エピローグ:青城高校集団透明化事件

文字数 7,973文字

透明人間ロックンロール
いつの間にか寝ていたらしい。
冷房に当てられ重くなった体に鞭を打ち、起き上がると、
畳に敷いた筋トレ用マットを所定の位置に戻した。
どれくらい寝ていたのだろうか。寝覚めの良さから深い眠りについてはいまい。

(シフトには間に合うだろう。)

我がサッカー部の壁掛け時計に目を向けるが、
入部した頃から変わらず故障しており、使い物にならない。
棚に乱雑に掛けたブレザーを手に取ると、ポケットを探った。
小さな空白。スマホをバッグの中に置いてきたことを思い出した。
自分で思うよりも、まだ目覚めきっていないらしい。

(時間を確認する手段がない。)

微かな不安が胸を過ぎ、時間を確認する為、本校舎へ向かうことにした。
それにしても、この騒音はなんだろうか。部室棟まで聞こえてくる大きな音である。
今日は4000人以上の来場者が来ているようだから、校舎内が聴き慣れない雑音で溢れる事はわかる。
だが鳴り響くこの音は、人が無意識に生み出すものにしては酷く暴力的に感じる。
それだけは確かだ。

部室棟は展示区画外であるため、装飾が施されていない。
本校舎の賑やかさとの対比か、白を基調とした部室棟がやけに寂しく感じられた。

(文化祭当日に、部室で昼寝する俺も同じようなもんだな。)

バスケ部の部室を通り過ぎる。もう1分もしない内に本校舎に到達しそうだ。
相変わらず、この高校は無駄に広い。
本校舎に近づくにつれ、例の音が大きくなってきた。
部室にいた時と異なり、打って変わって鮮明に聞こえる。

(金属がぶつかり合う音だ。)

無機質に鳴り響くその音は、先月見学した工場の製造ラインを連想させた。
確か、金属加工の工場だったと思う。
大きな正方形の鉄の塊が、一つずつ、時間をかけて削られていく。
カッターが触れるたびに甲高い音を発する鉄塊。
俺にはその音が、生き物が今際の際にあげる断末魔のようで、不快だった。

それに似た金属音が、なぜ文化祭中に鳴り響いているのだろう?
どこかのクラスの催しなのか。
それとも、文化祭は既に終了し後片付けに入っているのか。
時間を確認したいが、その手段がないのがもどかしい。
自然と歩くスピードが上がる。

(文化祭が終了しているかもしれない)という不安もあるが、
何よりも、本校舎に近づくにつれ強まるこの音の異質さが恐ろしい。
だんだんと強まる金属音。それに呼応するように、心臓の鼓動が耳に響く。
脳が危険信号を発する感覚。滲み出る脂汗。
鳥肌が立ち、唾液の量が増え、心なしか腹痛も感じる。

(今ならまだ引き返せる。部室に戻って様子を伺うべきだ)という考えと、
(一刻も早く音の原因を明らかにし、恐怖から解放されたい)という二つの考えが、
脳内で鬩ぎ合っている。

渡り廊下を通り、本校舎へと繋がるドアの前へ立つ。
分厚い扉を挟んだ向こうで、例の音が響いている。
ドアノブに手をかける。
気を張っているからか、やけに冷たく感じられた。

校舎を工場とするならば、ここまで歩いてきた俺は、あの鉄塊だ。
ただ進み、削られるだけ。
引き返すことなど、許可されていない。
深呼吸し覚悟を決めると、一気に重い扉を開いた。

————————————————

『なんだよ、これ。』
その情景は、子供の頃に観た映画に似ていた。
少女が不思議な世界に迷い込み、異世界の住人達の騒動に巻き込まれる映画。
そのワンシーン。食器達が躍り狂い、屋敷を訪れた主人公をもてなす場面だ。
俺の眼前では、教室の机や椅子、更には制作に使われたであろうトンカチや、
鋏が飛び回っている。

ただ一つ違う点があるとすれば、
それらは訪問者を歓迎せず、窓や教室、文化祭展示を破壊している。
金属音は、学校が破壊される音だったのだ。

ガラスを引っ掻く鋏。壁を叩くトンカチ。黒板を打ちつけ続ける机。
『学校が、憎くて仕方ない』
そう言わんばかりに発狂を続けている。

俺は鉄扉の前で立ち竦み、学校が蹂躙される様子を傍観する事しかできずにいた。
突然、ガラスが断末魔をあげた。
すぐ横の窓ガラスを椅子が叩き割ったのだ。ガラス片が飛沫のように飛び散る。

