しかしある時、ボランティアで遠方の町へ川掃除に行った事があった。その町が、桜が猫として暮らしていた場所だったのだ。
「びっくりしちゃった。夢だと思ってた町が、そっくりそこにあるんだもん」
丘から見える港の景色。猫の桜を可愛がってくれた人達。よく日向ぼっこしていた駄菓子屋。猫だけが知っている近道。全てが、記憶そのままだった。
「でもね、不思議なんだ。あたしが【桜】として生まれて、二十年近く経ってるわけでしょ? っていうことは、あたしの記憶の中の人達も同じくらい歳とってなきゃおかしいでしょ?」
どう見てもその町の人達は二十年も経ったように見えなかった。桜が猫だった頃に根城にしていた寺の境内によく遊びにきていた子供達は、今の桜より年下だった。そして、よくご飯の余り物や魚のアラをくれた、タバコ屋の老未亡人はシングルマザーで子供が三人居た。しかし今は全員猫の時より幼くて、一番年長の子でも小学生だった。一番上の子が生まれた後に死んで生まれ変わったはずの桜が、年上になっている。
その差異に悩んでいたら、日向ぼっこ先でよく見かけたお爺さんを偶然見つけた。お喋り大好きなタイプだったから、知らない子でも話してくれると思って、話しかけてみた。
「おぉ、何年か前まで銀色の猫がこの辺に居ったよ。こんな隠居ジジイに付きおうてくれる、妙に律儀な猫じゃった。しかし頭が良くてのう、雌だてらに猫らの親分のようじゃった。わしは友人のように思っておったよ……」
桜は照れくさそうに笑った。彼女もお爺さんと交流するのが大好きだったから。そして彼の話から、桜だと思われる銀猫は五年か六年前まで居たようだ。猫の桜が死んだのは五年か六年前。だというのに、今の桜が生まれたのは十九年前。その猫が、桜だったというのは疑いようがないのだ。
銀色の毛並みに金目の猫は珍しかったみたいだから、町の人はよく覚えていてくれた。
「……ちょっと恥ずかしいんだけどね。あたしったら、多摩川のアザラシちゃんみたいに、町内のアイドル的存在だったみたい」
悪戯するカラスを追っ払ったり、珍しい見た目故に捕まえて売り飛ばそうって人間達を自力で撃退したり。大抵近所の迷惑DQNだったので、痛快劇として受け取られていた。
「……今のところは他の人には秘密にしておいてね。あれは若気の至りっていうか……うん、まあ、今のあたしはまだ未婚の未成年なんだけどね」
桜が以前読んだ小説に、死んでしまえば時間軸は関係ないという一説があったけれど、生まれ変わりとは、年月を遡る事もあるのだろうか。
「あ、そうそう、猫の集会って知ってる?」
ある一定の場所に数匹の猫が集まる事があって、あの場所も、全く変わっておらず、懐かしい顔に会った。もう友達は見分けがつかなかったが、猫の頃の、子供はすぐに解った。桜と同じ毛並みの猫がすっかり成長していて、かつての母親として感慨深かった。
「……旦那? もちろん見たよ」
その前世の猫夫婦は、お互い相手は一匹のみだった。猫で一夫一妻は珍しいと聞く。すらっとした、綺麗な碧い目の、人間でも絶対イケメンに入る黒猫だった。猫妻としての記憶は子供ができたくらいしか覚えてない。
「それで、その元旦那猫にまた気に入られちゃったみたいで」
いつの間にか、今の桜が住んでいる街にまで引っ越してきたようだ。
玄関の前や中庭に、気づけば座っているようになった。元旦那猫、桜にだけ妙に懐いていて……今は、従妹の青葉 に任せきりにしている。
「猫と人間は結婚できないんだよ。君も早く次のお嫁さん見つけなさい」
「まさか、あたしが元嫁の猫って気付いてるわけじゃない……とは思う……んだけど、一応伝えておいたの……うん、気のせいならいいんだよ。いいんだけど……」
この間青葉から手紙が届いたのだが、気になる事が書いてあった。
「元旦那猫の尻尾が二本になったんだって。青葉ちゃんは面白いって喜んでるみたい。……ねぇ、このままでも大丈夫だと思う?」
