第4話 またお引越し(初夏)

文字数 3,890文字

 お久しぶりです、ごきげんよう。沙織です。
 わたしが担当しているこの章の最終話を更新してから、もう一年近く経ってしまいました。(でもお話の上ではまだ、三ヶ月しか経ってないのだけど)
 それというのも、本当は前話でこの章はお終いのはずだったんだけど、最近(?)事情が大きく変わってしまって、それで急遽、追加事項をお話しすることになったの。だからもうあと少しだけ、お付き合いくださいね。


 (コホン)……ホント、みるちゃんにはいつも、驚かされることばかり。

 皆さまご存じでした? みるちゃんとあのイケメン彼氏さんが電撃結婚したこと。
 わたしは全然知らなかったわ。みるちゃんたちの挙式の翌日に、「報告することがあるから会いたい」って連絡が来て、その翌週に会うまでは。そこで(しら)されたの。


 その日、わたしたちがお気に入りのフレンチレストランの窓際の席に着くなり、みるちゃんは指輪をはめた左手をわたしに見せて、

「実は先週結婚したの」

 って――はあぁ?! 何それ?!
 わたし、大袈裟じゃなくて顎がテーブルに落ちるかと思っちゃった。
 唖然として何も言えないでいたら、そんなわたしを放置して、みるちゃんはもういつも通りメニュー選びに夢中。わたし、一瞬だったけどめちゃくちゃ怒っちゃった。幼馴染みで親友だと思ってたのに、わたしは自分の結婚式にみるちゃんを招待したのに、どうしてお式に呼んでくれなかったの? そんな薄情なことってある? って、ぽろぽろ涙が出てきて――
 そうしたら、近くにいたギャルソンの方が寄ってきて「いかがなさいましたか。ご気分がお悪いようでしたら、あちらの個室でお休みいただけますが」って言ってくれたの。きっと、わたしが騒いだりしたら周りのお客さまの迷惑になるって思ったのね。
 それでわたしは何とか冷静になって、みるちゃんばかりに好きなものを注文させてなるものか、と、メニューを開けて目に付くものたくさんオーダーしてやったわ。支払いはみるちゃんにさせてやる、って思ってたし。いつもはわたしたちにはちょっと背伸びしすぎだよねって控えてる高いワインも、フルボトルで持ってきてって言った。みるちゃんは愛想笑いを浮かべていいんじゃないって頷いてたわ。わたしのそういう反応を予測してたのね。そんな態度も気に入らなくて、わたし、みるちゃんとはこれっきりもう仲良しでいられないなって、本気で思っちゃった。

 で、それでも何とか気持ちを落ち着かせて、お食事をしながら、みるちゃんと彼氏さんがそんなにも突然結婚を決めた、そこへ至るまでの経緯を全部聞き終わったわたしは――

「うわぁああん! みるちゃん、良かったね! 彼氏さんも、大変な思いを抱えてらしたんだね! おめでとう! ホントに良かった! お幸せにね!」

 と、さらに号泣しちゃってたの。えへ。
 でもね、ギャルソンさんは今度は寄ってこなかった。わたしの様子をちゃんと見てて、この涙は心配するようなことじゃないって分かったのね。さすがだわ。
 そして、お式には呼んでほしかったけど、よくよく聞いてみたら、そのお式の日にはわたし、旦那さまの出張に同行して、シンガポールにいたの。美味しいものを食べてお買い物をして、とっても楽しかった。また行きたいなぁ。
 だからもし招待されていたとしても、お断りすることになってたと思う。それを聞いたみるちゃんに、「沙織。相変わらずね」って言われたわ。確かにそうかもしれないけど、みるちゃんったら、そんなことすら吹っ飛んじゃうほど水臭いって思っちゃったっていう、わたしの気持ちも少しは汲んでほしいわよね。

 それはさておき、今回、わざわざ追加でお話しすることになった詳細。

 みるちゃんが、またお引越ししちゃうの。と言っても、実家に戻るだけなのだけど。
 
 結婚したみるちゃんと彼氏さんだけど、別居婚なのね。つまり、基本的な生活スタイルは結婚前と変わらず、彼氏さん――あ、もう旦那さまね――は大阪、みるちゃんは横浜で、それぞれ今まで通りの日常を送りつつ、夫婦としての新しい生活も始まるという、とても特殊だけど、おそらくは現代(いま)っぽい、新しい夫婦のカタチ。
 だけどそれは、当然のこととしてお金がかかる。
 まず、お互いの家に行き来するための交通費。おそらくは遠距離恋愛中以上に回数は増えると思うって、みるちゃんは言ってたわ。わたしもそう思う。だって、夫婦になった以上は一緒に暮らすのが一般的なんだから。大阪と横浜は、さすがに車移動は無理があるし、どうしたって新幹線を利用することになるでしょ。料金は往復で二万八千円ちょっとだって言うから、決して安くはないわ。時間だって、フロムドア・トゥ・ドアで片道二時間半くらいかかるそうだし、ホント、別居婚って大変。どうしてみるちゃんはあんな危ないお仕事なんて辞めて、大好きな旦那さまのいる大阪へ行かないのかしらって思うけど――仕事も家庭も両立したい、して見せるって頑張れるのがみるちゃんだし、今の時代に合っているのね。わたしにはちょっと、考えられないけど。