『うわあ!』

とっさに後退した為、背中が鉄扉にぶつかってしまった。鈍い音が廊下に響く。
存在がばれ、破壊の対象が自分になる事を危惧した。
しかし、道具達は襲い掛かるばかりか、俺の存在に気づいてすらいない。
まるで意に介さず、ただひたすらに破壊を続けている。

荒れる息を整え、すでに割れた窓を叩き続けている椅子から距離を取る。
心臓の鼓動が体に響くようだ。
震える手を必死に押さえながら周囲を窺うと、
一つ、分かった。

————何かが、何か透明な生き物が、椅子を振っているのだ。

先の飛び散ったガラス片が、丁度、足のような形で空白ができている。
その空白は椅子を振うごとに変化していた。

(生物が校舎を破壊している。)

その事実に戦慄し、俺の体は一段と体温を下げた。
飛び回る道具達が全てそうならば、視界に映るだけでも、数十体はいるだろう。

唾を飲み込み、浅い呼吸を繰り返す。
(に、逃げるか? 部室棟には何もいなかったはずだ…)

パニックに陥っている頭で、捻り出した結論。
部活で鍛えた脚を信じ、ドアを再度開けると部室へと全力で走り出した。

彼らに背を向けた瞬間、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
それでも、恐怖を振り払い、必死に足を動かし前へと進む。
風を切る音と心臓の鼓動が、急かすように耳元で叫ぶ。

『後ろに奴らが来ているぞ、今、そこに!』

段差を飛び降り、渡り廊下を駆け抜け、曲がり角に差し掛かる。
すると突然、何者かに腕を掴まれた。

『うお!』

急に止まった勢いで、廊下にすっ転びそうになるが、何とか踏みとどまる。
腕を振り解き、目をやると、見覚えのある顔が目の前にあった。

『斎藤……先生…』

『今、ちょっと呼び捨てしたね。でも、非常事態だから許す。』
そう言って周囲を窺うのは、斎藤先生。確か、バスケ部の顧問だ。

『とにかく、こっちへ。この教室は安全な筈だ。』
バスケ部の部室へと引き込まれる。

無機質な蛍光灯に照らされた室内は、しっかりと整理整頓が行き届いていた。
先の悲惨な本校舎とはまるで違う情景である。
先生に促され、部室中央に置かれた柔らかなベンチで横になると、緊張が解けたからか睡魔に襲われ、泥のように眠りについた。

————————————

『夏は死の匂いがするの。』

誰かが俺に向かって話している。若い女性の声だ。
さざ波の音が聞こえる。海の近くだろうか。揺蕩う様にぼんやりとしている。

『青く染まった空、風に靡く緑。夏の景色を見ていると、吸い込まれて死んでしまいそう。』
スラスラと語る彼女。その声色には、心の底から絞った様な必死さが孕んでいた。

『君も夏は嫌い?』

『嫌いだな。』
普段なら適当に話を合わせるだけだが、何故か真剣に答えている自分がいた。

『日本特有のじめっとした暑さが嫌なんだ。出来る事なら家に籠っていたいよ。』

『ふーん。何だか意外ね。』

『もっと、アクティブな人だと思ってた。』

沈黙の中、波がメトロノームのように決まったリズムを刻む。

隣に座る彼女へ目を向けると、俺の高校の制服を着ている事がわかった。

しかし、その全身は透明だった。

本来あるはずの、若さに溢れた顔、艶やかな髪、しなやかな手脚。

それらは須く存在せず、向こうの景色が透けて見え、制服だけが海風に靡いていた。
だが、不思議と恐怖も驚きも感じなかった。

どのくらい時間が過ぎたのだろうか。

漫然と海を眺めていると、唐突に、胸の内にしまっていた考えを話そうと思った。
名前はおろか、顔すら見えない彼女に。

『名前って呪いみたいだと思わないか?』

『…物騒ね。なんでそう思うの?』
セーラー服が揺れる。どうやら、こちらに顔を向けたらしい。

『例えば蹴人みたいな、特定のスポーツに因んだ名前を与えられた子供がいたとして』
『その子がそれを途中でやめたり、嫌いだったとしたら。』

考えを露わにするのが気恥ずかしく、彼女の方を真っ直ぐ見据える事ができない。
それを悟られぬよう、毅然とした態度で海を見据えながら話を続ける。

『その子にとって名前は呪いになってしまうんじゃないかな。』
『退部届やテスト用紙に自分の名前を書く度に、(ああ、俺は親からの期待を裏切っている)そんな罪悪感に駆られるんじゃないか?』

