死介者

文字数 5,000文字

 皆様は、生まれ変わりというものを、果たして信じておられますか?
 まず、人は死後、その生き様を清算いたします。罪と徳を、それぞれあの世で過ごす事によって始末するので御座います。罪には罰を、徳には褒美を。地獄と極楽で、生き様に見合う期間暮らす事でその清算となされます。
 その後行われるのが、死に様の清算。
 次なる生に向けまして、その者の死に様を精査するので御座います。
 そして、その精査員こそがこの私。日本の古くは閻魔と呼んだこの仕事ではありますが、今ではその役割を細かく分けられ、私の仕事はもっぱら「死介者」と呼ばれております。
 あの世も働き方改革とかで、閻魔の激務が細分化されたのでありました。
 そして、今日もまた一人、生き様を清算いたしました亡者が、来世の審査にいらしました。
 果たして何に生まれるか、もしもご満足いただけたなら幸いで御座います。



「お名前をどうぞ」

 笑顔、努めて笑顔。やはりあの世もこの世もどこの世も、愛想というものは必要でありますから。

「山岸智樹です」
「山岸様ですね。はい、承ります」

 手元の資料によりますと、五年の極楽と二十九年の地獄での生活を全うした優男。この情報を見ればどうやら悪人のようですが、それが私の精査に関わる事はありません。その生き様はすでに清算されているからで御座います。私が考慮すべきは、あくまで死に様ただ一つ。

「貴方はどうやら……火事で亡くなられた?」
「はい、屋敷が全焼するほどの火事だったと聞いています」

 その言葉は、資料の通り。ごく稀に、死に様を誤魔化そうという亡者もいるので御座います。

「他に亡くなられた方は?」
「……分かりません。しかし、使用人もいたので、もしかしたら巻き込んでしまったかもしれません」

 どのような悪人であっても、私の前に来た以上必ず従順となっております。それほどまでに、地獄の責め苦は恐ろしいとも言えましょう。

「私が原因なのです。たまには料理をしようと思って、それでコンロから引火しました」
「ははあ、なるほどそれで大火事に」

 原因ではあったものの、どうやら悪意はないようで。ならば、あまり弱いものに生まれるのは酷でありましょう。

「貴方の次なる生まれは、ツバメにいたしましょう」
「ツバメ……ですか。私がそんなものに変わって良いのでしょうか?」

 山岸様は不安そうに眉をひそめられます。しかし、私の決定に間違いなどありません。
 改心している方は、よく私の決定に不満を持たれます。自らのような悪人がそのような生物に生まれて良いものかと。しかし、私はその度に同じ事を言うのであります。

「私が知る限り、山岸様はおよそ褒められた人生を歩まれなかったようです」
「そうです。私は、蛆か腐ったカボチャにでもなるのがお似合いの人間です」
「いやいや、しかし山岸様は三十年に届こうかというほどの期間、地獄で生活なさっている。生き様の清算は、それで済まされているので御座います」

 しかし、どうやら山岸様は納得いかれないようで、反論をしないまでも不満の表情を浮かべるのでありました。

「山岸様、どうかご自分を卑下されせぬようお願い申し上げます。貴方様の生き様をここで勘定に入れてしまうという事は、我々の仕事が不充分であるという事なので御座います。山岸様のお気持ちは図りかねないものでありますが、ここは甘んじてお受けください」
「……卑怯な言い方だ。そう言われてしまうと、反論なんてできるはずがない」

 ようやく、山岸様の肩から力が抜けたようでありました。

「ご安心ください。ツバメの一生も、決して生温いものではないでしょう。季節の境には必ず海を渡り、自分より大きな鳥に食われぬように気をつけねばなりません」
「そう……ですね。はい、ありがとうお御座います」
「お礼を言われるような事ではありませんとも」

 笑顔で、深くお辞儀をしてお見送りいたします。これは閻魔の頃にはなかった習わしで御座います。

「また次にお亡くなりになった時、どうか人間になられますようお祈り申し上げております」



「次の方、お名前をどうぞ」

 一人終わればすぐさま次へ。なにせ、この後にも多くの亡者が控えておりますので。

「堂本美由紀です」
「堂本様ですね、よろしくお願いします」

 次にいらしましたのは女性の方でした。黒い長髪を後ろで束ねた、恰幅の良い妙齢の亡者です。三十五年の極楽と十二年の地獄を経験なされた、ごく一般的な亡者と言えましょう。

「さて、火事で亡くなられた??」
「はい、勤めているお屋敷の大火事です」
「お屋敷……」

 また火事か、と思いましたが、これはどうやら偶然ではありません。もしやと思い資料を見ると、やはり山岸様の屋敷に勤めていらした使用人のようでした。

「あの、何か……?」
「いや、何もありませんとも」

 彼女が誰であろうとも、私の仕事に影響する事はありません。
 私は再び、資料に目を向けます。

「おや」
「え、なにか……?」

 堂本様が首を傾げます。これは、どうやらご本人もご存知ない事柄のようです。

「堂本様、もしや直前にガスの元栓を閉め忘れられた?」
「……っ」

 死介者の持つ資料には、本人の知らない事までも全て記載されているのです。これによりますと、どうやら火事の一時間ほど前に、堂本様は厨房を利用されているので御座います。
 どうやら私の意図を理解なさったらしい堂本様は、目を見開いておられます。
 それもそのはず、すなわち火事は、堂本様の不注意が原因なのでありました。

「堂本様が厨房を離れた後に、そこを利用なされた人物が一人おりました。その方は不運にもガス漏れに気がつきませんでしたので、コンロに火をつけてしまったので御座います」

