第1話
文字数 1,998文字
今日の出会い運は最高らしい。
占いの雑誌の私の星座のページにそう書いてあった。
今年は最も良い年で、見出しから華やかで恋愛運も最高。今年出会う人は最高のパートナーで、その人とゴールインすると最高に幸せになれるらしい。
最も良い年の最も良い月、最も良い日で出会い運が最高。ということは、今日、そのパートナーと出会う可能性が高い。
だから、新しい服に新しい靴、バッグも新品。ネイルもまつ毛も化粧も新品。新しい出会いを求めるのだ。古い物は捨てた方が良い年らしいので、今までのお気に入りはゴミ箱へ。リュックは紐が切れたし、靴も服もどこか古びて見えた。
新しいことをはじめると良いことがあるのだ。
新しい出会いに新しいスタート。
古い物は捨ててしまうのだ。
そう思って近くの繁華街に来たが何もない。ふらふらしているが何もない。運が良い日なら何もしなくても幸運が転がり込んでくるはずなのに、何もなかった。
少し離れた住宅街にお気に入りの紅茶専門店がある。せっかくおめかししたわけだし、このまま帰るのもどうかと思った。
だって今日は出会い運が最高に良い日なのだ。
しばらく歩いていると、ポツンと頬に水が当たった。
空を見上げると、さっきまで見えていた青空がなくなって、濃いグレーの雲が頭上を覆っている。最近、こういうのが多い。晴れていたはずなのに急に雨が降ったり。しかもそれが半端ない豪雨だったりする。
ポツンの後がすごかった。
ザーという音と共に、みるみる道路の色が濃く変わっていく。
そう思ってバッグを見る。いつものリュックには折り畳み傘が入っていたが、新しいバッグには入れていなかった。
小さく呟いて回りを見る。紅茶専門店まではまだ遠い。せめてコンビニまで走ろうと思っていると、不意に雨が当たらなくなり、傘に雨が当たる音が聞こえてきた。
見上げると傘がある。
しかも馴染みのある見慣れた折り畳み傘。
聞きざわりの良い落ち着いた声。
柄が目の前に来たから思わず持つ。
同棲中の彼氏が私のリュックを背負って自分の傘を差していた。
頭に来る、屈託のない笑顔だった。
古い物は捨てると決めたのだ。
悪いことをしてると思っていない、嬉しそうな笑顔だった。
八つ当たりしたら切れてしまった。
リュックを見ると、切れていた紐は結わいてあった。
ちゃんとしたパーツを買って完全に直すつもりだ。彼はとっても器用で、ちょっとした物なら直してしまう。当たり前のようにそう言って、当たり前のように私の隣を歩き出す。
つられて私も一緒に歩く。
付き合いが長いから、私の行動パターンは読まれていた。
めちゃめちゃ明るく彼は言った。
確信犯だな……
外なので、怒鳴るのは我慢した。
私が怒っていることを知っているはずなのに、そんなことなどどこ吹く風でそう言って、彼は私の前に指輪を出した。
思わず受け取ってしまった。
手のひらに銀色の指輪が乗っていた。めちゃめちゃ綺麗な青い石。吸い込まれそうに澄んだ青。
センスがいい素敵なデザインだった。らしいと言えば彼らしい。
どこで何をしてきたんだ? 彼は不思議と人の心の隙間にすっと入ってきて、誰にでも褒められて誰にでも好かれる。
無理を承知で言ってみた。
あっさりと肯定した。
呆れるくらいの明るい笑顔だった。
言われてみれば、そうかもしれない?
能天気なコイツのセリフに頭に来たけど、指輪のサイズがぴったりだったから、良いことにした。