無言の彼女。表情がわからないが、真剣に聞いてくれているように思えた。
『強制的に与えられて、逆らう事の出来ない烙印。呪い以外の何物でもない。』
否定されたら、くだらないと一蹴されてしまったら。そんな不安が浮かんでは消える。

『確かに。一理あるわね。』
けれど彼女は、そんな俺の考えを肯定してくれたのだ。

『名前の呪い…か。私もそれにかかっているのかも。』
海を見据える彼女。しばしの沈黙が流れる。

透明な彼女の顔に、何故だか、涙が流れている気がした。
そう思うと、柄にもないのだけれど、

(彼女に夏を好きになって欲しい。)

そう思わずにはいられなかった。

『なんて、名前なんだ?』

『私の名前はね、』

————————————

斎藤に声をかけられ、目が覚めた。
日中に二度も寝たせいで頭が痛い。

『目が覚めたみたいだね。』

『何分くらい寝てましたか…?』

『30分くらいだね。もう少し寝るかい?』

『大丈夫です。』

数分座ると体から熱が抜け、冷静さを取り戻してきたが、
耳の奥であの金属音が聞こえる。
それを取り払う様に、深呼吸すると再び声をかけられた。 

『落ち着いてきたみたいだね。無事でよかったよ。えーと確か…』

俺の情報を記憶から掘り起こそうとしている様子だが、わかる筈もあるまい。
率先して、自己紹介をする。

『1年5組、大澤夏樹です。サッカー部です。』

『ああ、大澤君か。確か、ガクとよく絡んでいる子だね。日本史の点数も良好だと先生の間で評判だよ。』

この緊急時に、普段の生活を話し笑顔を振りまく姿は、若いながらも大人の余裕を感じさせた。

『授業が面白いからですよ。』
そうして世間話を続ける先生。不安を取り除く為の気遣いだろう。

————————

話題は移り、現状把握の為、互いが持つ情報を共有する事になった。

『逢沢君はどうやってここまで…いや、文化祭開始以降どんな行動を取っていたんだい?』

『ホームルームの後、シフトまで暇だったので部室で仮眠を取っていました。』

『目が覚めて、本校舎へ向かうと、あの光景に遭遇しました。そしてここまで走ってきたんです。』

『なるほど。そうすると、僕より後に本校舎に立ち入ったという事になるね。』
ホワイトボードに時間表を作る斎藤。静寂な室内にペンの音が走る。

『先生も本校舎に行ったんですか?』

『行ったよ。というより、僕も数十分前までは本校舎にいたんだ。』

『そしたら急にあんな事が…』そう言って俯く。

『何が、あったんですか…?』

『目の前で、人が消えたんだ。校舎の中央から次々に。』

息を飲む。
そういえば、先の本校舎では一人も人間がいなかった。

『3組の足立も、三島先生も、来場者の人々も。』

『最初は目を疑ったよ。それでも、一人また一人と消えていく。そして、守るべき生徒を置いて、逃げてしまったんだ。』

その罪を償わんばかりに、ペンを走らせる先生。

『そして一人、バスケ部の部室にいると、大澤君が走ってきたんだ。』

『そうだったんですね。』
目の前で人が消えていく恐怖など、俺の想像できる範疇を超えている。
先生の抱える後悔と恐怖は計り知れないものであろう。

『君は、本校舎で何を見たんだい…?』
真剣な顔で尋ねる斎藤。

『僕が部室棟に戻ってからの、本校舎の状況がわからない。無事な生徒はいたのか?』
必死に質問を繰り返す。

ありのままに、俺が目撃した事実を伝える。

無事な生徒は見かけなかった事。

飛び交う道具の狂乱。

鳴り響く金属音。

そして、透明の生物。

何か、見落としている気がするが、モヤがかかった様に掴みきれない。

『俄には信じられないが、この音は、学校を壊す音だったんだね…』
廊下を見据える斎藤。

ここはサッカー部よりも本校舎寄りなので、あの音が部室内でも聞こえる。

『一度情報をまとめようか。』

『今が2時42分だから、おそらく、このような流れだろう。』



1時20分頃:透明化現象(?)が発生
