Vtuber「一ノ瀬アリア」

文字数 6,877文字

白木麻子(しらきあさこ)は大人気Vtuberである
約十年前だ。まだVtuberが一般的ではなかった当時
いち早く流行りに乗っかり
一ノ(いちのせ)アリアとして華々しくデビューし
見事スタートダッシュに成功した
チャンネル登録数は瞬く間に百万人を超え
生放送の同接数は常に四、五万人という盛況ぶりだった
Vtuberは瞬く間に増えていったが
白木には確固たる自信があった。なぜならもう十年前からネットでの配信活動は続けていて
その有象無象から抜きん出た人気を誇っていたのは卓抜したトーク力
長年培ってきたゲームプレイの上手さ、物真似のレパートリーやクオリティの高さにも定評があり
大手とまではいかずとも中堅以上の実力があった白木に
大人気イラストレーターの描いた絵が合わさり
まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの人気を誇っていた
風向きがはっきりと変わったのは企業がVtuber事業に着手しだした頃だ
これによって生半可な個人勢はその煽りを受け
同接数は全体を通して劇的に減り
活動を諦めて引退した人間も少なくはなかった
白木は前述した通りの実力者であり
企業勢の煽りをものともしなかった
それどころかこのまま自分が企業勢になることだって出来たが
YouTubeに収益を取られるだけでも気に入らないのに
企業にまで利益を取られるなんてごめんだった

白木は最初こそ「あの連中」と敵対視をしていたが
逆にこいつらを利用してやろうとした
具体的には大手企業系Vtuberとコラボ配信を積極的に行うことで
相乗効果でお互いのリスナーを、ファンを増やそうとした

一緒にゲームをする友達ごっこはリスナーに好評だった
Vtuberらしく歌ってみたのコラボ動画や
時にはオフラインでのコラボなども行った
兎に角勢力的に、積極的に自分から絡んでいった
頭を捻って考えた数々の企画は見事に結果に結びついた
出来ることはなんでもやった
そんな具合で配信活動を続けていった
じつに充実していた。
リスナーを癒し、その対価を受け取る
お互いにWin-Winの関係である
これこそ天職だ
自分はなんと恵まれているのだろうか
白木は幸せだった
だがしかし、幸運は続かなかった

♢♢♢

十年後

「ありがとーございましたー」

コンビニ弁当を袋に詰めて
機械的にお礼を述べる
出勤してから一体何十回繰り返したかわからない言葉と動作
深いため息をつく
壁掛け時計に眼をやると退勤時間まであと二時間はあった
白木麻子はフリーターである
年齢はもう今年で四十歳になろうとしていた
自分では認めたくなくとも世間一般的には
おばさんと言われる年齢に片足どころか両足を突っ込んでいる
店長は年下で白木のことを扱いずらそうにしているし
もっと年下の女子高校のバイト達は
裏で白木のことを馬鹿にしていることを知っていた
遅々として進まない時間。白木曰く無間地獄は
ようやっとのこと終わりを迎えた
外は既に暗かった
女性の一人歩きは危険だとは言われるが
身長百五十センチ。体重百キロ
ぱんぱんに膨らんだ顔とは対照的な
分厚い黒縁眼鏡の奥に見えるくぼんだ小さな目
学生時代のあだ名「横綱」の白木を襲う物好き男は
そうそういないだろうと自嘲する
マンションに帰ると床のゴミを蹴散らしながら机に向かう
白木の部屋は引っ越した当時から
食べ終わったコンビニ弁当の容器や空き缶
ペットボトルに衝動買いした大量の服など
ありとあらゆる者が散らかり床が見えなかった
ゴキブリも大量発生して非常に不衛生である
所謂汚部屋であったが本人は大して気にしていなかった

空腹であった。さっそく廃棄弁当を袋から取り出す
本当は駄目ではあるのだが店長のご厚意であった
弁当をまとめて三個貪り食うと
机上のラッキーストライクを手にとり、紫煙をくゆらせる
金は確かになかったが、若い頃の習慣というものはなかなか抜けるものではない
本当は酒も飲みたかったがさすがに酔いながらというのはアリアのイメージにそぐわない
冷蔵庫の缶ビールを恨めしそうに見つめた後、扉を閉じた