 という事は、堂本様は自らの不注意で亡くなられた事となります。

「わ、私は、もしかして酷いものに生まれ変わるんでしょうか……虫とか、植物とか……」
「いやいや、ご心配なく。堂本様の行為に悪意がない事は把握しておりますし、そもそも生前の行為が生れ変わりに影響する事はありません。ただ、死に様が自らの不注意によるものという事となりますので、その事だけがわずかに影響いたします」
「そう、ですか」

 どうやら安心されたようで、堂本様はそっと胸元に手を添えられました。

「では、堂本様。次なる生まれはイルカといたしましょう」
「イルカ……ですか」
「ご不満が?」
「あぁ、いや、いいえ。思っていたよりもずっと良い生き物なので、逆にびっくりしてしまって……」

 謙虚な方は、時折このような事をおっしゃります。決して卑下するわけではないにしても、地獄で打ちひしがれた心はどうしても後ろ向きな事を考えてしまうものなのであります。

「誰もが恐れるような生物に生まれるなど、滅多な事ではありませんとも。時にそういった方がまとまっていらっしゃる事もありますが、堂本様はごく普通の女性でありますから」
「そう……ですか。すいません、何か気が滅入ってしまって」
「謝られるような事ではありませんとも。人間生きている限り、罪なくして生きる事はできますまい。どのような方であっても、必ず地獄には入るので御座います。その期間が長いか短いかという違いはあれど、そこに貴賤はありません。そんな事で気に病んでしまわれては、次なる生も危ぶまれましょう」

 最後に一度頭を下げまして、亡者をにこやかにお見送りします。

「次に亡くなられた時は、どうか人間にお生まれくださいませ」



 さてさて、お恥ずかしながら私、自己紹介を忘れておりました。
 と言いましても、私は名前を持ちませんので、そう多く語る事はありませんが。

 強いて挙げるならば私、猫が好きでありまして。時折いらっしゃる猫のお客様には、内緒で色をつけてしまうので御座います。もちろん不正は御座いません。しかし、多くのお客様は心なしか良い動物に生まれるものだと思われている事でしょう。
 しかし、それ以外についていえば、非常に厳しい判断をする死介者であるともっぱらの評判でありまして。

 おや。先程からの判断は甘いものであったと。
 いやいや、そうではないのです。
 私、こう見えて感情的な(たち)でありまして。



「お名前をどうぞ」
「……向井元(むかいはじめ)

 ぶっきらぼうに、たったそれだけを仰りました。こう言ってはなんですが、随分と感じの悪い亡者であります。

「向井様、よろしくお願いします」
「…………」

 今度は返事もなさりません。
 亡者の多くは地獄の責め苦で改心なさっているものですが、何事にも例外というものがあります。向井様は極楽で二年、地獄で五年を過ごされた方でありまして、御察しの通り非常に短い期間しかあの世におられないのです。
 何故こうも短い期間なのか。それには理由がございます。
 極楽と地獄で過ごす年月の合計は、概ね年齢に比例するものなのでありますが、特に何をするでもなく毎日を過ごされた方は、時にこのような事になるので御座います。
 資料によりますと、やはり徳を積む事もなく罪を犯す事もない人生を歩まれていたようです。
 言い方は良くありませんが、ただ性格が悪いだけでは罪になりません。それによって暴言や暴行に及ぶ事によって、初めて罪を犯したという事になるのです。あの世では、そのように定められております。
 ただしかし、向井様はろくな死に方をなされなかったようで。

「えぇ、瓦礫に挟まれ圧死された。間違いありませんか?」
「…………」

 何も言わずに、コクリとうなづかれます。
 事情がおありだったのか、普段は外に出る事もない向井様が、その日は出歩かれておられたようです。

「どうやら火事現場のようですね。何故そのような場所に?」
「っせえな、俺の勝手だろ」
「左様で御座いますね。生き様は生まれ変わりに関わりませんので」

 といっても、資料には記載されているわけですが。
 どうやら、近所の火事に乗じて盗みに入ろうとしたところ、もたついて火が回ってしまったという事のようです。

「俺は事故で死んだんだよ。それがなんか問題なのか?」
「いいえまさか。しかしどうやら忍び込んでのものなので、確認が必要かと思いまして」

 こんな時でも笑顔を絶やす事はありません。
 盗みについては、生まれ変わりに影響いたしません。それは地獄で清算されているのですから。しかし、身勝手な理由が原因で亡くなられたという事であれば、相応の生き物に生まれ変わっていただく必要があるでしょう。

「チッ、隣の屋敷が火事になんてならなかったらこんな事にはなんねえのによ。死ぬなら一人でおっ死ねってんだ」
「…………」

 最近、このような亡者が増えているような気がします。

「……向井様、次なる生まれはミル貝といたしましょう」
「は!? 貝!?」
「とても長生きな生き物です。きっと気に入られますよ」

 亡者の方はよく勘違いなされますが、悪い生まれ先というのは決して虫や植物などではありません。動き回る事ができず、それでいて長生きな生き物。私が亡者に与えるのは、そんな生まれなので御座います。
 すぐに亡くなられては、またそんな方のお相手をしなくてはなりません。私としても、それは御免被りたいので御座います。

「ふっざけんなてめえ!! 俺が何したんだよ!」
「次に亡くなられた時を楽しみにしております」
「聞けよ!?」

 私が挨拶を終えますと、亡者は抵抗の余地なく次なる生へと向かわれます。
 向井様も、大変元気よく貝の生まれへと旅立たれました。

「…………」

 本日の仕事はもう終わりましたので、何の気なしに資料を見ます。向井様がおっしゃられた、隣の屋敷の火事の項目。そこにも、死者の名前が記されておりました。
 後何十年かののちに訪れるだろうその方々の名前を見て、腹いせにうんと優しく対応しようと思ったのでありました。
 おっと、腹いせなどと。お耳苦しい言葉を失礼いたしました。
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