第1話

文字数 2,000文字

自営業の両親が残業の夜。貰った晩飯代を小遣いに回そうと冷蔵庫にあったキャベツを電子レンジで加熱しマヨネーズと鰹節と小麦粉とソースを掛けて不味そうに食べていたエフ君の携帯端末に連絡が入る。
エフ君、こんばんは!
同級生のエーさんからだ。

何の用だろう?

そんなことを考えながら青虫のようにキャベツを食べるエフ君の呼吸が止まる。


今から遊びに行っていい?
エフ君とエーさんは互いの家を行き来するような親しい間柄ではない。幼稚園から中学校まで一緒だが、話をしたのは数えるくらいだ。美人で陽キャな彼女とスクールカースト最下位の陰キャの彼に接点など何もないのだ。どう返答しよう……と悩んでいたら家のチャイムが鳴った。携帯端末にも連絡が入る。


来ちゃった! 鍵明けて!
おいおいおいおい早いって!
玄関に出たエフ君が用件を尋ねると、夕飯を作って持って来たとのこと。どうしてエーさんが自分のためのご飯を作ってきてくれたのか、その理由は不明だが、キャベツの芯――加熱しても固い――を食うよりは良いだろうとエフ君は彼女の手から弁当箱らしき包みを受け取ろうとした。その横をするりと抜けてエーさんが家の中に入る。
「ちょ、ちょま、ねえ、ちょっと待ってよ!」
リビングに入ったエーさんは食卓に置かれたキャベツと白い粉を凝視していたが、エフ君が部屋に入るとニコッと笑って言った。
「おじゃまします」
「もう入っているじゃんよ、てか何の用?」
「でへへ、それは私の作ったお弁当を食べてからってことで」
何か入っているのではと疑ったエフ君だが、それを言うのはさすがに気が引けたので、お礼を言って弁当を頂く。
「おいしい?」
「うん、とっても美味しかったよ。ご馳走様でした。どうもありがとう」
「エフ君の好物ばっかりでしょ」
「そうだね、うん、そうだねえ」
「やっぱり私、エフ君の心を読み取る能力があるんだわあ」
「は?」
「聞いて!」
エフ君のことを見ていると、その考えが分かるようになったとエーさんは語り始めた。今夜は親が帰ってくるのが遅いから一人で夕食だと考えているのが朝見た時から分かったし、夕食代に貰ったお金をお小遣いにしようと腐りかけのキャベツを食べるつもりなのも分かった、と。
「その通りだったでしょ!」
「うん、その通りだよ。でも、どうして? どうやってんの?」
「それは私にも分かんない」
「分かんないのかよ!」
「分からなくてもいいの。電子レンジの仕組みは知らなくてもボタンは押せるし、殺された家畜の痛みや恐怖は分からなくても肉の味は知っているから」
「嫌なたとえだな。正直、本当のことか、こっちにはさっぱりだ。でも、わざわざ人の家に来て嘘を言うのも変だからなあ」
「嘘じゃない。私は特殊な力に目覚めたの」
「遅くなるとご家族が心配するから、もう帰るといいよ」
「エフ君、私のこと厄介払いしようとしているでしょ!」
「ぜんぜん」
「嘘! 私にはエフ君の心が読めるんだからね!」
「そんなことないよ。送っていこうか?」
「私は念力が使えるから、変質者が出てきたって平気」
「ねえ、本気で訊くけど、本当に大丈夫なの?」
「見てて」
エーさんはテーブルに置いてあったビニール袋を指差した。彼女の作ったサンドイッチが入っていたものだ。そのビニール袋が宙に浮いた。そして丁寧に畳まれ、サンドイッチを入れていた紙袋に中へ入って行った。
「見た?」
「うん」
目の前で起きた現象が手品でないとしたら、エーさんの言う通り念力なのかもしれない。しかし、とてもではないが信じられない!
「えええ、これって、まじで魔術とか超能力なのかな? ねえ、エーさん、他には何かできないの」
「それじゃ、この前ちょっと試してみたのをやってみるね。いくよ、エイッ!」
エフ君は何が起こるのか強い興味を抱き目を見開いた。しかし、目に見える範囲では宙に浮いているものはない。
「ねえ、何が起きたの? 何も変わってなくね?」
エーさんは携帯端末に映ったエフ君を見せた。そこにはペンギンのぬいぐるみがあった。
「え、これ俺? 本当に俺なの!」
「変身の魔法をつかえるようになったみたいなの。私って、魔法少女になったのかな? そうだとしたら、凄くない?」
「凄いね。ところで早く元に戻して」
エーさんはエフ君をペンギンのぬいぐるみから元の姿に戻そうとして、失敗した。元に戻らないのだ。親が帰ってくる前に戻して! とエフ君は頼んだが、どうにもならない。パニックに陥ったエーさんは泣き出した。泣きたいのはこっちだとエフ君は思ったが、ぬいぐるみなので泣くに泣けない。
「どうしよう? 時間が経つと元通りにならないかな。日が変わると戻るとか」
「ひっく、ひっく、ごめんなさい……」
泣きながらエーさんがぬいぐるみを抱き締めると、エフ君の体は元に戻った。同時に彼の両親が帰ってきて、美少女が息子に抱き着いている光景を目にした。四人が一斉に大声を出して以降の話は、またの機会に。
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