弁当容器を床にぶん投げると
いつものようにパソコンの前に座り電源をつけ配信の準備をする
どれだけ適当な服装だろうが髪の毛がボサボサだろうが化粧をサボろうが
どうせ画面に映るのは白木であって白木ではない。気分はシンデレラ。もしくは魔法少女だ
リスナーが実際の自分を見たら一体どんな反応をするのだろうと考えると少し面白かった
金を返せと言われるだろうか?生憎投げ銭は全部私的に
使ってしまって手元にはほとんど残っていない
返せるものも返せないのだが

「はぁ・・・」

溜息をつく。配信に対するモチベーションはすっかり失われていた
さりとて他にやることがあるかというとそういうわけでもなく。半ば義務のようなものになっていた
同接数はこの十年で激減し他に収入源を得る必要がある事態までに落ちぶれていた
それはなぜか?答えは単純明快。白木麻子は、一ノ瀬アリアは飽きられていた
見た目は当たり前だが可愛いままだ。しかし中身は当然歳を取る
配信ではリスナーがわざわざ口にすることなんてなかったが誰もが察することではある
Vtuberのファンは人にもよるが、男のリスナーが多い
白木の場合、媚びた放送スタイルもあってか八対二の割合で男のほうが圧倒的に多かった
それが裏目に出た
男は若い女の方が好きだ

結果、新しくデビューした女配信者にリスナーの大半を奪われる形になった
自分なりになんとかしようとしたが駄目だった
一番痛かったのは大手企業系Vtuberが白木とのコラボを次々と断り始めたことだ
凋落ぶりは数字ではっきりと分かる以上
お互いにWin-Winの関係というのは成立しなくなった
結果。好循環は孤独な悪循環へと変わってしまっていた
いったいアリアを一生推すと誓ったあの男どもはどこにいってしまったのだろうか
5ちゃんねるでのスレッドやSNS上でのエゴサ―チで自分のことをオワコンだという奴らが我慢ならなかった
見る目がない連中だ、若いだけが取り柄の女に媚び諂いやがって
見た目もいい。声も可愛い。話も面白い私のほうが圧倒的にいいに決まっているのに
白木はプライドが高かった
いつか絶対返り咲いて見せると固く心に誓っている
もう一度深いため息をつくと喉をお茶で潤し配信を開始した
投げ銭は今日もなかった

♢♢♢

如月(きさらぎ)るるかは大手Vtuber企業「Vサイン」第三期生の大人気妹系Vtuberである
青色のショートヘアに学生服を大胆にアレンジし
紺色のスカートは短く、そこから大胆に見える太股が蠱惑的であり魅力的だった

ゲーム配信は上手くはなく、はっきりいえば下手くそだったが
逆にその天然ポンコツっぷりから毎回といってもいいくらい
繰り出される奇跡的な珍プレーが大変に人気を博した

歌は上手く、その圧倒的な歌唱力は
Vtuberの中でも五本の指に入ると言われ
リスナーが待ち望む人気コンテンツの一つだ

明るく気さくで社交的な性格は誰からも好かれ
Vサイン同士の大型コラボなどでは
なくてはならない存在と言われ引っ張りだこであった

チャンネル登録数は半年であっという間に百万人を超え
生放送の同接数は常に四、五万人という盛況ぶりだった
それはかつての白木麻子、もとい一ノ瀬アリアを彷彿とさせた

彼女は当然るるかのことを周知していた
コメントこそしなかったが(どちらにせよ流れが速すぎて認識など出来まい)
配信はちょくちょく覗いていた
本心では憎たらしいと唾棄しているが
今をときめく大人気Vtuberである
なにか盗めるものがあるのではないかと思ってのことだ
白木はある意味勤勉家であった

そんなある日
いつもと同じように嫌々コンビニのアルバイトを終えてから配信を開始した
今日の内容はゲーム配信。それもるるかが先日やっていたものと同じものを選んだ
少しでもあやかれればという考えからだった

配信を開始してから三時間後
難易度は今までやってきたゲームの中でも断トツに高く
攻略に行き詰まり、キャラクターがボスに蹂躙され続けること一時間
ニコチンも切れてイライラし始めた頃
ちらりとコメント欄を見るとリスナーがどよめいている
一体どうしたんだこいつらはと心の中で毒突けば
なんとあの如月るるかがいるでないか

「こんありですー!このゲーム難しいですよねー!」

心底驚いた。まさか自分の配信に来るとは思ってもみなかったからだ
一瞬なんといえばいいか分からなかったが
自分は今は一ノ瀬アリアだ
一ノ瀬アリアは怖気づきも気遅れもしないのだ
明るく、常に元気に、白木の時よりも一オクターブ高い声でるるかにある種立ち向かう
これは繋がりをつくる絶好の機会だと確信した。流れが来たと思った

