国家ベイビー

文字数 1,893文字

 私は総理大臣に呼び出されると少子化対策大臣に任命された。
 我がマヤトの国は長年、老人優先の政策を取ってきたため子供の数が激減していた。
 子供の数とはすなわち未来の消費者の数だ。
 近い将来、人口減のためにあらゆる物が売れなくなればマヤトの経済は停滞し、確実に滅びの道を歩んで行くことになるだろう。
 ただちに子供保護法を作り人口を増やしたいところだが、子供たちが家や車など高価な品を買ってくれる年齢になるまでには、二十年の時が必要になってくる。だがそこまでの余力は今のマヤトにはなかった。
 私は十年で経済を立て直すため総理に“国家ベイビー法”を提案した。
 国家ベイビー法とは国際貢献の名のもとに外国から子供を買い上げ教育し、マヤトの人間になってもらうと言う方策だった。

 世間はただちに、人買い法だ。税金を外国人に使うのかとバッシングを始めた。
 それを見越していた私は、外国に学校を作り入学条件を厳格化した。
 一つ、路上生活者で親がいないこと。
 一つ、一定期間後に国民認定試験を受けること。
 一つ、医療関係従事者以外には帰化は認めないこと。
 マヤトは逆ピラミッド型の老人大国のため、医者、看護師など健康関連の従事者の数が足りないと言う問題を抱えていた。
 建策の結果、風当たりは随分緩和された。

 国民認定学校は、国際慈善スクールと命名された。初期メンバーは十七歳から五歳まで幅広く四千名ほどが集められた。
 半分はマヤト人に近い黄色系東アベナ人だったが、もう半分は褐色系、なかには白人系の子供も混じっていた。
 肌の色はデリケートだ。マヤトへの同化政策を難しくする。国際結婚の数も増えたがまだまだマヤト人は外国人にたいして優しくなかった。互いに敵がい心を持たず、互いに尊重しあうマヤトを作らなければ、いずれ制度破綻を起こしてしまう。
 私は細心の注意を払い教育プログロムを立てた。私たちは路上に捨てられた子供たちに家を与える親でなければならない。それが愛国心を育てるのだ。
 学校のプログラムは自主と平等を基本理念に置いて行われた。
 学校、寮ともに過度な監視は行わない。マヤトの子供と同等にたっぷりとした、食事、睡眠、安息の場所を与えたうえで、マヤト語の教育を行った。そのうえで、タブレット、ゲーム、スポーツ、そして自由に使えるお金を与えマヤト民になる特典を提示した。
 長い路上生活のせいで、怯え、猜疑心を持った子供たちの顔が見る見る明るくなっていった。それにともないマヤト式のマナーを守り、成績が上がる子供の数が増えていった。
 それから数年後、初めての選抜試験が行われた。医者と看護師の候補生、約二百名が海を渡ることになった。
 美しきマヤトの未来は私と子供たちの理想郷(ユートピア)でなければならなかった。
 だが私は失脚した。

 それは東南アベナにある国際慈善スクールに慰問に行った時のことだった。
 選抜試験の後処理に頭を悩ませていた私は口が軽くなっていた。スクールの校長にうっかり愚痴をこぼしてしまった。
「事故でも起きてくれないかな。不合格者の受け入れをマヤトの企業が嫌がっていてね」
 死んで欲しいのは彼らではない私のほうだった。選抜試験の落第者へのフォローアップが上手くいかない自虐を言ったつもりだが、世間はそうは取らなかった。

 犯人はヤンと言う選抜試験で一番の成績を納めた前途有望な医者志望の若者だった。
 成績不振者の行き先が決まらない状況に業を煮やしたすえに、掃除の時間、校長室にペンシル型のカメラを隠したらしい。

 優秀者のヤンと落ちこぼれのウーは同じ町で助け合った路上生活者(ストリートチルドレン)だった。私の知らない場所で友情を育んだ黄色肌と褐色肌の兄弟だった。
 物取りをしながら命を繋いでいた頃、大人に捕まり派手な制裁を受けたこともあったらしい。それにもかかわらずポケットに隠した小さなチョコレートを二つにして分け合い、暗闇の世界を生きのびてきた。
 (ヤン)(ウー)からもらったチョコレートより美味いものを食べたことがなかったのだ。

 私は鈍感(バカ)だった。
 失言の責任を取って少子化対策大臣を辞任した。だが国家ベイビー法を作ったことにはなんら後悔はない。この国はこの政策に頼らなければ沈没してしまうからだ。
 ヤンに聞き取りをした面接官は質問の最後に、彼に将来の夢を聞いたらしい。ヤンは政治家になりたいと答えた。
 マヤトの国はいずれ頭の良い国家ベイビー(外国人)に乗っ取られてしまうのだろうか?
 恐らくそれはないだろう。多少のルール変更があるだろうが、マヤトはより良い国に生まれ変わるはずだ。

 ———私は彼らに十分なチョコレートを与えたと自負している。
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