第1話

文字数 4,467文字

 いつも通りのお正月。お婆ちゃんの家で親戚が集まって、食事をする。本当に普通。だけど少しほかの家庭と違うことは……。
 私の目の前をヤカンが宙を浮いて通り過ぎていく。
一樹(かずき)や。それ沸かしといてくれ」
「わかった」
 台所からヤカンを浮かせたお婆ちゃんがいとこの一樹に指示を出す。
 私はこたつの上で空中に浮きながら火で沸かされているヤカンをまじまじと見つめる。
 そう私の家、新庄家は魔法使いの家系だ。お母さんもお父さんもお婆ちゃんもお爺ちゃんもおばさんもおじさんもいとこも。みんな魔法が使える。
 なのに私だけ……。
 はぁー、っと私は大きなため息をつく。
「どうしたの? 悩みでもあるの?」
 魔法を使ってこたつの上でヤカンを沸かす一樹はそんなことを聞いてくる。
 小さい頃は一緒に遊んでいたりしたのに、今では少し憎たらしい。
「別にー」
 顔も頭も良くて魔力も数十年に一度の逸材と呼ばれる一樹には分からないでしょうね。
 はぁー、ともう一度大きなため息をつく。
 中学三年は多感な時期だ。あと数ヶ月で高校受験も控えている。
「一樹は魔法学院の試験とか大丈夫なの?」
「心配いらないよ。もう合格圏内の魔力値が測定されてるから」
 いいなぁと心の中で呟く。
 小さい頃は、「私も魔法が使えるようになるのかな」なんて期待を寄せたりしたがこの歳になって魔力が発現していなければほぼ無理だ。目の前で魔法を見せつけられると才能の無さを実感してしまう。
 一般に魔法使いの両親から生まれた子供の魔法発現率は80 %から90%とされている。
 私はその内の10%から20%を引いてしまったのだ。
 母さんは西の大魔女と呼ばれ、父さんは東京魔法学院随一の天才と呼ばれ、その間に生まれた私にはそれらの才能がなにも受け継がれなかった。
「おー戻ったぞ」
 玄関から父さんの声が聞こえてくる。玄関の方に目をやると買い出しを終わらせた両親が戻ってきた。
浩二(こうじ)おじさん、これ沸かし終わったらドールの模擬戦やってよ」
「いいぞ。一樹は年々強くなってるからなぁ。今年は負けるかもしれん」
「そんなこと言って。負ける気ないくせに」
 父さんはガハガハと笑う。
「でも俺が同じくらいの歳の頃は一樹ほど上手にドールを操れなかった。練習のたまものだな」
「そんなことないよ」
 こたつの中で私の足と一樹の温度の無い足が触れる。
「やっぱり常日頃から両足を魔力糸で操ってるから慣れてるんだろうな」
 父さんはそう言って一樹の足の方を見る。
「あなた」
 冷蔵庫に食材を入れていた母さんが父さんに目で「やめなさい」の合図を送った。
 一樹の両足は小さい頃に事故で無くなって膝から下が義足だ。
 遊んでいるときの不慮の事故だったらしい。私もその現場にいたらしいけど、当時の記憶はもうほとんど残っていない。
「婆ちゃん、お湯沸いたよ」
 そう言うと一樹はまたヤカンを浮かせて台所まで運ぶ。
「この歳でここまでできれば上等だな」
 父さんは何故か自慢げだ。
「いろはもこれくらい魔法が使えてればよかったんだがなぁ」
「その話はやめて」
 父さんは人が気にしていることをずけずけと言ってくる節がある。
「受験対策用のドール持ってくるよ」
 一樹がリュックからデッサン人形みたいなドールを取り出して戻ってくる。
「よーし、やるか」
 父さんは自信満々だ。
 こたつの上が今回の戦場らしい。二体のドールが魔力糸で吊り上げられて机の上に立つ。
「いろは、勝負開始の宣言をしてくれ」
 父さんに命令されるのは癪だ。