同じゲームをプレイしたのはただの便乗ではあったのだが
それが結果的に二人の縁を作った
二人はそこからよく一緒にコラボ配信をしたり
時にはDiscordで個人的に遅くまで通話することもあった
その会話からわかったことは
るるかはアリアがVtuber時代の所謂前世からのファンであったという
これにもだいぶ驚かされた
初コメントはだいぶ勇気が必要だった、きっかけをくれたゲームには感謝していると言う
こちらこそ感謝していると白木は缶ビールを呷りながら下品に笑った

数年前からぴくりともしなかったチャンネル登録数は劇的に増えた
白木主体のコラボ配信の同接数は全盛期の勢いを取り戻した
思惑は見事に成功したように思われた
しかしそうはいかなかった
あくまでも人気なのはるるかである
自分はただ、その威光を借りているだけに過ぎない
個人での配信は多少数字の上昇はあったものの
全体的にみれば、なにも変わらなかったといっていい結果に終わった

ギリギリと歯軋りをし、怒号と供に机を思い切り打っ叩く
机の上の大量の空き缶が宙を舞って床のゴミ山の一部になる
作戦は失敗だった
甘くはなかったのだ
一から練り直しをしなければならない
幸い時間はまだある
あの女にはまだまだ利用価値がある
きっと打開策はあるはずだ

♢♢♢

某日
るるかからDiscordで連絡がきた
次の日曜日に遊びに行かないかと誘いがきた
幸いお互いに関東住みであり
直接会うということに関してのハードルはそこまで高くはなかった
願ってもないことだった
アルバイトのシフトもちょうど休みであり一も二もなく快諾した

ゴミ山の中からメイク道具を探し出し
虫に食われていないマシな服を引っ張り出す
どれだけ取り繕ったところで
この巨体は隠しようがないのだが
やらないよりは良いだろうと自分を納得させた

電車を乗り継いで待ち合わせのA駅へと向かった
駅前近くのベンチに座り、時計を確認した
時間まではまだあと三十分近くあった
基本的に時間にルーズな女ではあったが
悪い印象を与えるわけにもいかないと気合を入れて来ていた
白木なりの気持ちの表れであった
とはいえ早く来過ぎてしまった
喫煙所も近くになく、わざわざ歩いていくのも面倒だった
仕方なくスマートフォンを弄りながら時間を潰す
やることは専らエゴサ―チである
るるかとコラボをし始めたことによって
自分が話題になることも増えた

「二人が楽しくゲームしているのを見ると寿命が伸びる」

「アリアって知らなかったけど面白いじゃん」

「次の配信も楽しみ」

「るるかちゃんとアリアちゃんのファンタートです!」

所詮金魚の糞だという自覚はあったが
自分が話題になることは素直に喜んだし
久しぶりのファンアートは素直に嬉しかった
SNSに夢中になっていると
人の頭の上から声が降ってきた

「あの・・・アリアちゃん・・・ですか?」

「はい・・・えと、るるかちゃん?」

服装や髪型はお互いに事前に伝えてあった
眼の前の女性は記憶していた姿と同じだった
淡い緑色のカーディガン、対照的な濃い緑色のフレアスカートを身に着け
胸まで伸びた髪の毛は明るい茶色に染めてよく似合っていた
身長は白木と同じくらいだがかなりの細身で
体重は倍以上は違うだろう
顔は小顔でぱっちりとした瞳は大きく
全体のバランスは整っていて可愛らしい
はっきりとした年齢はわからなかったが二十代前半あたりだろうか?とにかく若かった
なにからなにまで白木とは対照的だった
思わず出かかった舌打ちを寸での所で引っ込める

「あーやっぱり!一応初めまして・・・ですよね?
初めましてるるかです!」

不安そうな顔はぱっと明るくなり破顔する
自分でいうのもなんだがこの「横綱」の見た目を前にして
嫌な顔一つしないことに驚く
配信中に見せる明るく気さくで社交的な性格は作り物ではないのかもしれない
そういった点も真逆である

