第１話
文字数 1,981文字
『ぼくのいいなずけになってください』
いいなずけって何だろう？きくちくんの手紙に書かれていた言葉の意味が分からなくて、私は晩ご飯を作っているお母さんのもとに走った。
「お母さーん。『いいなずけ』ってなに？」
「許婚っていうのはね、結婚の約束をした人のことよ。大人になったら結婚しましょうって決めた人のこと」
お母さんの説明を聞いて私はびっくりした。私、きくちくんから結婚してほしいって言われたんだ。どうしよう。ドキドキしてきた。嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちがいっしょになって体中をグルグルまわっている。
「マキは難しい言葉を知ってるのね。どこで覚えたの？」
「あのね。きくちくんから『いいなずけになってください』って言われたの」
「……ええっ！？」
ものすごく驚いた声をあげながらお母さんは私を見た。
――昨日の保育園で起きたことを思い出していく。
「きくちくん、どうぞ」
そう言いながらチョコレートを渡した。
「えっ」
きくちくんはとても驚いていた。私の顔を見たまま固まっている。きくちくんのほっぺがだんだん赤くなっているのを見て、私もなんだか恥ずかしくなってきた。
今日はバレンタイン。2月になってから先生に『好きな男の子にチョコレートを贈る日』と教わって、誰にチョコレートを渡すか決めるように言われた。『好きな男の子ってだれだろう？』私は何度も何度も考えた。クラスのみんなはとっても仲がいい。男の子も女の子もいっしょに遊んでいる。だから一人だけのことが好き、という気持ちになったことはなかった。
他の女の子にどうするか聞いてみると、てんどうくんにチョコレートを贈ると言う子が多かった。てんどうくんはとってもかっこよくて運動もできてとっても優しい。だからクラスのみんなから人気がある。私もてんどうくんのことが好きか嫌いかと言われたら好きだけど、チョコレートを渡そうという気持ちにはならなかった。
『好きな男の子ってだれだろう？』何度も考えていくうちに、気になる男の子がいることに気付いたから。
きくちゆうたくん。いつも明るくてニコニコしてて、いっしょに遊ぶと楽しい男の子。クラスのみんなと仲が良くて、私も何度もいっしょに遊んでる。きくちくんの笑顔を見ると私も何だか嬉しくなる。そんな気持ちになる男の子はきくちくんだけだった。
「バレンタインのプレゼントだよ」
「……あ、ありがとう」
ほっぺがりんごのように真っ赤になったきくちくんは、ちょっと恥ずかしそうに笑った。きくちくんのそんな笑顔を見るのは初めてで、何だかとてもドキドキする。よく分からないけどこれが『れんあい』って気持ちなのかな。
――そして今日。保育園が終わってお家に帰ろうとした時、きくちくんから声をかけられた。
「マキちゃん」
いつものニコニコとした顔とはちょっとちがう、昨日見たあの恥ずかしそうな笑顔だった。どうしよう、何でか分からないけどすごくドキドキしてる。
「昨日はプレゼントありがとう」
「どういたしまして」
きくちくんはズボンのポケットから折り紙を取り出した。私の好きなピンク色の折り紙にうさぎさんの絵が描いてある。
「お礼のてがみをかいたのでよんでください」
ぺこりと頭をさげながら折り紙……きくちくんの手紙を渡された。男の子から手紙をもらうのはこれが初めてでドキドキがもっと強くなる。すぐに読みたかったけど、お母さんが迎えにきたから帰らないといけない。
「ありがとう。おうちにかえったらよむね」
きくちくんに手を振りながら、私はお母さんのもとに走った。
お家に着いてお母さんが晩ご飯を作り始める。私はバッグのなかからきくちくんの手紙を取り出した。何が書かれてるんだろう？ドキドキがどんどん強くなるのを感じながら、折りたたまれた手紙を開いた。
『ひめつかマキちゃん チョコレートありがとう』
『女の子からはじめてプレゼントをもらいました』
『とってもうれしかったです』
『ぼくのいいなずけになってください きくちゆうたより』
手紙はとってもきれいな字で書かれていたけど、最後に書いてある言葉の意味が分からなかった。
「……いいなずけって何だろう？」
*
「……よく残ってたね」
ピンク色の折り紙を見ながら悠太は笑った。あの時と同じちょっと恥ずかしそうな笑顔。私にしか見せない特別な表情だ。
「もちろん。初めてもらったラブレターだもの」
あのバレンタインから20年が経っていた。今日は結婚式で流す映像に使うために、二人の思い出の品を持ってこようと決めていた。悠太の手元にはあの時渡したチョコレートの箱とラッピングの紙袋が置かれている。
「よく残してたね」
「もちろん。初めてもらったプレゼントだから」
