第1話

文字数 1,823文字

この世界のペンギンは、飛べるようになる。


 やばい。仕事の、し過ぎで頭が痛い。多分頭だけじゃないが、一番は頭だ。脳震盪でも起こったんじゃないか。少し寒気もしてきたし。

「お疲れ様」

 仕事をしなくちゃいけないのに、こんな体調では話にならない。今が一番、頑張らなくちゃいけない時なのに。

「おーい。聞いてる?」

 でもやっぱり痛い。無理を言うようだが、課長に言って一時間ほど仮眠の時間をもらおう。そうして椅子から立ち上がると、目の前にはその、課長の姿があった。

「うわぁ! す、すみません」

「あのなぁ……。君は無茶するのが好きなのか? 残業続きで昨日も会社泊まりだったって聞いたぞ」

 そうは言っても、と言おうとすると、口を遮って続けた。

「お前なんかいなくても仕事は回るんだ。とっとと休め」

 いなくても、いい。そうか。

 ベッドルームの鍵をもらって、ペタペタと歩く。

「課長なりの気遣い……ってことにしよう」

 もふもふひんやり、しかし温もりのあるベッドに沈む。それから意識を手放すまでに、そう時間はかからなかっただろう。

「うちとライバル企業の、より良い条件の方でやらせていただきたい」

という提案をされた。うちではリスクを顧みてできなかったものだ。おかげで新しい取引先は、ライバル社に取られてしまった。ライバル企業が、新規事業を開拓し始めた。ファーストペンギンというべきか。パイオニアというべきか。さすペンだー(流石のペンギンだー)というべきか。

遅れてしまったものは、仕方がない。今まで通りのターゲット層のニーズに応える。

「お?」

 おや。よく眠れた気がする。今は一体何……時。

「お?」

 おかしいな。目をこする。

「お?」

 時刻は午後の4時をまわっていた。

 顔を洗ってみる。

「おー」

 やっぱり4時から変わらない。

 まずいまずい。一時間のつもりが、もうすでに7時間という健康的な睡眠をぐっすりしていたではないか。

「か、課長! 申し訳ありませんでした!!」

「おぉよく眠れたか」

「ん?」

 あわててデスクに戻ると、山のように積み上げてあった書類たち、仕事達は、きれいさっぱり消えていた。

「え、あ、あのこれは」

「君の頑張りを見て、皆で引き継いだんだよ」

 え、でも、え。あ、あれは。

「そうです! 1週間後のクライアントとのミーティング、リスケに」

「それは私が僭越ながら、予定から考えて来週の金曜日に変更いたしました!」

 後輩の一人が、話を遮って教えてくれた。金曜日、たしかに予定もなく、移動するならこの日で間違いない。

「そうだ、ローンチ関係の書類はASAPで」

「それは僕たちが」

 次々に、積み重なっていたものがなくなっていってるのを実感し、肩の荷が下りたというか、嬉しいというか。

「あ、ありがとう。俺だけじゃ多分間に合わなかったものもあった」

 デスクが、何年かぶりに綺麗になった。

「普段の頑張りを見て、皆手伝いたいと思ったんだ。私も、な」





 数か月後。テレビCMにて。

「体ひんやりかき氷! ニウグネップより発売! お近くのスーパーまで!」

 うちの商品といえば「夏」というのを決定的にした、このかき氷機。なんといってもコンパクトで、僕らでも簡単に扱うことのできる商品になっている。そこら中にある氷を産まう活用する方法として、かき氷という食べ物は、とてもいい。

クライアントからの提案は実にユニークで、そして実現性があった。まるで「自分のところにはそういうのがあるよ」と言わんばかりの口ぶりに思わず乗ってしまったが、今となってはそれで正解だった。氷に味をつけて喰らうなど、景色として見ていた僕らには全く考えつかなかった売り方で、瞬く間にかき氷機は売れた。

「最近は、このかき氷機のおかげで食事の後に口直しが出来るようになったんです」

「僕はレモン! 私はイチゴ!」

 人気を博したかき氷。半無限といわれた氷も、いつの間にか少しずつ少なくなっていき……。

 さらに、数年後。

 僕たちペンギンは、飛べるようになった。

「まさか、俺たちが飛ぶなんてなぁ」

「これも、あのかき氷機のおかげかしらね」

 かき氷を食べた時に起こる、頭がキィーンとなる症状。あれが、飛ぶために必要なものだったのだ。かき氷機制作の時のクライアントに聞くと、それはどうやら『念力』というらしい。この大陸以外の世界はまだ開拓されていないが、いずれ色々な場所に住めるようになるだろう。



こうして僕らペンギンは、空を飛べるようになったのだ。
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