文字数 1,326文字

広場は人々でごった返していた。揺れ動く人々の衣から薄ぼんやりとした滲みが出て、紺色の空に昇っていった。蝉の声、太鼓の音、草履が砂を踏みしめる音が混ざり合い、広場全体に響いていた。
僕はもうすっかり身体の一部となった頭痛とともに、人混みに加わった。喧騒に混ざり、手を挙げ足を踏みならして身体をくねらせる。汗が首筋を伝ってシャツの中に入っていくのを感じる。満月は赤く濁り、その光は僕の視界を掻き乱す。

20XX年、6月26日から始まった猛暑日は、すでに4年と半年もの間続いていた。この終わらない夏に、都市部を中心に初め国民は戸惑ったが、全てはなす術なく、それを日常として受け入れるしかなかった。
ぼくたちの町は、この常夏を不自然なほど自然に受け入れた。広場に屋台が組まれ、はっぴを着た若者が踊り出した。町のすべての家から冬ものの衣服や暖房器具が消え、町外れのかき氷屋がトタン屋根を新しいものにした。夏の到来とともに始まった祭は夏の停滞とともに町に居座り、広場の土は人々の汗を吸って沼地となり、その地面を踏んで踊り狂う人々の脚はいつも泥で汚れていた。町にある全てのものが浮かれ、熱と蒸気を発し、入道雲の間から差し込む厳しい日光の元で眼を血走らせて踊っていた。

ふと耳元で囁かれる言葉を拾った。
「明日、終わるよ」
振り返ってみると、そこに、ひまわりが微笑んでいた。「明日で、夏が終わるよ」
ぼくはリズムをとる手を止めて、ひまわりを見つめた。静止したぼくに踊り手の身体が次々にぶつかる。顔をしかめ、降りかかる汗を拭うともうひまわりはいない。
人混みを抜け出すと、花火が飛び散る小道の奥にひまわりが佇み手招きをしている。ぼくは陽炎にまみれたひまわりの元へ裸足で駆けていく。
ぼくはひまわりに尋ねた。「本当に、明日で終わり?」
ひまわりはゆっくり頷く。
太鼓の音が雑草を揺らし、蝉の抜け殻を破る。どこかから怒鳴り声が聞こえる。月は赤く燃えている。汗が滴る。頭が痛い。
「そうか、もう終わりなんだね」
とぼくは言った。民家の窓に灯りが灯った。ひまわりはまたゆっくりと頷いた。
ぼくたちは、草木生い茂る小道の傍に並んで座った。ハエがブンブン唸っていた。ぼくは大きく息を吸った。肺に熱気が伝わって沁みた。
燃え盛る月は次第に山裾に近づいていった。相変わらず、太鼓の音はこの町を支配していた。裸の子どもの群れがぼくたちの前を走っていった。

そして、雨が降った。それはそれは、大粒の、立派な雨だった。不思議と、雲は空になかった。あんなにも騒がしかった祭の音を、雨は一瞬にして飲み込んだ。広場からチョコレート色の水の流れが小道を流れていく。町は水音を残して、静まり返った。久しく聞いたことのない静寂だった。冷たい雨は、ぼくの身体の火照りと疲れを洗い流した。代わりに少しの肌寒さを感じた。横を見ると、ひまわりはいなかった。ぼくはすぐに、ひまわりには二度と会えないことを悟った。ぼくはひまわりを思いながら白けつつある空を見上げた。

雨が上がり、太陽が昇った。それは昨日までのものとは違い、穏やかな光をもたらした。ぼくはゆっくりと頷いて立ち上がった。もう頭痛は治まっていた。広場を片付けようと、ゆっくりと歩き出した。
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