第1話 晩夏の雷鳴

文字数 592文字

 ビルの7階にある喫茶店から外を望むと耳からは乾いたラジオの音が響いてくる、「台風○○号が日本本土に接近、勢力は○○ヘクトパスカル..」、訳もなくフランスの文化人を連想していると雷鳴が鳴った。

 雷がゴゴゴッと鳴るとどこに落ちたのか、いつも判然とはしない。ただ街が震えて、昏くなるのを覚える。距離は分からないのであるが感覚的には遠いのである。否、遠くで鳴った方がいいのである。こうして耳は外に向いているのであるが、鼻腔は高めのキリマンジャロ豆の香りをとらえている。

 地球の温暖化の影響で、日本の9月はまだまだ蒸し暑い。が、雷鳴を聴くと秋の訪れを感じる。摂氏とはかけ離れた二十四節季でいうところの陽気が少なくなっているのを感じ、何かしら物寂しげなのである。

 若い二十代であろうウエートレスがホットコーヒーを持ってきた。その黒い液体と対比された白い手を見たとき、不謹慎にも職場の高嶺の花を連想してしまった。別に悪いことでもないのに含羞の念に囚われるのは、私の目には彼女がまだうら若き妖精に見え、私とは年齢が離れているからだ。

 中国四川省の深山幽谷にある村には、断崖絶壁をよじ登り霊芝などの希少な漢方薬草を採取する部族がいると聴く。彼等は、命綱なしで崖をよじのぼるので、落ちればひとたまりもない。世界の何処かで、高嶺の花に手を出す漢もやはり同じ運命を辿っているのに違いない。 
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