第44話

文字数 5,053文字

「薫…ありがとう…」

真紀は泣きながらそう言った。

「お母さん…ずっと私達を見ていてくれてたってほんと?」

透が

「薫…母さんな…肌身離さずお前の写真を持ち歩いてるよ…」

「そうなの?」

薫は真紀を見つめてそう言った。真紀は涙をハンカチで拭いて

「薫…あなたのことを考えない日なんてなかったの…」

そう言ってバッグから小さなアルバムを取り出した。そこに収められていたたくさんの写真…薫の産まれた時の赤ちゃんの写真から、七五三、入園式、遠足、入学式、過去の薫の写真が薫の成長と共に全て入っていた。その写真は、数えきれないほど手にとって見たのであろう、かなりくたびれていた。

「どうして?」

薫が質問した。

「どうしてこんなにたくさん…」

「薫…これは全部透が持ってきてくれたの…私も薫が幼稚園に入る時も、小学校に入学するときも中学入学する時も高校に入学する時も、全て薫の側に居たの…でも…」

そう言って言葉に詰まる。

「お母さん…」

透は薫の様子を見て安心した。完全に薫は母を受け入れている。薫には語り尽くせぬ想いがたくさんあるだろう…今日はこの後二人だけにして、母子の時間をゆっくり作ってやろうと考えていた。透は可奈子を見てお互いうなずき合った。可奈子が

「薫、真紀、この後二人で出かけて来たら?…親子水入らずでゆっくり話して来たら良いんじゃない?」

真紀が可奈子と透を交互に見て頷いた。

「薫…いいかしら?私と二人きりでも…」

「お母さん…」

そう言って薫は頷いた。

「じゃ、透悪いけど…」

真紀はそう言って薫を抱き締めながら透と可奈子に目でありがとうと言って

「行こ?薫…」

二人は立ち上がり

「俺ん家でゆっくり話せよ。誰の目も気にすることなくゆっくり出来るから」

「そうね…そうさせてもらうわ…」

そして透は家に二人を送って

「俺さ、悪いんだけど今日友達と約束あるからこのまま帰って来ないわ…」

「兄ちゃん…」

もちろん二人は透の粋な計らいに感謝している。透が出ていって

「お母さん…私、真実が知りたい…どうして私が小さかった頃、泣きながら謝ってたの?」

「薫…覚えてるの?」

「ううん…夢で見た。お母さんが泣きながら謝ってた…必ず迎えに来るからって…」

「薫…それはまだあなたが三才の時の記憶よ…」

そうだったんだ…私が三才の時にお母さんは居なくなったんだ…

「どうして…出ていかなくちゃ行けなかったの?」

「それは…薫…話す前に約束して…この話を聞いても…父ちゃんのことは恨まないで…」

「父ちゃん…父ちゃんが悪いの?」

真紀は静かに語り出した。

「父ちゃんね…若い頃とてもモテる人でね…女性の影が絶えないのは知ってたの…でも、薫を妊娠してるときにあの人は…」

そう言って寂しげな表情で遠くを見つめる。
矢崎拳は真紀が薫を妊娠してるときに、もう一人の女性とも関係を持っていて、その女性も妊娠していた。それを知るのは数年経ってからになる。そしてその女性こそ、天斗の母、美知子であったが、その事は話していない。

「それでお母さんがどうして出ていかなくちゃ行けなかったの?」

「父ちゃんはね、私に謝ってくれたわ…でも、たった一度の裏切りでもどうしても許せなかった…だから私は透と薫を連れて出ていこうとしたの。だけど…爺ちゃんと婆ちゃんが絶対にあなたたちを手放さなかった。それで私だけ追い出されたの…父ちゃんはそれを知って必死で私を探してくれたみたいなんだけど、そんな事私は知らず矢崎家みんなを恨んでいたわ…でも…風の噂で父ちゃんがずっと私を探してるって聞いて…それだけでも救いだった…」

「お母さん…それじゃ、婆ちゃんも爺ちゃんも死んだのにどうして私達を連れに来てくれなかったの?」

「あなたを混乱させたくなかった…もし薫の口から私に会いたいと言ったら、私はあなたに会う気持ちはあった。薫の意思を尊重したかった。だから透が私を探し当てて来てくれた時に、それは伝えてあったわ…でも、永かった…薫が私と会いたいって言ってくれるまで…ほんとは一度あなたとすれ違ったのよ?」