桜の前世は猫だった。その、記憶があるのだ、『猫』として暮らしていた記憶。実際行った覚えがない町の中の、公園の遊具や路地裏、住んでいる人達とかの事を、ぼんやり覚えている。桜はただの夢か、テレビでみた光景を知った気になっているのだと、ずっとそう思っていた。
しかしある時、ボランティアで遠方の町へ川掃除に行った事があった。その町が、桜が猫として暮らしていた場所だったのだ。
「びっくりしちゃった。夢だと思ってた町が、そっくりそこにあるんだもん」
丘から見える港の景色。猫の桜を可愛がってくれた人達。よく日向ぼっこしていた駄菓子屋。猫だけが知っている近道。全てが、記憶そのままだった。
「でもね、不思議なんだ。あたしが【桜】として生まれて、二十年近く経ってるわけでしょ? っていうことは、あたしの記憶の中の人達も同じくらい歳とってなきゃおかしいでしょ?」
どう見てもその町の人達は二十年も経ったように見えなかった。桜が猫だった頃に根城にしていた寺の境内によく遊びにきていた子供達は、今の桜より年下だった。そして、よくご飯の余り物や魚のアラをくれた、タバコ屋の老未亡人はシングルマザーで子供が三人居た。しかし今は全員猫の時より幼くて、一番年長の子でも小学生だった。一番上の子が生まれた後に死んで生まれ変わったはずの桜が、年上になっている。
その差異に悩んでいたら、日向ぼっこ先でよく見かけたお爺さんを偶然見つけた。お喋り大好きなタイプだったから、知らない子でも話してくれると思って、話しかけてみた。
「おぉ、何年か前まで銀色の猫がこの辺に居ったよ。こんな隠居ジジイに付きおうてくれる、妙に律儀な猫じゃった。しかし頭が良くてのう、雌だてらに猫らの親分のようじゃった。わしは友人のように思っておったよ……」
桜は照れくさそうに笑った。彼女もお爺さんと交流するのが大好きだったから。そして彼の話から、桜だと思われる銀猫は五年か六年前まで居たようだ。猫の桜が死んだのは五年か六年前。だというのに、今の桜が生まれたのは十九年前。その猫が、桜だったというのは疑いようがないのだ。
銀色の毛並みに金目の猫は珍しかったみたいだから、町の人はよく覚えていてくれた。
「……ちょっと恥ずかしいんだけどね。あたしったら、多摩川のアザラシちゃんみたいに、町内のアイドル的存在だったみたい」
悪戯するカラスを追っ払ったり、珍しい見た目故に捕まえて売り飛ばそうって人間達を自力で撃退したり。大抵近所の迷惑DQNだったので、痛快劇として受け取られていた。
「……今のところは他の人には秘密にしておいてね。あれは若気の至りっていうか……うん、まあ、今のあたしはまだ未婚の未成年なんだけどね」
桜が以前読んだ小説に、死んでしまえば時間軸は関係ないという一説があったけれど、生まれ変わりとは、年月を遡る事もあるのだろうか。
「あ、そうそう、猫の集会って知ってる?」
ある一定の場所に数匹の猫が集まる事があって、あの場所も、全く変わっておらず、懐かしい顔に会った。もう友達は見分けがつかなかったが、猫の頃の、子供はすぐに解った。桜と同じ毛並みの猫がすっかり成長していて、かつての母親として感慨深かった。
「……旦那? もちろん見たよ」
その前世の猫夫婦は、お互い相手は一匹のみだった。猫で一夫一妻は珍しいと聞く。すらっとした、綺麗な碧い目の、人間でも絶対イケメンに入る黒猫だった。猫妻としての記憶は子供ができたくらいしか覚えてない。
「それで、その元旦那猫にまた気に入られちゃったみたいで」
いつの間にか、今の桜が住んでいる街にまで引っ越してきたようだ。
玄関の前や中庭に、気づけば座っているようになった。元旦那猫、桜にだけ妙に懐いていて……今は、従妹の
「猫と人間は結婚できないんだよ。君も早く次のお嫁さん見つけなさい」
「まさか、あたしが元嫁の猫って気付いてるわけじゃない……とは思う……んだけど、一応伝えておいたの……うん、気のせいならいいんだよ。いいんだけど……」
この間青葉から手紙が届いたのだが、気になる事が書いてあった。
「元旦那猫の尻尾が二本になったんだって。青葉ちゃんは面白いって喜んでるみたい。……ねぇ、このままでも大丈夫だと思う?」