正義の暴走を止められるのは別の正義の暴走

文字数 1,878文字

「ダンスの巧いヤツと喧嘩になったら用心しろ」
 そう言ったのは、柔道家の木村政彦だったか、それとも、空手家の大山倍達だったか。
 ともかく、俺は、行き付けの定食屋で良く見掛けるチャラい感じのヤンキーっぽい(あん)ちゃんだと思ってたヤツを見直していた。
 この店に押し寄せる暴徒達の投石を余裕綽々と躱し、俺達の中で最初に暴徒達の元に辿り着き……そして……暴徒達を華麗に叩きのめしていた。
「おい、あの(あん)ちゃんに続け‼ 中年の意地を見せろ‼」
 あの(あん)ちゃんがミュージシャン志望で、ブレイク・ダンスもやってると知ったのは……暴徒どもが、この定食屋に目を付けてからだった。
 俺達、常連客は、暴徒どもから、この行き付けの定食屋を護る事を決意したのだ。
 例の伝染病による非常事態宣言で、飲食店は二〇時以降の営業の「自粛」を県から「要請」された。
 まぁ、言われてみれば、その通りなのだが、「要請に従った」結果の選択を「自粛」と呼ぶべきかは色々と微妙だ。
 だが、非常事態宣言下でも、仕事が終るのは二〇時以降になる人間は一定数存在する。
 そんな俺達にとっては、この老夫婦がやってる定食屋は「最後の希望」と化した。

「あの……ここまでしてもらわんでも……その……」
「俺達が好きでやってんだ。親父さんが気にする事じゃない」
「でも……その……。これ以上、騷ぎが大きくなるんなら……もう……営業は……」
「駄目だ。ここで親父さんが諦めたら……死んでいったヤツらは無駄死にになっちまうぞ」
「あの……まだ、誰も死んでませんよ」
 非常事態宣言より約半月。
 県は、二〇時以降も営業している飲食店の一覧を公表した。
 そう……この定食屋も含めて……。
 そして……自警団気取りのヤツらが、この店に因縁を付けるようになったのだ。

「でもよぉ……。いつかは俺達警察の御厄介になるぜ」
 仲間の1人であるヤクザっぽい風貌のガラの悪そうな中年男がそう言った。
「ヤクザのくせに逮捕が恐いのかよ」
 俺は、嘲るようにそう言った。
 だが、そのヤクザ風の男は懐に手を入れると……。
「お……おい……何をする気だ……」
「慌てんな」
 ヤクザ風の男が取り出したのは警察手帳だった。
「ヤクザは別に居る。あいつだ」
 そう言って、ヤクザにしか見えない警官が指差した先には……。
 白髪頭に丸眼鏡。
 どこにでも居る感じの温厚そうな初老のおっさん。
 小学校の校長先生だ、と言われたら百人中九十九人が納得しそうなそのおっさんは……うなずいていた。
「えっ?」
「そいつは……○○組系の中でも……殴り込み専門の三次団体の組長だ」
「はい、その通りで」

 翌日の夜。
 いつもの時間になっても自警団気取りの暴徒どもは現われなかった。
「奴らも諦めたのか……」
「いや……待て……」
 次の瞬間、車のライト。それも高さからして乗用車ではない。
『そこの定食屋っ‼ 政府の命令に従わず営業を続けるなら……我々にも考えが有るぞっ‼』
 拡声器ごしの声。
「お……おいっ……まさか……」
「あれを突撃させる気か……」
「おい……他のヤツは消えろ……俺と、この組長だけで何とかする」
 ヤクザっぽい刑事はそう言うと……やたらと丈夫そうな布で出来たボストンバッグを開けた。
 その中に有ったのは……拳銃、散弾銃、ライフル……。
「待て……何をする気だ?」
「これは、署の証拠保管庫から勝手に持ち出したモノだ……」
「だ……だから……何を……」
「この騷ぎの決着がどうなっても……処罰されるのは、俺達か奴らか……その両方かだ」
「ああ、覚悟の上だ」
「でも、何かおかしいと思わんか?」
「えっ?」

『おいっ‼ 一分以内に従わないのなら、制裁を加えるっ‼』
 拡声器からの声は、そう告げていた。
「この騷ぎを煽ったのは誰だ? 行政(おかみ)だろ。でも、行政(おかみ)は罰せられない」
「あ……」
「あの馬鹿どもだって……何をやっても許されると思ってる小物だ。でも、その時が来たら信じてた相手から切り捨てられる哀れな奴らだ。だからよぉ……どうせ死ぬなら一番悪いヤツも道連れだ。もし……この騒動で……警察に保管されてる筈の銃が使われたらどうなる? 県や政府のエラいさんの中からも無事じゃ済まないヤツが出る」
「あんたみたいな無茶苦茶なヤツは、あたしらの業界でもお断りだ」
「うるせぇ。ヤー公が偉そうな事言ってんじゃねぇよ」
『一分経ったぞっ』
 ヤクザにしか見えない刑事と……小学校の校長にしか見えないヤクザの組長は……この店に突撃をかけようとするトラックに向けて銃弾を放った。
「ざまぁ見ろッ‼ この一発で……行政(おかみ)は二度と……こんなフザけた真似は出来なくなるッ‼」
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