「え?いつ?」

「私…度々あなたの家の前で薫!って声をかけたくて…玄関の前で立っていたことがあって…そしたら薫がドアを開けて出ていくところで…あなたは私を不審な眼差しで見てたけど、私はあの時…」

「あ!それ覚えてる!いきなり家の前に立ってる女性…なんか私に似てるなとはあのとき思ったけど…それがお母さんだったなんて!正直お母さんが私達を捨てて出ていったって恨んだりしたこともあったよ…凄く淋しい時、兄ちゃんや理佳子がいつも私を慰めてくれた…でも…恨むのと同時に会いたい気持ちもあって…ずっと会いたかった…でも、お母さんの気持ちがわからないから、私達が邪魔だったのかなとか…色々考えて…兄ちゃんも凄く私を気遣ってくれたから…お母さんのことは聞いちゃいけないんだって…」

「薫、あなたが重森の姓に変えたいって言った時…辛い想いをしたのは知ってたの。だから、本当は母として慰めてあげたかった…でも、それが出来なかった。あの時ね、薫が重森を名乗れるように父ちゃんと会ったの…そして矢崎から重森に変更出来るように手伝ってもらったわ。あなたは私の母と養子縁組という形で…父ちゃん…薫を宜しくって…」

そして真紀は口を抑えながら静かに泣き出した。この時薫は、まだ矢崎拳に未練があったのだと気付いた。どんなことも時間が解決する…長く凍ったままの心も、いつかは溶ける…誰だって過ちはおかす。人は許し合うもの…

「わかった…父ちゃんのことはもういい…もう全部わかったから、過去の話はもういいよ…」

「ありがとう…薫…優しい子に育ってくれたね…」

「ねぇ、お母さん…私、好きな人が出来た。そして、そこの家庭に入りたいと思ってる。とても温かくて…私の全てを包んでくれるような…今度は私がそういう家庭を作りたいって思った」

真紀は、辛い人生を歩ませた自責の念を感じていたのだが、今こうして娘が明るい未来を語る姿を見て心から応援したい気持ちでいっぱいだった。親としてただただ子供の幸せだけを願う。

「そう!お母さん安心した。薫のその言葉を聞いて…」

二人は夜遅くまで尽きることなく語り合った。


後日、薫は吟子の元へ報告に向かう。

「お母さんただいま~!」

そう言って元気に挨拶して小山内家のドアを開けた。

「お帰り~!どうだった?」

「うん、いっぱいお話した。全てを聞いてモヤモヤしたものが全部消えたらスッキリしちゃって、それだけでもう満足しちゃった!」

薫が完全に吹っ切れた表情で話すのを見て吟子も安心した。またかおりんが戻ってきてくれた。

「そうかぁ~、そりゃ良かったねぇ!」

「お母さん、小山内家のことを話した。そしてここに嫁ぎたいって…そしたら応援するって!今度お母さんにお会いしたいって!」

「あらそう!そりゃ嬉しいねぇ!」

「清は?」

「まだ寝てるよ…ほんと寝坊助だから…」

「お母さん、大好き!」

この子は、本当のお母さんに会ってからも全く変わらず私に懐いてくれて…てっきりこっちには寄り付かなくなるのかと思っていたのに…

「かおり!小山内家の嫁になる以上はちゃんと覚悟してよ!」

「え?何?」

「小山内家は愛を大切にする!誰に対しても!どんなことがあっても、絶対に家族を大切にする!」

「うん!わかった!家族を大切にする!」

吟子は薫を抱き締めて頭を撫でる。そう…この温もり…この匂い…この優しさ…この全てを感じていなかったら、きっとお母さんと会った時、もっと違和感を感じていたかも知れない…素直に飛び込めなかったかも…吟子さん…ありがとう…お陰でいっぱい二人の時間を満喫出来たよ。