・学校の中央から、人々が透明になって消える。

1時25分頃:斎藤先生が本校舎から部室棟へ移動。バスケ部部室で待機。

1時35分頃:大澤が起床し、本校舎へ向かう。
・大澤が、学校を破壊する透明な生物(?)と邂逅。

1時42分頃:大澤と斎藤が合流。バスケ部部室で待機。

2時00分頃:大澤が休眠。

2時30分頃:大澤が起床。





『僕が昼寝した情報、必要ですか?』

『数少ない情報の一つだから、しっかり書いておこう。』

真剣なのか冗談なのかわからない。

二人で、情報を羅列したホワイトボードを眺めていると、
恐ろしい考えが浮かんだ。

『先生、ちょっと考えを聞いて貰ってもいいですか…?』

『勿論だよ。話してみてくれ。』
口にするのも憚られる程恐ろしい内容を、勇気を持って伝える。

部室にあふれる制汗スプレーの香りが、やけに鼻につく。


『先生は、人が消えていったと言いました。』


『けど、4000人が急に消滅して、新たに透明な怪物が現れたとは考えにくい…』


『どちらかというと、人々が透明化して、暴れていると考える方が自然です。』


無言で聞いている斎藤。


『僕が遭遇した透明の怪物達は、人間らしき足の形、動きをしていた…と思います。』

ガラス破片の動きを思い出す。


『僕は、透明化した人々が、校舎を破壊する怪物の正体だと思います。』

口にする事で、フィックションのような恐ろしさに現実味が帯びる。



少しの間、沈黙したのち、斎藤が口を開いた。

『……正直、信じきれない自分がいる。透明人間なんて本当に存在するのか…?』


それは、俺も思う。

(今まで自分が見たものは全て夢なのではないか)と。


『けれど、現場を確認していない以上、君の情報を信じるしかない。』

『それに、大澤君の推論だと生徒達が消滅せずに、まだこの学校にいる事になるよね。』

『教師として、そっちの方が嬉しいな。』

にっこりと微笑む斎藤。

どうやら俺の考えを信じてくれたようだ。


————————



『兎に角、警察に通報するのが先だ。大澤君、スマホは持っているかい?』

『手元にないです。』

『実は僕もなんだ。職員室の机の上だなきっと。』

項垂れる斎藤。


『職員室の固定電話を使うのはどうですか?。廊下を真っ直ぐ進むだけだからここからも近い。』


『職員室の固定電話を使うにも、道中が安全とは言い切れない。』



『君の仮説通りだったら、本校舎中央、職員室寄りになればなるほど透明人間の数も多いだろうから。』

『透明化事件が発生した時刻、中央中庭で生徒達のエンタメ大会が開かれていたんだ。』

『その際、多くの人が学校の中央によってその様子を眺めていたんだ。と言うことは、透明人間達が中央、特に職員室周辺に集中している可能性が高い』

『あり得そうですね…』


ある考えが浮かんだ。使い慣れた、あの場所ならあるいは。

『公衆電話を使うのはどうですかね。110番通報なら代金もかからない筈です。』

『随分と詳しいね。』

『数ヶ月前から、野暮用で使うことが多いんです。最寄りの公衆電話ボックスなら、校門すぐ正面にあります。』

『それで行こう。問題は、どうやって校外に出るかだね。部室棟からは外に出られないし、第一ここは二階だ。』

『こうなったら正面突破しかない…か。僕が先導するから校門まで走り抜けよう。そしてそれ以降は君の案内に従う。なんて作戦はどうかな。』

『いいと思います。』

震える
————————



『最後にルートの確認をしよう。今のここ、2階部室棟から渡り廊下を通って、本校舎へ。』

『その後、廊下を走り抜けて中央階段へ移動。その後階段を下り、学校中央の昇降口から脱出ですね。』

本校舎への入り口までの間、斎藤と最終確認をしながら歩く。

『流石良く分かってるね。今からでも遅くないからバスケ部に入らないかい?』

『嬉しいすけど、遠慮しておきます。流石に強豪校にはついていけないや。』