 私はこたつに入っていただけなのに男衆の勝負に巻き込まれてしまった。
 二体のドール間を手で遮って勝負開始のタイミングで手を上げる。
「はじめー」
 私の適当な合図とは裏腹に素早くドールが動く。
 一樹のドールはステップを踏んでボクシングの構え。それに対して父さんのドールは両腕を前に出し肘を曲げて武術系の構えをしている。
 一樹のドールはフェイントを交えながら父さんのドールに攻撃を仕掛けるがことごとく躱されていく。
 父さんのドールが一歩踏み込んで仕掛けたその瞬間、一樹のドールも踏み込んで背中に手を回し父さんのドールを投げた。二体のドールは地面での掴み合いになる。
 でも地面に倒れてからの父さんのドールの動きは素早かった。即座に一樹のドールの背後を取り、首に手を回して頭を捻っていく。
「はーいそこまで。それ以上やったら壊れちゃう」
 私はここで試合を止める。
「はぁ負けた」
「まだまだだな」
 一樹は悔しそうで父さんは自信満々。この光景は毎年恒例になっている。
「でもまあ一瞬負けるかと思ったよ。腕を上げたな」
「浩二おじさんと比べたらまだまだだよ」
 玄関の引き戸が開く音がする。
「遅くなりました」
 雪子(ゆきこ)おばさんの声がする。雪子おばさんと旦那さんの貴弘(たかひろ)おじさんが帰ってきた。あの一家は全員魔法が使える。
「父さんって、いつから魔法が使えるの?」
「いつからだったかなぁ。物心つく頃には使えてたからわかんないな」
「母さんは?」
「私はいつだったかしらね」
 話しているとお婆ちゃんが割り込んできた。
「あんたぁ確か小学校に上がる前やったやろ。ゴキブリに驚いて地面ごと燃やしたのをよお覚えとるよ」
「あら、そうだったかしら」
 話をしながら広間に集まり、私と私の両親、それに一樹とその両親にお婆ちゃんを含めた七人が揃った。
 普段は襖で二部屋に分けられているが今日は襖を外して一部屋になっていて座卓が並べられている。奥の部屋には仏壇とお祖父ちゃんの遺影があり、代々の親族の遺影も部屋の上部に飾られている。
 机の上にはおせち料理やぜんざいなど正月ではお馴染みの料理が並ぶ。
「それじゃあ、それぞれのやり方で食べ物に感謝しな」
 全員が席につくとお婆ちゃんの一声で手を合わせた。
 私の一家は普通に、いただきます、で手を合わせて食べるけど一樹の家は両手を合わせて少し俯き、西洋の神に祈りを捧げている。
 一樹の家が祈り終えると普通の食事が始まる。お父さんと貴弘おじさんがビールを呷りながら談笑し始めた。お母さんも雪子おばさんと話している。
「うちの家では好きに飲み食いしてええが食べ残しだけは許さないよ」
 お婆ちゃんが言う。
「一樹、なんでお婆ちゃんって食べ残しを許さないのかな?」
 お婆ちゃんはいつも絶対に食べ残しを許さない。だからお正月でも少なめの料理が机の上に並んでいる。
「ああ。一度聞いたことがあるんだけど、婆ちゃんは若い頃戦争で食べ物がなかったから人一倍食べ物に厳しいんだってさ」
 ふーん、と私は相槌を打ちながらオレンジジュースを飲む。
「よく考えたら私、この家のこと全然知らないかも」
「まあ、僕も詳しく知ってるわけじゃないけど……」
 仏壇に飾られているお祖父ちゃんの遺影は若くて結構イケメンだ。魔法使いとして出兵して戦争で死んだらしい。
 早々に料理を食べ終わってしまった一樹は暇を持て余してドール人形を地面で踊らせて遊んでいる。そこへお婆ちゃんが来た。
「はい、お年玉。これで好きなもん買いな」
 お婆ちゃんはそう言って二封の封筒をくれる。私と一樹に一封ずつ。
