第1話

文字数 1,869文字

 マニは怖がりだ。立派なヒゲと尻尾を揺らす、大きな雄猫なのに、とても怖がりだ。大嫌いな雷が鳴り始めようものなら、背骨が30%縮み、耳はそっくり返ってしまう。そんな時、優希(ゆき)は笑いながら、マニの縞模様の背中をなでてくれる。
「マニ、猫は強いライオンと親戚なんだよ。」
(ぼく、ライオンなんて知らない…。)
マニが知っている生き物は、パパとママと、優希。優希の中学校の友達少し、それに出窓越しに挨拶する、野良猫じいさんだけなのだ。
 ある日の夕方、マニが居眠りしていると隣室で奇妙な音が聞こえた。ザザザ…パタッ…。聞き耳を立てていると、優希がやってきた。
「マニ、今日から隣にお友達が来たんだよ。お名前はフク。慣れたら会わせてあげるね。」
「お友達?見たい!ドア開けて!」
マニが珍しく大きな声で鳴いたので、優希がシイっと口に指を立てた。
「大きい声出さないでね。隣のお友達の耳、マニの5倍もあるんだから。」
 マニはそれを聞き、つばをゴクンと飲んだ。
(お友達は、耳が5こもあるの?)
マニは、そうっと引き戸へ爪を引っ掛けた。
(ちょっとだけなら、見てもいいでしょ?)
すると突然、バン!と床に何かを投げつける音が響いた。マニは首をすくめ、飛び退いた。その音に驚き、優希が隣室へ入って来た。
「フクちゃん何怒ってるの?大きな足音!」
バン!再び床が鳴ったので、マニは、小さくなってダンボールハウスへ逃げ込んだ。
(ちょっと見ようとしただけなのに、ずいぶん怒りっぽいんだな、お友達…。)
大きな足で5つ耳がある友達を思い浮かべ、マニはぶるっと震えた。
 深夜。優希たち人間が寝静まった後、マニが目覚め、部屋を散策していると、隣室からもごそごそ…と物音が聞こえた。
(お友達も起きてるな。)
マニは、精一杯丁寧に話しかけてみた。
「あの、怒らないでよね。ぼく、マニっていうの。キミはフクっていうんでしょ?」
物音がピタッと止み、隣室は静かになった。
「どこから来たの?何が好きなの?ぼくは、ユキとヒモで遊ぶのが大好きなの。」
隣室はやはり静まり返っている。
「ぼくの言葉、わからない?聞こえない?」
マニはついにしびれを切らし、引き戸に腕をねじ込もうとした。すると…ガリッガリ!
床がビリビリ震える激しい音!マニは、思わずテーブルに飛び上がり、息を飲んだ。
(な、なに?この音!床が割れちゃう!?)
優希とママが起きて電気を灯すと、あらあら!とそろって声を上げた。
「やだ、フクちゃん!床かじったの!」
「仕方ないねえ…フクちゃんの歯はかたい物をかじらないと伸びちゃうんだから。明日、かじっていい木を買ってきてあげなきゃ。」
マニは、テーブルの上でギョッとした。
(うそ!あんなかたい床をかじれるの?キバが長くのびる?どんな友達なの…。)
友達の恐ろしい姿はどんどん大きくなる。マニはたまらなく怖くなり、我慢の限界になった。
「ユキ、こっちきて!ぼく怖い!」
大声で鳴くマニの声に驚き、優希が引き戸を開けた。その瞬間を見逃さず、マニは優希の胸へジャンプして飛び込み、しがみついた。
「マニ!こっち来ちゃだめ…どうしたの?」
 優希は、縮こまるマニをしっかり抱っこした。ママが笑顔で、マニに言い聞かせる。
「小さい女の子が怖がっているわ。急に、大きなお兄ちゃんが部屋へ入って来たから!」
(え?ぼくが、大きなお兄ちゃん?)
マニは、そっと目を開けて見た。部屋の一番隅っこに、小さなグレーの毛糸玉みたいなものが見えた。長い耳と真っ黒な瞳の小さな顔。マニが初めて会う、ウサギという生き物だ。
「あのちっちゃい子が…お友達?」
マニは、優希の腕からストンと下りた。同時に、フクがバンッと床を踏み鳴らす。小さな体から想像もつかない大きな音。けれどマニは、フクの長い耳が震えている事に気づいた。
(ぼくを怖がってるんだ…。)
マニは、そっと優希の後ろに隠れた。生まれて初めて、自分が怖くて隠れたのではなく、相手を怖がらせないように隠れたのだ。
 翌朝から、マニは少しずつフクへ話しかけた。フクが怖がって足を鳴らしても、マニは驚かず、根気よく優しく話し続けた。これには優希も感心した。
「マニ、動物の学校があったら、絶対いい先生になれるね!」
 5日後には、マニが来てもフクは怖がらなくなり、マニのそばで昼寝するようになった。
 けれど、マニが怖がりなのはちっとも変わらない。雷がゴロゴロ鳴り始めると、ダンボールハウスの奥へ丸くなって隠れるマニ。
 そんな時、怖がりのお兄ちゃんの代わりに、フクは勇敢に窓辺へ近づき、足を踏み鳴らして雷に怒ってくれるのだった。
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