第4話 感謝しろよ、お前は未来を見たがっていたじゃないか

文字数 3,948文字



「ご同行ありがとうございました。」
「あ、ああ・・・。」
 結局、翌日のプレゼンは可もなく不可もなくといった感じだった。
 大したアドバイスをするでもなく、出しゃばることもなくただ上司づらだけして地蔵のようにじっと座っていた。
 部下も礼を言ってはいたが、内心なんのために連れてきたんだかと思っているだろう。
 だが、どうしてもおれはこのプレゼンに注力してやろうという気にはなれなかった。
 気のせい、だったのだろうか。
 遠くからで人の目など見えるような距離ではなかったのだが、どうしても視線が絡んだように思えてならなかった。
 よく考えてみると、夢のおれの顔をちゃんと見たことはなかったかもしれない。
 だからなのか、不気味でならない。
 心に靄がかかった気分だ。
 ・・・靄?
 おれはこの靄を手に掴んでいたはずじゃなかったか?
 正体も分かり、この力をどう活かそうかと明るい未来の展望を見出していたじゃないか。
 なにも不安がることはなかったはずだ。
 なのになんだ、この気分は。
 得体の知れない焦燥感が襲ってくる。
 ・・・よくない考えばかりが頭をよぎる。
 疲れているのかもしれないな。
 最近部下に頼られることも増えていたし。
 外回りから帰社しようと乗り込んだ電車には、まだ30分近く揺られることになる。
 部下には悪いが座席で少し仮眠をとろう。
 ちょっと休憩すればこんな気分も晴れるはずだ。




 気がつくとおれは会社の前にいた。
 ・・・意味がわからない。
 どうしたっていうんだ?
 たった今帰社したのか?
 ここまでどうやって帰ってきたのか、全く記憶にない。
 隣にいた部下はどこにいった?
 まるで今この瞬間にこの歳でこの世に降り立ったかのように、なにもわからない年老いた赤子として生まれたと錯覚するほどの唐突さだった。
 あたりをしばらくきょろきょろと見渡していると、二人組のサラリーマンがこっちに向かって歩いてきているのが見えた。
 一人は今日、同行していた部下の姿だ。
 その姿に安堵し、どこをほっつき歩いていたんだと小言を言おうと歩み寄ろうとしたが、隣の男を見て凍りついた。
 おれだ。
 それを認識した瞬間、おれは初めてこの力に明確な恐怖を覚えた。
 これは予知夢だ。
 普段であれば、こんな毒にも薬にもならない場面の夢を見せるなよと愚痴るところだが、今このときこの夢を見るということが何を示すのか・・・口にするのが恐ろしかった。
 そんなおれの心などよそに、夢のおれは会社の前にいるおれに向かってズカズカと歩みを進める。
 迫り来るおれ自身を直視することができない。
 怖い。
 やめろ、くるな・・・くるな!




「———長・・・課長?もう着きますよ?」
「・・・。」
 夢から覚めたおれは腕時計で時間を確認した。
 ・・・電車で仮眠をとってから30分ほどしか経っていない。
 なんだったのか。
 いや、もう何が起きたのかは大体わかっていた。
 居ても立っても居られず、すぐさま体を起こして電車を降り、部下を置いて駆けた。
 会社になど戻っていられるか。
 夢の通り行動してたまるか。
 あれが予知夢だというのであれば、あれは約1時間後のおれの姿だ。
 また見れる未来が近づいてきていたが、それはこの際どうでもいい。
 夢のおれだ。
 今まであいつはおれの方など見向きもしなかったが、先ほどの予知夢では確かにおれに向かって歩いてきていた。
 あいつはおれを認識している。
 未来が迫り来ているんじゃない、未来のおれが迫り来ているんだ。



 仕事を放り投げ帰宅する。
「あら、早いじゃない。直帰だったの。・・・?ねえ。ちょっと?」
 家事をしていた妻が声をかけてくるがそれどころではなかった。
 反応せずに自分の部屋へ直行する。
 これからどうすればいいのか。
 この世に存在する他人から逃げるのであれば簡単だ。
 距離を置けばいい。
 だが、おれからは?
 おれからはどう逃げればいい?
 決して距離を置くことのできない自分自身からは逃げることができない。
 きっと次に夢を見たときが最後だろう。
 おれは夢のおれと直面する。
 ・・・そうか、夢を見なければいいのか。
 眠らなければいい。
 これから先の人生、ずっと起きていよう。
 未来を見通すなんてことよりも、よっぽど単純で簡単な話じゃないか。
 おれはようやく答えを得たんだ・・・。