 お礼を言って両手で受け取り、中身を確認したい衝動を抑えてポケットに入れた。私のお父さんもお母さんもお婆ちゃんにお礼を言っている。
「いろは、コンビニ行こ」
「まあいいけど……」
 私たちは広間を抜けて玄関に行き、靴を履く。
 外へ出て歩きながら一樹が話しかけてくる。
「こうやって一緒に買い物行くの久々かもね」
「そうだね。小さい頃はよく一緒に遊んでたのにね」
 結婚の約束なんかもした。一樹は覚えてないだろうけど……。
「この道路突っ切ろ」
「横断歩道まで遠くないのに」
 私がそう返すと一樹は低いブロックを越えて道路に出る。そうして、すぐにへたり込んでしまう。
「はは、魔力切れかな」
 疲れた様子で道路に座り込む一樹。
 私は道路へ出て一樹の肩を抱えて引きずろうとするけど一樹の体が重くて動かない。
 さっきまで遠くに見えていたトラックがどんどん大きくなる。止まる様子も無い。運転席から見えていないのだろうか。
 あ、これ死ぬやつだ。
 そう思った矢先私は大声で叫んでいた。
 なんと叫んだのかは自分でもわからなかった。
 目を瞑って覚悟しているといつまで経っても衝撃がこない。恐る恐る目を開けると、トラックはすぐ目の前で止まって、世界がなんだか白黒写真みたいに色が無い。風も音も無い。一樹も意識の無い人形みたいに動かない。
 戸惑っていると、目の前でトラックより手前の空間がチャックのように斜めに裂けて拡がっていく。
 裂けた空間の中は宇宙空間みたいに、絵具をこぼしたりしたような紫と青と黒それからときどき白が入り混じった空間で、よく見るとソファに誰か横になっている。目を凝らすと紫色で胸が大きく開いた薄い素材のドレスを着ていて、髪は地面まで垂れている。胸が今にも溢れて見えそうだ。
「私を起こしたのは誰かしら」
 横になった女性が起き上がってこちらに歩いてくる。
「ごっごめんなさい」
 私は状況が飲み込めずとっさに謝った。
 近づいてくるにつれて顔が鮮明に見えるようになる。大人の美人な女性だ。
「ふーん。あなたがね」
 スラリと長い足が引き裂かれた空間から出てきた。女性の全身が露わになる。私は女性の神秘的でなまめかしい姿に魅了されてしまった。
「綺麗」
 私の口から自然と言葉が出てしまう。
「あら、ありがとう。でも私はもう一度寝るわ。もう起こさないでね」
 私は静かに頷いた。
「それから、ここは危険だから移動することね」
 私は言われて自身が車道にいることに気づき一樹を引きずって歩道まで移動した。
 女性はそれを確認して、もといた空間に戻っていく。
「また、いつか会う日がくるわ。それまでしばらくお別れね」
 女性はそう言うと空間が次第に閉じて完全に閉じ切ると目の前をトラックが凄まじい勢いで通過する。
 色も音も風も全てが元通りだ。
 私がぼーっとしていると一樹が声をかけてくる。
「ねえ、今何が起こった?」
「なんか時間が止まってお姉さんが出てきた」
「やっぱり、小さい頃見たあれは夢じゃなかったんだ」
 なんのことだろうか。
「僕が小さい頃、いろはと一緒に遊んでて崖から落ちたんだ。でも次の瞬間には崖の上まで戻っていた。両足は無くなっていたけどね」
 一樹はそこまで言うと立ち上がる。
「あれ? 魔力切れは?」
「ああ。あれは嘘だよ」
 平然とそう言ってのけると一樹は地面に座る私の肩に両手を置いた。
「君はきっと偉大な魔女になれるよ」
 そのときの一樹の笑う顔が私には少し不気味に思えたのだ。
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