『そんな事ないと思うけどなぁ。まぁいいや。』

『兎に角、無茶はしないでくれよ。期待の新人に大事があったら、加藤先生にシめられる。』

『任せてください。先生こそ、僕に置いて行かれないでくださいね。』

『はっ。言うじゃないか。』
快活に笑う斎藤。

正直、彼の取ってつけたような笑顔が苦手だったが、話してみると悪い人間ではないと感じた。

再度、鉄の扉前に着く。

『いいかい、行くよ。』

斎藤の呼びかけに無言でうなずくと、一気にドアから駆け込んだ。


長い廊下を走り抜ける。

周囲に目を配ると、学校の惨状が目についた。
生徒達が、数日かけて作り上げた看板、入り口の装飾、屋台。
それらは、みるも無残に破られてしまっている。

その無情さに目を背け、スピードを上げる。

すると、背後で轟音がなった。

慌てて振り返るが、景色に何も変化はない。
ただ、動物的本能から、わかる。

さっきは俺の存在など意に介さず、校舎を破壊していた透明人間達。
しかし、今度は死に物狂いで俺達を追いかけてきているのだ。

この音は、彼らが俺達を追いかけて走る音だ。

『…先生!』

『分かってる!スピード上げろ!!』

こちらを振り返らずに鼓舞する斎藤。

生まれて初めての命を狙われる体験に、俺の脳内は狂乱していた。

背後の音は、次第に大きさを増してきている。
教室の前を通るたびに、室内に留まっていたいた奴らも、背後の列に加わっているのだろう。

轟く足音、人が転ぶような音さえ聞こえる。

そんな騒音を切り裂くように、先導する斎藤。
流石は強豪校バスケットボール部の顧問だ。
斎藤の走る速さは、30代の教師にも関わらず目を見張る物があった。
俺も自分の脚には自信があったが、気を抜くと置いていかれてしまいそうだ。

『そろそろ中央に出るぞ…!階段降りて、そのまま正面の昇降口に向かおう!』
息を切らしながら、叫ぶ斎藤。

『わかりました!』
階段を2段飛ばしで降る。1階にさえつければ、昇降口は目の前だ。

階段を下り切り視界を上げると、背筋に悪寒が走った。
今度は、正面から轟音が聞こえるのだ。

(いる。透明人間達が確実に、目の前から走ってきている…!)

『先生…!正面にいます!』
不安から叫ぶ俺。

『分かってる…!』
すると斎藤はルートを変更し、本校舎1階中央から、さらに奥の実習棟へと走り始めた。

『俺が、こいつらを引きつける!そのうちに外に出ろ…!』
振り絞った声で叫ぶ斎藤。体力の限界も近そうだ。

『行け!速く!!』
斎藤の絶叫が廊下に響く。

『…はい!!』
その気持ちを無碍にしないためにも、1人、昇降口へと走った。

昇降口から飛び出し、文化祭用に作られた入場ゲートを潜る。

その瞬間、急に体勢が崩れ、足首を捻ってしまった。
ゴミでも踏んだのだろう。

痛みを感じるが気にする余裕などない。

校門を出ると、もはや彼らの足音は聞こえない。
まるで全て夢だったかのように、落ち着いた青い空。

それでも俺は、走る。
体に熱が籠り続けているからか、

公衆電話ボックスは確か、大通りにつながる道にあった筈だ。

乱暴に噛み合わせの悪い扉を開き中へ入る。

荒れる息のまま、電話番号を打った。


————————


そこからの事は、あまり覚えていない。
鳴り響くサイレン。
おどろおどろしく光るパトカーのランプが、背後の夕焼けに混ざって綺麗だったこと。
焼けるような足首。

ふと、校舎に目を向けると、目を疑う光景が映った。
夢で見た透明な彼女が、校門からこちらを見据えている。
慌てて二度見するも、彼女の姿は消えてしまっていた。

以上が、歴史上初めて透明人間の存在が明らかとなった事件。
青橋高校集団消失事件である。
俺、大澤夏樹はこの事件の第一発見者であり、
ただ一人、透明化被害を免れた生徒だった
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