第1話 ー雫ー

文字数 880文字


徹夜明けの眠い目をこすり、雫はテレビの電源をつけた。
おばあちゃんはもうとっくに起きていて、古い虫眼鏡を使って新聞を読んでいた。
「おはよ」
雫がそういうとおばあちゃんはすこし間をおいてから
「おはよう、しずく」
と返した。リビングの時計は10:30を指していた。カーテンの隙間から差し込む光がグッピーを飼っている水槽にあたって元気に弾けていた。
雫は机に置いてあったラップの掛けてある朝ごはんを電子レンジで温めた。
ご飯を温めている間、雫はぼーっとテレビを眺めていた。
「今日で茨城県水戸市で起こった連続少年・少女暴行事件からはや八年。計六名の少年少女が当時三十二歳だった元土木作業員の男に性的暴行を受け、心身に深い傷を負うという非常に残虐な事件が発生しました。犯人は最後の犯行の後......」
プツリ。突然テレビの画面が真っ暗になった。おばあちゃんがテレビの電源を抜いたのだ。
「雫、今日はテレビをつけちゃだめ」
雫はおばあちゃんの手が震えていることに気づいた。
「おばあちゃん。私、大丈夫だから。もう八年も経ったんだよ?そんなに過敏にならないでもいいよ」
おばあちゃんは自分の震える手を何とか落ち着かせようと、手と手を合わせてぎゅと握りしめた。
「あなた、大丈夫なわけないじゃない。何が元で自分がこの家にずっと引きこもっているか、理由がわからないわけじゃないでしょう?」
雫は何も言わずおばあちゃんの目を見つめた。
「雫、あなたが夜中にうなされてまともに眠れないのも、あなたが自分の両親と一緒に暮らせていないのも、この事件のせい。そうでしょう?」
雫は何一つ言葉を発することができなかった。
「雫。別に無理に強くあろうとする必要はないのよ。八年前あなたはここにきてから一度だって私に本心を語ったことがない。無理にとは言わない、でも話してもいいと思ったときには......」
雫は唐突に走り出してリビングを出た。階段を駆け上がって、自分の部屋に飛び込んだ。おばあちゃんが何かを叫んでいるのが聞こえたが、布団に頭から包まって聞かないようにした。
「そっか、今日がその日なんだ」
雫はぽつりと呟いた。
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