第1話
文字数 1,046文字
「天国って、本当に実在する可能性が高いらしいよ」
白いベッドに横たわる親友の陽子にそういうと、彼女はあからさまに怪訝そうな顔をした。
「それ、死の淵から戻ってきた人間にいうこと?」
「自業自得でしょ。……因みに痛むの、その首の痣」
「いや? ほら、あたしその辺り鈍感だからさ。もう云回目だし、これくらい慣れたよね」
折角だし撮る? なんて無邪気に言われたのを、丁寧に固辞する。私にだって被写体を選ぶ権利くらいはあるんだよ、と告げれば、彼女はふてくされたようにひらひらと手を振った。
で、なんで急にそんな話したの。陽子が促す。元から続けるつもりだったので、大人しく肺に息を入れた。
「……天国っていうか、死後の世界は宇宙の果てにあって、いろんな人がそこに行って帰ってきてるんだって。私はよくわからないけど、理論としても証明される可能性があったりするんだって」
「マジでマジで? 楽しそう」
「……そこにいったら楽になれるって思った?」
思わず、自分でもびっくりするほど低い声が出た。
「え~、いいじゃん天国。いかにも幸せそうだしさ、第二の人生って感じ?ほら、ユートピアってやつ」
「言うと思った。お気に入りだよね」
ユートピア。理想郷。誰もが幸せで、傷つけることも傷つくこともない世界。
陽子はずっと、そこに行きたがっている。はじめに飛び降りたその日から。
でも。でもさ。
「でも天国って、本当にいい場所なのかな」
「何ソレ。どゆこと?」
あ、怪訝そうな顔。でも、ここまで言い切りたい。息をそっと吸って、目をつむった。
「……だって死んだ人が皆行く世界って、私達が住む世界と結局同じになっちゃうじゃん。陽子を苦しめえう人も、陽子が嫌いな人も、皆行くじゃん。だからさ、わざわざ行く必要なんてないよ」
それじゃあ幸せになれないよ。存在する天国は、ユートピアにはなれないんだよ、陽子。
言葉はやけに弱弱しく響き渡った。陽子は私をじっと見つめている。
数台のカメラが今日も彼女を監視している。陽子はとうとう、こんな病室に押し込められてしまった。
手首に増えた傷も、こけてしまった頬も、全てがその無機質なレンズに晒されている。
「あたしにそんなこと言って止めてくれるの、瑠奈くらいだよ。ほんとやさしいね」
陽子が私に手を回した。抱きしめられて触れる髪がくすぐったい。
目頭が熱くなって、違うと叫びたかった。その首筋に手をかけて、抵抗されて、その生きるためにもがく様子こそをカメラに収めてやりたかった。
なんでこんなことわざわざ言ったと思ってるんだ、この鈍感。
白いベッドに横たわる親友の陽子にそういうと、彼女はあからさまに怪訝そうな顔をした。
「それ、死の淵から戻ってきた人間にいうこと?」
「自業自得でしょ。……因みに痛むの、その首の痣」
「いや? ほら、あたしその辺り鈍感だからさ。もう云回目だし、これくらい慣れたよね」
折角だし撮る? なんて無邪気に言われたのを、丁寧に固辞する。私にだって被写体を選ぶ権利くらいはあるんだよ、と告げれば、彼女はふてくされたようにひらひらと手を振った。
で、なんで急にそんな話したの。陽子が促す。元から続けるつもりだったので、大人しく肺に息を入れた。
「……天国っていうか、死後の世界は宇宙の果てにあって、いろんな人がそこに行って帰ってきてるんだって。私はよくわからないけど、理論としても証明される可能性があったりするんだって」
「マジでマジで? 楽しそう」
「……そこにいったら楽になれるって思った?」
思わず、自分でもびっくりするほど低い声が出た。
「え~、いいじゃん天国。いかにも幸せそうだしさ、第二の人生って感じ?ほら、ユートピアってやつ」
「言うと思った。お気に入りだよね」
ユートピア。理想郷。誰もが幸せで、傷つけることも傷つくこともない世界。
陽子はずっと、そこに行きたがっている。はじめに飛び降りたその日から。
でも。でもさ。
「でも天国って、本当にいい場所なのかな」
「何ソレ。どゆこと?」
あ、怪訝そうな顔。でも、ここまで言い切りたい。息をそっと吸って、目をつむった。
「……だって死んだ人が皆行く世界って、私達が住む世界と結局同じになっちゃうじゃん。陽子を苦しめえう人も、陽子が嫌いな人も、皆行くじゃん。だからさ、わざわざ行く必要なんてないよ」
それじゃあ幸せになれないよ。存在する天国は、ユートピアにはなれないんだよ、陽子。
言葉はやけに弱弱しく響き渡った。陽子は私をじっと見つめている。
数台のカメラが今日も彼女を監視している。陽子はとうとう、こんな病室に押し込められてしまった。
手首に増えた傷も、こけてしまった頬も、全てがその無機質なレンズに晒されている。
「あたしにそんなこと言って止めてくれるの、瑠奈くらいだよ。ほんとやさしいね」
陽子が私に手を回した。抱きしめられて触れる髪がくすぐったい。
目頭が熱くなって、違うと叫びたかった。その首筋に手をかけて、抵抗されて、その生きるためにもがく様子こそをカメラに収めてやりたかった。
なんでこんなことわざわざ言ったと思ってるんだ、この鈍感。