第2話

文字数 2,906文字

Side 真理

『 私がやったことは、何の意味も無かったわけでしょ。
何もなしえなくて、
何にもならなかったわけ。

明日には誰の記憶からもなくなる。

新しい人が上書きされて
すぐに無くなる。
虚しいなあ。

過去一虚しくて、無意味で無駄な時間だった。 』

白い便箋。ボールペンで書き終え、3つ折りにする。
思えば手紙を書くという行為は私にとってとても丁寧な行為だった。

などと、三つ折りにした便箋を封筒に入れながらふと思う。
はじめて自分の家のポストに自分宛ての手紙が投函された時のこと。
遠くの県から自分のもとにやってきた。
可愛い日付が刻まれているスタンプが切手に付いていた。
私のために選んでくれたデザインの便箋と封筒で。
何かもう、すべてが可愛くて素敵だった記憶しかない。
中に描かれている情報なんて、本当に少なくて些細なものだったかもしれない。
内容はそれ以外も本当に覚えていない。
けれど手紙はそれ以上の何かを私に運んでくれている気がしていた。

そんな手紙に私は最後の言葉を書いた。
未練でも、恨み言でもなく、虚無。
絶望ではなく、何も無くしてしまったという虚無。
信じて突き進んでいたものが、なくなった。
いや、本当は最初から私が夢見いていたものなんて無かったんだ。
私の幻想の中にしか存在しえなかった。

私が描いていた夢は、私が持っていた目標は、叶うはずのない、はまる場所の無いものだったのである。

受け取り手の無いおもいを、夢を、持ってしまったらどうすればよいのだろうか。
私の思考はそこで停止してしまった。
もう答えなんてないんだ。

答えを導くという行為は、答えが存在するという前提に基づく。
つまり、私の場合は答えが存在しなかったのだ。

私は真理。
今私は、とあるマンションの屋上にいる。
今から飛び降りようと思っている。唐突である。
思えば今までの私の人生、唐突と偶然と勢いだけで出来ていたといっても過言ではないだろう。
ずっといい子ちゃんしていた学生時代。
思考停止で目標なんて無くて。
ただ言われたことをこなしていた。
その反動か、大学を卒業した途端せっかく就職した会社を辞めた。
もともと真面目でも努力家でもなかったのに、家族や周りの目を気にしてずっといい子の振りをしていた。
その大多数であった周りの目から解放され、「大学は絶対に卒業しなさい。」と言われていた件の大学からも解放された。
もうずっといい子を辞めたかった。そして今私を縛るものは何もない。

本当は、本当はね、分かっている。
学生時代の全ては、会社に入り、仕事をするようになってからのためのものだって。
つまり私の場合は今までの全てを無駄にしてるわけだ。
でももう我慢できなかった。

私には夢があったから。
ずっと行きたかったエンタメ業界の企業があって。
小さな企業だから毎年募集があるわけでは無くて。
そこに入りたくて、今の仕事が辞めたくて、つまらなくて、もっとチャレンジしてみたくて。
行く当てなんてないのに新卒で入った企業を1年ほどで退職した。
その後は色々なアルバイトを経験した。

そんなことをしているうちに、件のエンタメ企業で募集があった。
意を決して応募したら、今までのアルバイト経験を面白がって選考の延長である研修に呼ばれた。
最初は一か月で選考の結果が出るというのでアルバイト先の有休を利用して研修に参加した。しかし、研修をもう一か月延長したいとの連絡があった。
仕方がないので先のアルバイト先を退職し、そちらの研修に参加した。
1か月ほどして、「あなたは凄く良い人だったけど、やっぱり不採用で。これからの就活も頑張ってね。」との連絡。
死。
以上。

いや、普通の人なら え、残念☆ ってなるのかもしれないけど、なんかもう、疲れちゃって。
んで、死。
いやもう、落ちようと。
その後は、1か月位家でぼーっとしていて、はと我に返り、飛ぶのに良い感じな建物を探した。私の家からはかなり離れた東京23区外の、府中市。
静かないいところ。
何でここにしたかと言われると、雰囲気が好きだったからとしか言いようがない。

そして建物に上り今に至る。
こんなことになるなら、もっとやってみたいことにチャレンジしておくんだったな。
とか、あの時言えなかったことを言っておいたら良かったな。とか、マックのチョコフラッペ飲んでおくんだったなとか、ちらほら色々な自分の人生の断面が蘇ってくる。

そんなことを言っていたら、便箋を封筒にしまい終わってしまったではないか。
誰でも上がれる屋上からの景色は相変わらずな東京の空を映していて、
真っ青な晴天・白い雲が眩しい昼間の10時台なのに、なんだかちょっと淀んで見えた。

「世界にさよならする日とは思えない位に、清々しい晴天になりやがって。」
思えば私は雨ばかりを引き寄せる人種だった。
いつも雨。私が動くといつも雨。
夏や梅雨の時期に外出なんてしようものなら、ピーカンの晴天だったとしてもすぐに雨が降って来た。降ってくる。降ってくるのだ。いや降ってくんのよ。
もはやこれ才能なんじゃない?干ばつ地域に行ったら確実に役に立つよね。といったレベルだった。
なのに何で今日はこんなに晴天なんだろうか。
まるでいなくなることを望まれてるみたい。
どんどん思考が沼に落ちてきた。
もういいや。
屋上の柵を乗り越えて、端に突き出たコンクリートに座る。
このマンションは12階建て。
ほとんど人が住んでいない団地群に建っている。
築40年以上が経過しているだろうか。
マンションというか団地。
さびれた階段を永遠に上り、壊れた立ち入り禁止看板の先に、屋上への扉があるのだ。

柵の外へ出て私を阻むものが無くなり、真っ青な青空と白い雲を見た時、
ここはあっちとこっちの境界だと、私は悟った。
そしてずっと考えないようにしていた家族のことが頭に浮かんだ。

「周りの目を気にしてずっといい子だった」
先にそう語った気がするが、家族にいい子であるように強要されたことは、今思えば無かったように思う。(もしかしたら幼少の頃に、親が子どもに無意識的にいう「ちゃんといい子にしてなさい」とかは言われていたかもしれないが)
私自身が、「いい子であれ」という呪いを自分自身にかけていたのである。
「周りの目が気になる」から「いい子であれ」と。
そして生きずらくなっていった。
自分の首を自分自身で絞めていったのである。

両親は共働きだったので、家には平日の放課後はいつも一人、もしくは妹と二人きりだった。
そんな私たちのために両親は出来るだけのことをしてくれた。
やりたいと言った習い事に反対されたことは無かったし、勢いで進路を変え、志望先ががらっと変わったときも呆れて「もうこれっきりだからね。」と言いつつも最後まで見守ってくれた。
学校に関しては、自分たちが関わる時間が無いので学習塾に入れられ本当に嫌だったが、今思えばそれも不器用なりの愛情だったのだろう。

そう、私は愛されていたのだと思う。
急にその言葉が胸にストンと落ちた。

「そうかあ、そうだったんだね。」
やっぱり、やめようかな。
やっぱり、一旦家に帰ろうかな。
そう思った瞬間、強い風が吹いた。
私は最後に、近づいてくる地面をスローモーションで見た。
落下しつつ。
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