「初めまして!わー本物も可愛いねー!」

本音と、内心に嫉妬を織り交ぜて言った
今自分は白木ではない。皮こそ被っていないが一ノ瀬アリアになりきる。言い聞かせる

「アリアちゃんも可愛いよー!」

どこかだよと内心毒づくが、両手をぶんぶんと振りながら照れてみせた
二人で会って具体的になにかをするというのは決めていなかった
自慢じゃないが白木は子供の頃から友達と呼べる存在はいなかった
性格上作れなかったというのが正しいが、特別必要に感じることもなかった
なので人と遊ぶということがどういうものなのか一切わからなかったので
どうしたもんかと今日まで不安ではあったのだが
るるかに連れられるままに映画を見たり、ゲームセンターで遊び、洋服をお互いに選んで買ったりした
随分と遊び慣れているようだった
会話も率先して話しかけてきて、鬱陶しいとは思ったがやりやすいなとは思った
時間はあっという間に過ぎて日は傾き始めていた
そろそろ帰るかと言い出そうと思っていると思わぬ提案をされた
自分のマンションに来ないかという誘いだった
人の家に遊びに行った経験も当然ない白木は
若干逡巡したが結局向かうことにした
A駅から電車に乗ること数十分、徒歩五分
白木のマンションの数倍以上の家賃はしそうな
綺麗で大きな、五十階建てのタワーマンションだった

「どうぞ、上がってくださいー」

「お邪魔しますー」

室内も外見と同じくデカかった
部屋はなんと脅威の3LDK
もしや男とでも住んでいるのかと訝しんだが
一人でこの広い空間に住んでいるという
どうしてだと聞いてみたら昔からの夢だったという
Vtuberドリームのなせる業の一つだろう

タワーマンションはまだ出来たばかりの新築で
フローリングはピカピカでホコリ一つ見つからない
キッチンにはたくさんの調理器具が綺麗に並べられている
部屋には余計なものが一切なく整理整頓が徹底されていた

「ちょーっと待っててくださいね!」

ダイニングテーブルに座るように勧められる
中央にはガラス製の花瓶に花が生けられていた

夕食はるるかが作ることになっていた
料理はゲーム以外の数少ない趣味の一つだそうだ
有名レストランでの調理バイト経験を存分に発揮して見せると張り切っていた

キッチンに立つエプロン姿をちらちらと眺めながらスマートフォンを弄る
ソーシャルゲームをやってもよかったがやっぱりSNSでエゴサ―チをすることにした
ポチポチと自分の名前を入力する
一番最初に飛び込んできたのは

「二人の声って結構似てるよね」

これは配信でもたまに見られるコメントだ
るるかはどうかはわからないが
白木は声を作っているので実際には違うのだが
冗談でやるさらに本人に寄せた物真似は結構な好評だった

「・・・」

白木の中に一つの計画が浮かんだ。浮かんでしまった
椅子からゆっくりと立ち上がった
フローリングを歩くとスリッパのぱたぱた音が煩わしかった
キッチンからはジュージューという調理音。香ばしい匂いが漂ってくる
るるかは気配を感じ取ったのか振り向きもせずに

「アリアちゃん?まだもうちょっと待っててくださいねー」

その声を無視し、一気に真後ろまで詰め寄る
その手にはダイニングテーブルに飾ってあった花瓶が握られている
躊躇せずに後頭部目掛けて振り下ろした
鈍い音がして華奢な身体がフライパンに倒れ込み、中身と共に床に落下する
即死だった

♢♢♢

白木はるるかを殺害した
後先の一切考えない、衝動的な行動だったが後悔はしていなかった
死体を処理し、自分自身のある種生前処理を済ませた
一週間後
Vサインの如月るるかが配信を再開した
心待ちにしていたリスナーは大変に喜んだ
中身が別人だということを見抜ける人間はいなかった
勉強のために見ていた配信のおかげで声だけじゃなくよくする話題や癖なども覚えた
物真似は完璧だった
その後、順調にチャンネル登録数は成長していき
一年であっという間に二百万人を超え
生放送の同接数は常に四、五万人という盛況ぶりだった

アリアが配信を一年前から突然ぱったりとしなくなり
SNSの投稿もないことに心配をしていたリスナーもいたが、いつの間にか忘れ去られた

人間は残酷なもんだと自分自身を棚に上げて
ラッキーストライクを手にとり、紫煙をくゆらせる
るるかだったらきっとこんなことしないんだろうなと
下品に笑いながら配信の準備をした
今夜も私を待っているリスナーが大勢いる
賛美の声が止め処なく流れ、金が飛び交うだろう
生まれ変わった気分だ
抑えきれない笑いを無理やり押し込め配信を開始した
来てやったぞ豚ども、早く私を称えるがいい、存分に推すがいい

「こんるるー!Vサイン一番の元気印!如月るるかだよ~!」

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