第3話

文字数 719文字

元唄(もとうた)

 遅く起きた連休初日の朝。
 近所の子供達の笑い声が聞こえてくる。
 心地好い新緑の薫りが漂う。
 青い空が、どこまでも高く、広がっている。
 風もなく、穏やかな日差しが静かに降り注いでいる。
 白い雲の上を一機の飛行機が音も無く飛んで行く。

 僕が子供の頃に聞いた、お婆ちゃんの鼻唄。
 後にも先にも、あの時一度きりの光景だ。

 歌を唄っている姿なんて、見た事もないので、今でも印象に残っている。
 少し前に流行した演歌の一節(ひとふし)を繰り返していたと思う。

 遠くの空を見ながら、しみじみと。
 少し、哀しげに観えた。

 ラジオから流れる曲も様変わりしていく。
 いつしか、子供の頃に聞いた曲も忘れられていく。

 近頃ではインターネットで、自分の世界だけの歌を聞くようになっている。

 あの時の、お婆ちゃんの鼻唄。
 演歌の一節(ひとふし)の部分には、元唄があった事を最近になって知った。

 その元唄は作者不詳。
 誰が、いつ作ったか分からない歌を、当時の日本人は、みんなが知っていたらしい。

 伝え続けなくては、いけない歴史がある。

 あの日。
 青い空が、どこまでも高く、広がっていた。
 風もなく、穏やかな日差しが静かに降り注いでいた。
 白い雲の上を一機の飛行機が音も無く飛んでゆく。

 お婆ちゃんは元唄を想い出していたのだろう。

 お婆ちゃんは、遠くの空を観ながら、しみじみと唄っている。


 沖のカモメと  飛行機乗りは
 どこで     散るやらネ
 果てるやら   ダンチョネ

 俺がゆく時   ハンカチ振って
 友よ      あのこよネ
 さようなら   ダンチョネ

 たまは飛び来る マストは折れる
 ここが     命のネ
 捨てどころ   ダンチョネ

(了)
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