第1話

文字数 2,528文字

 就活について。
 ぼくも大学二年生になり、ぽつぽつと就活を始めているのだが、いまいち、その価値観に馴染めないところがある。
 例えば、とあるコンサルティング企業の説明会に行った時、司会者の方が、「あなたはこの企業での仕事を通じて、どのような人になりたいですか?」と聞いてきた。ぼくが当てられたのだが、うまく答えられない。その時の脳内は、次のようである→「どのような人ってどういうことだ? 仕事を通じて人間が変わるのだろうか? ぼくは十数年勉学に励んできたけれど、勉強で人格が変わったと思うことはほとんどない。仕事だって同じようなものじゃないか? 大体、21にもなって、『このような人になりたい』なんて思わない。『女の子にモテたいなあ』と思っても、『いや、努力してモテるくらいなら、すでに少しはモテていないとおかしいわ』と諦めるのが常だ。そうやって自分の役割を自分なりに探ってきたのだから、今更、成長とか、変化とか……」気がつくと、ぼくの順番は飛ばされ、隣の人が回答している。ああ、またやってしまった。なんでこう考えすぎてしまうのだ。隣の人は、「私は学生時代からまとめ役になるのが得意で……」という話を始め、採用担当も目を輝かせて聞いている。なんだよ。みんなぼくに興味ないんじゃないか。ぼくはもうつまらなくなってしまって、今すぐにでも席を立って帰りたかった。
 その帰る道すがら、考え込んでしまった。なぜ、ぼくは就活に馴染めないのだろう?
 色々理由はあるのだが、まず、自分の長所を言うのが恥ずかしいということがある。さっきの説明会で言うと、「学生時代からまとめ役になるのが得意」だという子がいた。よくそんなことが言えるなと思う。これは、例えるなら、お笑い芸人が、番組のオーディションに参加して、「ぼくは面白いので番組に出させてください!」と土下座しているようなものである。それは自分で言うことではない。芸人はネタをやることが役目で、面白いか面白くないかは番組サイドが判断すればいい。むしろ、「ぼくは面白いです!」などと言うような奴はすぐに落とされるだろう。それが、この就活では、「ぼくが面白いです!」と面接官に堂々と宣言し、面接官も「そうか、君は面白いのか」と納得する。なんだこのおかしなシステムは。どちらも恥ずかしくないのか。
 そのことを就活が終わった先輩に話したところ、むしろそれがチャンスなのだという。企業側は、ぼくらのことを何も知らない。だから、ぼくらが長所を話し、またそれに付随するエピソードを話せば、簡単に信用してもらえる。だから、嘘でもなんでもいいから、自分をどんどん前に売り出していけば、実力以上の会社に務めることができる。こんなチャンスはない、と先輩は言う。なるほど、と思った。先の芸人の例えに戻るなら、大した実力のない芸人でも、自分が面白いというアピールがうまければ、「M1」や「キングオブコント」に出られるということである。おかしなシステムではあるけれど、いくらでもチャンスが巡ってくるという意味では、いいところもあるのかもしれない。
 依然、多少の恥ずかしさはあるが、ぼくは頑張ってアピールすることを決めた。しかし、どういう風にアピールすればいいのか? これまでぼくが出会ってきた就活生のアピールから考えてみようと思う。
・I T会社の場合
「ぼくは学生時代、居酒屋でバイトをしていました。そこは個人経営の居酒屋で、店長がひとりで経営を管理していました。しかし、それはとても効率の悪いものでした。すべてのデータを紙媒体で保存していたので、なくなることもたびたびでした。見かねたぼくが、店長にI T化を勧めました。ちょうどぼくは大学でI Tについて学んでおり、I T化を何から何までサポートすることができました。実際、I T化によって売り上げが前年比の二倍になり、店長からもとても感謝されました。その時に、『I Tを使って、飲食店をサポートする職に就きたい』という夢ができました。御社は、I Tを幅広い業界に活用しており、ぼくの夢を実現するのに最適だと考えました」
・コンサルティング会社の場合
「ぼくは学生時代から、みんなのまとめ役になるのが得意でした。所属していたゼミでは、中心的な役割となって、みんなのアイデアを引き出すことに喜びを感じていました。実際、担当の教授にも、『君はコミュニケーション能力があるね』と褒められたので、そういう役割が向いているのだと思います。御社では、様々な企業から委託された仕事にチームで取り組むという点において、ぼくの長所が生かせるのではないかと思います。また、御社は研修期間が長く、様々な知識を身に着けることが可能だと伺っております。みんなのまとめ役になる上でも、ある程度の知識がないといけません。この会社で成長し、もっとみんなのまとめ役として重宝される人材になりたいです」
 恐ろしい論理的構想力である。就活なんかするより、ドラマの脚本とかを書いた方がいいと思うのだが。
 さて、このふたつから分かるのは、みんな「表に出ている」ということである。みんな、就活の前に、バイトやゼミで社会的な経験を積み、その中で自分の役割を確立していったのがわかる。「このような形で生きていけば、社会でもやっていけるんじゃないか」という形を見つけることが重要なのだ。たぶん。
 しかし、実際、「社会でやっていけるんじゃないか」なんて、本気で思えるわけはない。まとめ役だって、もっと上手いまとめ役がいくらでもいるはずなのである。自分が唯一世界最高のまとめ役なわけはない。スティーブ・ジョブズじゃないのだから。でも、そんな疑問を持ってしまう自分を騙しながら、「ぼくはまとめ役ができます」と言わなければならないのである。なんか、さっきの子がかわいそうになってきたな。
 みんな、自分を騙し、会社を騙し、なんとか内定を勝ち取ろうとしている。何度も言うが、やはりおかしなシステムである。健全なゲームではない。でも、そこに懸命に立ち向かっている就活生たちは、とても健気で、美しいと思う。ぼくも、もうちょっと自分を騙さなきゃならない。そこが甘いんだよな。
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