そう言ってお互いに笑いあった。明日から私は菊池さんになる。
いいなずけって何だろう？きくちくんの手紙に書かれていた言葉の意味が分からなくて、私は晩ご飯を作っているお母さんのもとに走った。
「お母さーん。『いいなずけ』ってなに？」
「許婚っていうのはね、結婚の約束をした人のことよ。大人になったら結婚しましょうって決めた人のこと」
お母さんの説明を聞いて私はびっくりした。私、きくちくんから結婚してほしいって言われたんだ。どうしよう。ドキドキしてきた。嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちがいっしょになって体中をグルグルまわっている。
「マキは難しい言葉を知ってるのね。どこで覚えたの？」
「あのね。きくちくんから『いいなずけになってください』って言われたの」
「……ええっ！？」
ものすごく驚いた声をあげながらお母さんは私を見た。
――昨日の保育園で起きたことを思い出していく。
「きくちくん、どうぞ」
そう言いながらチョコレートを渡した。
「えっ」
きくちくんはとても驚いていた。私の顔を見たまま固まっている。きくちくんのほっぺがだんだん赤くなっているのを見て、私もなんだか恥ずかしくなってきた。
今日はバレンタイン。2月になってから先生に『好きな男の子にチョコレートを贈る日』と教わって、誰にチョコレートを渡すか決めるように言われた。『好きな男の子ってだれだろう？』私は何度も何度も考えた。クラスのみんなはとっても仲がいい。男の子も女の子もいっしょに遊んでいる。だから一人だけのことが好き、という気持ちになったことはなかった。
他の女の子にどうするか聞いてみると、てんどうくんにチョコレートを贈ると言う子が多かった。てんどうくんはとってもかっこよくて運動もできてとっても優しい。だからクラスのみんなから人気がある。私もてんどうくんのことが好きか嫌いかと言われたら好きだけど、チョコレートを渡そうという気持ちにはならなかった。
『好きな男の子ってだれだろう？』何度も考えていくうちに、気になる男の子がいることに気付いたから。
きくちゆうたくん。いつも明るくてニコニコしてて、いっしょに遊ぶと楽しい男の子。クラスのみんなと仲が良くて、私も何度もいっしょに遊んでる。きくちくんの笑顔を見ると私も何だか嬉しくなる。そんな気持ちになる男の子はきくちくんだけだった。
「バレンタインのプレゼントだよ」
「……あ、ありがとう」
ほっぺがりんごのように真っ赤になったきくちくんは、ちょっと恥ずかしそうに笑った。きくちくんのそんな笑顔を見るのは初めてで、何だかとてもドキドキする。よく分からないけどこれが『れんあい』って気持ちなのかな。
――そして今日。保育園が終わってお家に帰ろうとした時、きくちくんから声をかけられた。
「マキちゃん」
いつものニコニコとした顔とはちょっとちがう、昨日見たあの恥ずかしそうな笑顔だった。どうしよう、何でか分からないけどすごくドキドキしてる。
「昨日はプレゼントありがとう」
「どういたしまして」
きくちくんはズボンのポケットから折り紙を取り出した。私の好きなピンク色の折り紙にうさぎさんの絵が描いてある。
「お礼のてがみをかいたのでよんでください」
ぺこりと頭をさげながら折り紙……きくちくんの手紙を渡された。男の子から手紙をもらうのはこれが初めてでドキドキがもっと強くなる。すぐに読みたかったけど、お母さんが迎えにきたから帰らないといけない。
「ありがとう。おうちにかえったらよむね」
きくちくんに手を振りながら、私はお母さんのもとに走った。
お家に着いてお母さんが晩ご飯を作り始める。私はバッグのなかからきくちくんの手紙を取り出した。何が書かれてるんだろう？ドキドキがどんどん強くなるのを感じながら、折りたたまれた手紙を開いた。
『ひめつかマキちゃん チョコレートありがとう』
『女の子からはじめてプレゼントをもらいました』
『とってもうれしかったです』
『ぼくのいいなずけになってください きくちゆうたより』
手紙はとってもきれいな字で書かれていたけど、最後に書いてある言葉の意味が分からなかった。
「……いいなずけって何だろう？」
*
「……よく残ってたね」
ピンク色の折り紙を見ながら悠太は笑った。あの時と同じちょっと恥ずかしそうな笑顔。私にしか見せない特別な表情だ。
「もちろん。初めてもらったラブレターだもの」
あのバレンタインから20年が経っていた。今日は結婚式で流す映像に使うために、二人の思い出の品を持ってこようと決めていた。悠太の手元にはあの時渡したチョコレートの箱とラッピングの紙袋が置かれている。
「よく残してたね」
「もちろん。初めてもらったプレゼントだから」
そう言ってお互いに笑いあった。明日から私は菊池さんになる。