天斗の母、美知子は、天斗から薫とその母の話を聞いて動揺していた。薫の母が薫と接触したということは、自分の過去を知らせる可能性が十分にあったからだ。そうなると天斗にも大きな影響が及ぶ。それを恐れていた。矢崎拳との関係はたった一度きりだった。矢崎拳は女性を魅了する力を持っていた。優しく、頼りがいがあって、落ち着いた空気感、どっしりと構えた姿に女達は惹かれる。有名だった矢崎拳のことを美知子は知ってはいたが、偶然夜の街で出会った時、まさか一夜限りの過ちをおかすとは、その時思いもよらなかった。美知子は酔って矢崎拳の肩にもたれ、そのまま男の優しさに堕ちていく…そして二人は夜の闇へと吸い込まれていった。そして天斗の妊娠がわかったとき、矢崎拳にも二人目の子供が授かっていたことを知る。美知子は自分から身を引いて一人悩んでいた。そして職場の上司であった黒崎正男に声をかけられ、相談に乗ってもらうことになった。黒崎もまた、当時三才になろうという美香を男手一人で育てていて、美知子にお互いのメリットを考えて、天斗を認知すると言って結婚の話が進展していった。それが今の黒崎家の家族構成となる。それ故、天斗は黒崎正男の息子として微塵の疑いも持っていない。天斗が幼い頃に理佳子と一緒に薫を連れてきた時、美知子は複雑な想いだった。天斗と同じ父を持つ薫…例え知らなかった事とは言え、その母真紀に対しても懺悔の気持ちで胸を締め付けられる。


夏休みも終盤を迎え、学生達は夏の最後の思い出作りに励む中、理佳子にフラれた石井裕太は理佳子が惚れた男を徹底的に調べて回っていた。そしてやっと信憑性が高い情報に辿り着く。そして、その男を一目見ようと更に情報収集に躍起になっていた。

「いつもこの辺で見かけるって聞いたんだけどなぁ…、めちゃくちゃ喧嘩が強い人だとか…理佳子先輩はやっぱり強い男に惹かれるのかなぁ…」

その時、学生らしい若者数名を見かけ声をかける。

「あの~、すみません…この辺によく黒崎って人を見かけるって聞いて来たんですけど…知りませんか?」

若者達は、石井の弱々しい風貌を見て、伝説の黒崎に何の用があるのかと不思議そうにジロジロ見た。

「何で?なんであの人探してる?」

「あの~…えーと…凄く有名な人なんで弟子入りしたいと…」

「あ?お前が?」

そう言って一斉に笑った。

「あの!知ってるなら居場所教えてください!」

一同顔を見合わせて

「じゃ、ついてこい!」

そう言って石井は若者達の後をついていく。しばらく歩いて人気のない路地裏で若者達が立ち止まった。

「なぁ、案内したんだから金出せよ!これはカツアゲじゃねーからな。手数料だよ!」

「え?でも…黒崎って人は?」

石井は周りをキョロキョロ見渡すが、それらしい人物は見当たらない。

「良いから出せよ!ここで待ってりゃ黒崎に会えるよ!」

「そんなの…信用出来ない…」

「テメェ…せっかく連れてきてやったのに恩を仇で返す気か!」

そう言って石井の胸ぐらを掴み殴りかかるふりをする。石井は顔を背けて目を固く閉じる。その時

「だーれかなぁ?弱い者いじめしてお金取ろうとする輩は?」

突然石井の背後から声が聞こえてきた。

「あ?弱い者いじめ?んなわけねーだろ!遊んでるだけだよ!行くぞ」

そう言って石井の手を引き若者達がこの場を去ろうとする。

「ちょっと待て?なぁ君?大丈夫か?」

石井はこの窮地を救ってくれようとする見知らぬ人物に助けを求める。

「いや…カツアゲされてます!ちょっと人探してただけなのに金出せって言われて…」

「ほーら、カツアゲされてますって言ってんじゃねーか」

「うるせぇなぁ!してねーつってんだろ!」

若者達がこの救世主に襲いかかる!

バタバタバタッ

目にも止まらぬ速さで五人の若者達が地面に倒れた。それはまるで映画のワンシーンのように見えた。石井は生で喧嘩を見るのは人生初だった。
す…凄い…カッコいい…こんな人が実際に世の中に居るんだ…超カッコいい!もしかして…理佳子先輩が惚れた人って…この人?

「あ…あの…ありがとうございました。もしかして…黒崎さんですか?」

「いや、赤坂…」

なんだ…人違いか…残念…

「あの!赤坂さん!黒崎って人探してるんですが知りませんか?」

「ん?まぁ…知らないことも無いけど…」

「教えて下さい!探してるんです!僕の大好きな女性が…黒崎って人と付き合ってるって…どんな人か一目見たくて…」

「んー…そうか…がんばれ!」

「ちょっちょっちょっ…待ってくださいよ!教えて下さい!知ってるなら…」

「そう言われてもなぁ…」

その時赤坂と名乗る男に声をかける男が現れる。

「天斗、行こうぜ。あいつら来たわ」

「おぅ!少年…がんばれ!」

石井の方を振り返ってそう声をかけた。たかとって…えぇ!やっぱりあの人が黒崎天斗だったんじゃないか!
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