 お話を元に戻さなきゃ。別居婚を選んだ場合に割増しでかかる経費のことね。えっと次に――それぞれの家にかかる住居費。それから毎日の食費、光熱費、通信費などの生活費。これらはみんな、二人で暮らすことに比べて断然割高になっちゃう。
 その中でも家賃は特に大きいでしょ。しかも固定費だし、やりくりして減らせるものじゃない。みるちゃんが借りた部屋は十五万くらいだそうだから、それを大阪までの交通費に充てたら――単純に計算して、五回は往復できる。実際、わたしに会った前日までは大阪へ行ってたそうだし、旦那さまのご実家へもまだこれからみたいだから、さっきも言ったように、今後、お互いに今まで以上に行き来をすることが増えて、その分交通費がかかることを考えると、これはさすがに長く維持できるものじゃないって思ったみたい。話を聞いたわたしは、じゃあ旦那さまに横浜に来てもらったらいいんじゃない? って提案したんだけど、旦那さまは大阪のマンションのローンを払ってらっしゃるらしくて、しかもまだ一年経ったばかりだそうだから、先はうんと長いってわけ。

 そこでみるちゃんは、一人暮らしを解消して実家に戻ることにしたの。

 一人暮らしを始めるきっかけは、最初の方のエピソードでお話しした通り、旦那さま――でも当時は彼氏さん――が横浜に来たときの宿泊代の負担を解消することでもあったから、結婚した今は、旦那さまはもうみるちゃんの実家に泊まればいいわけじゃない。
 そりゃあ、普段は離れて暮らしてるわけだし、新婚さんだから、夫婦水入らずでラブラブに過ごしたいんじゃないかしらって思うけど、そこは旦那さまもあまり気にしてないらしいの。もともと、ご実家が自営業をされてて、会社の人や出入り業者さん、ご親戚など、大勢の人の中で育ったそうだから、慣れているんだって。みるちゃんは意外だって言ってた。どういうことか私には分からないけど。
 それに、みるちゃんの実家はなかなかの広さなの。大学院生の弟くんは東京で一人暮らしだし、みるちゃんが家を出てからはご両親二人だけで、正直ちょっと持て余してらしたそうだから、ご両親も大歓迎、何の支障も無いってことね。

 そういうわけで、みるちゃんはお部屋の賃貸契約を解除することにしたの。せっかくの紆余曲折を経て探したお部屋だったけど、背に腹は代えられないって言ってたわ。えっと……早期解約違約金、って言うの? たった三ヶ月で解約しちゃうことになったことへの、家主さんへの迷惑料、みたいなものなのかしら? それをたっぷりと払って、二週間後に引越しする予定なの、ってみるちゃんはわたしに話してくれた。

 それにしても、みるちゃんってホントいつもバタバタと忙しそう。
 結婚したのはいいけど、「自分でまるっきりの想定外だったから、妻として何の準備もできてないの」って言ってたし、またお引越ししなくちゃならなくてその手配に追われてるらしいし、お仕事でも新しく創設されたチームの班長に抜擢されたそうだし、わたし以外のお友達にも報告して、その反応の大きさに自分でもびっくりしてるみたいだし、とにかく目まぐるしい毎日を送ってるそうよ。わたし、心配になっちゃって「身体を壊さないでね」って言ったら、旦那さまにもそう言われたんだって。

 それでも、とても嬉しそう。だって、大好きな彼氏さんが旦那さまになったんだもの。
「夢見てるんじゃないかって、まだ思っちゃうの」
 って、みるちゃんは目を細めてほっぺを紅くしてた。その様子を見て、わたしもとっても嬉しくなっちゃった。

 二週間後のお引越しのときはね、旦那さまも大阪から来てくれるんだって。あたりまえじゃんって私は思うけど、そのあたりまえがとても嬉しいのね。
 別居婚だからかな。ううん、新婚だからよね、きっと。

 えっちょっと――待って待って。待って頂戴。

 わたしだって、まだまだ新婚なんですけど――!
 は! それで思い出した、忘れてたわ。
 今日はこれからわたし、わたしの旦那さまと待ち合わせして、銀座(ぎんざ)にお買い物に行く予定だったわ。まだ全然支度が出来てないから、うっかり遅刻するところだったじゃない。はぁ、よかった。

 と言うわけで、わたしのお話はこれで本当にお終い。
 みるちゃんと旦那さまを、これからも温かく見守ってあげてくださいね。
 
 それではみなさま、ごきげんよう。





          ――《第一章:春〜一条みちるの場合〜 終わり》――



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