 日付が変わり、深夜となった。
 部屋の明かりも点けずただじっと座って空を見つめるおれの姿は、他人からはどう映るのだろう。
 正気を失った精神異常者か、あるいは既に亡き者か。
 いずれにしても、他人からの評価などもうどうでもいいと思えた。
 あいつにさえ会わなければいい。
 今までおれを救ってきた相棒のような存在だったのだが、今は悪魔に思えて仕方ない。
 なぜこんなことになってしまったのか。
 どこで間違えたのか。
 そんなことを考えているうちに冷静になっていき、先ほどまでの自分がいかに狂っていたかが理解できた。
 おれのこれからの人生はどうなる?
「おまえはもうダメだな。」
 そう、おれはもうダメなのかもしれない。
 なぜなら——おれの目の前には既に、おれがいるからだ。
「・・・。」
 気がつけばおれは立っていて、先ほどまで座っていた位置に夢のおれがいる。
 いつの間に寝てしまっていたのか。
 夢のおれに話しかけられたことは初めてだったが、もう驚きはしなかった。
 だが、それよりも。
 ・・・違和感があった。
「おまえは、だれなんだ?」
 目の前のおれは本当におれか?
 いや、確かに顔も声もおれなんだろうが、なにかが決定的に違う・・・気がする。
「オレはおまえだよ。」
 そう返ってくると半ば分かってはいたが聞かずにはいられなかった。
 理解しがたいこの状況だが、自分と邂逅したその第一印象は、不思議な違和感だけだった。
 だが・・・。
「じゃあ、そろそろもういいだろ?交代してくれよ。」
 その言葉の意味をすぐには理解できなかった。
 しかし、夢のおれがよからぬことを企んでいるということはなんとなく分かった。
「なにがいいたい?」
「本当にわからないのか?鈍いな・・・まあ無理もないか。オレが未来をみせなければなんにも分からない甘ちゃんだったもんな、お前は。」
「おれは・・・お前なんだろ。」
「おっと、そうだったな。まあいい。とにかく、散々オレのおかげでいい思いをしてきたんだから、ここはオレに譲ってお前は未来にいけ。」
 なにを言っているんだこいつは。
 交代?おれが未来に?
 馬鹿馬鹿しいにもほどがある妄想話だが、この状況そのものが、その話を笑い飛ばすことができないことを証明していた。
 確かにおれはこいつのおかげでいい思いをしてきたのかもしれない。
 だが、だからと言っておれの人生を譲るなんてことができるわけがない。
「———!・・・?・・・!?」
 反論したつもりが声がでない。
 慌てて口元に手を置く。
 が、透けていた。
 手だけじゃない。
 よく見ると全身がうっすらと透け始めており、実体のない靄のような存在になっていた。
「まあ、いいじゃないか。おまえの人生、オレがもっと豊かにしてやるよ。おまえは未来に行ってオレを導いてくれ。」
 勝手なことを抜かすな。
 おれの体だ、おれの人生だ、返せ!
「そういうなよ。これまではオレがお前を導いてやっていたんだ。このままじゃ不公平じゃないか。」
 この力を使ってあくどい成り上がりもできたんだ!
 それをせず慎ましく生きてきただけなんだぞ、おれは!?
「そうだな、せっかくのチャンスを棒に振り続けたおまえが阿呆なんだ。」
 おまえがもっと未来にいってくれていれば、もっと活かせたはずなんだ!
「無茶言うなよ、おまえはマラソンランナーに来た道を引き返せって言うのか?」
 ・・・!どうして、おれが、なんで・・・。
「よかったな、これからはお前が未来だ。感謝しろよ、お前は未来を見たがっていたじゃないか。」
 違う・・・おれが望んだのはそんなことじゃない・・・そんな・・・。
「心配すんな。別にお前も普通に生きていけばいいだけさ。たまに車に轢かれたりもするけどな。大丈夫だ。死ぬほど痛かったが、オレが回避すればお前も死なない。・・・またな。」
 待て!まだだまだ納得したわけじゃないぞおれには妻もいる会社には部下もいるあいつらがきっと心配するんだきっと気づくはずだおまえはおれじゃないとそうだおれじゃないんだおまえはおまえはだれなんだ姿形は似せてても性格は別ものだろおまえが未来のおれのはずがないんだおれはおれがおれおれおれおれおれおれおれおれおれおれおれおれおれおれオれおれオれオれおれオれおレおレおれおれおレオれおれオレオレオレオレおれおレおれオレオれオれオレオレオレオレオレオレオレオレオレオレオレオレオレオレオレオレオレオレオレオレオレオレオレオレオレオレオレ————————————









「課長、お茶ここ置いておきますね。」
「ん・・・ああ、オレの分も淹れてくれたんだ?ありがとう」
「いえいえ。」


「先輩、なんか課長・・・前と違いません?」
「え、そう?別に変わらないと思うけど。」
「うーん、ですかねえ。でもなんか、なんか上手く表現できないんですけど、雰囲気違う気がするんですよね・・・。」
「考えすぎじゃない?さっきもお茶淹れてきたけど、普段と変わらない普通の課長だったよ。」
「2ヶ月前くらいに課長、無断で直帰しちゃったときあったじゃないですか?たぶんですけど・・・あのとき以降になんか、変わったような感じがして・・・。」
「オレの噂話?余計な話してるとうっかりミスして残業になっちゃったりするんだから、集中集中!」
「す、すみません課長・・・。」




「オレみたいに見積ミスって始末書、書きたくないでしょ?」

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