第5話 『 塩キャベ丼 』

文字数 2,494文字

 自社特製ソースの旨さは自慢だった。
 本社本店創業の地である善野(おおの)市の郷土野菜を素材に使って。
 ことことと煮込みに煮込んで、濾して寝かせて、醸して継ぎ足して…
 独特の甘みと苦みとコクを生み出すレシピについては、今では全国展開して庶民と学生の腹を満たしまくっている定番人気の大衆食堂『峠の平田や』の…
「 秘伝中の秘 ♡ 」
 …と、CMでも、バイト姿に扮した可憐なタレント少女が、にっこりウィンクして強調しているくらいである。

 ところで。
 疫病と政争と戦乱と…に端を発した不況と不景気は、年々悪化の一途をたどり。
 世には失業者と、減給され続ける公務員と、いつリストラされるかと怯えまくる正社員と。
 学費を払えず退学して、惨めな気分で非正規労働を続ける、貧窮の極みの若者たちと…
 ヤケを起こして昼間から街角で客を引く、いたいけな少女たちと…
 そんな、哀しい姿ばかりが。
 うろうろと所在なげに…
 空腹を抱えてうろつく。
 哀しい時代が到来していた。

「コンビニやスーパーの百円のオニギリ一個じゃ、とてもじゃないが足りないけど。
『峠の平田や』の一杯百円の白飯中盛りに。
 無料で使い放題の、卓上ソースをた~っぷり!
 かけて… 食べてみ?
 ランチそれなら、夜まで余裕で働けちゃう!
 極上の… 美味さ! … ☆☆☆☆☆ …♡ (※『星五つ』~w) 」

 …と。
 そんな書き込みがネットを賑わせた…
 書いた本人は、あくまで『安くて美味しくて腹いっぱい♡』と。
 ダントツのコスパの良さを。
 褒めてくれた…だけだ。
 しかし…

 翌日から。
 ランチやディナーの繁忙タイムの… どまんなかに。
「白飯中盛り1つ!」
 だけを…
 注文して。
 一杯百円の白飯ひとつで、ランチタイムの座席を堂々長々…占拠して。
 しかも実は原価百円ちかくするところの、自慢の卓上ソースを…
 一杯百円の白飯の上に… 一度に3分の1瓶ほども…
 びしゃびしゃと…
 かけて、しまうのである…

「うめぇ!」
「俺も行った! 安くて旨かった!」
「平田や最高! 白飯ドンブリで百円! ソースただ!」

 そんなカキコミがWEB上を走りまくり…

 きちんと定価の定食代を払って毎日利用していてくれた常連さんたちが…
 一杯百円でソースのボトルを情け容赦なく消費しまくる新参の『客』の行列に追われて…
 昼休み時間内に店内に辿り着けない。
 そんな事態にまで。
 発展してしまった…

 さらに。
 ソースのボトルが…
 盗まれ… いや、その…
『無断でお持ち帰り!』されてしまう事件が。
 頻発したのである…

 たまりかねて『万引き』案件として店員が警察を呼ぶ事態にまで悪化し。
「…だって!『ご自由にご利用下さい』って、書いてあるし!」
 ひらきなおった万引き?客は。
「あまりにも美味しかったから! 家でも食べたくて『ご自由に』お持ち帰っただけだ…!」
 …と、主張した。
 ネットは賛否両論で炎上しまくり。
 店内は、殺伐としまくった…

 社長はため息をついて頭を抱えた。
「…食費に使う、カネが、無い…
 のは、皆さんが、悪いわけじゃぁないしねぇ…」

 基本方針として。
『白飯一杯百円!』(だけ!)で。
 腹を満たして働きたい。という。
 貧窮労働者の要望には…
 極力、応えたい。
 と。
 社内一斉のWEB連絡会議では。
 ほぼほぼ満場の意見が一致した。
 しかし。

『一杯百円』の白飯のためだけに、
『一本百円』の特製ソースが乱用されまくっては…
 原価割れもはなはだしい…

 客単価が極端に低い新規顧客の急激な増加で。
 一食三百円~八百円くらいは普通に使ってくれていた、
 常連客が圧迫されて、店から離れつつある…現状も。
 経常収支のバランスを考えれば、非常~に。
 嬉しくない…

「誰か! 良いアイデアは、無いか…!???」

 社長はすなおにギブアップした。
 なにしろこういう時のための。
『学生アルバイト奨学金制度』
 である…

 貸与奨学金とまかない付きの学生寮を目当てに。
 各分野の成績優秀な大学生や院生や、他社の正社員たちまで含めて…
 多士済済な人材が、
 在籍しているのである…

 数日を経ずに。
 多数の提案メールが集まった…

 そして。

「新発売! 一杯、百十円! 『塩キャベ丼』ッ!」

 明るい笑顔で少女タレントが堂々とぶちあげた…☆☆

「百十円で! おなかはいっぱい!
 ただし! テイクアウト限定~☆☆」

 ごはん中盛と同量の。
 テイクアウトのご飯に。
 原価ひたすらゼロ円に近い…
 今までは捨てていた、部分の…
 千切りキャベツには余分な。
 緑の外葉の部分を…
 細かく、砕いて。塩ふって…
 しんなりさせて。
 白飯の上に緑の塩菜を。
 どんっ!と景気よく、盛り上げて…
 せめてもの『タンパク質を!』と…
 大豆もやしのナムル風を3本だけ、のっけて。
「袋やお箸が必要な人は別料金!」
 という注釈も、付けて…
 各店限定毎日五百食!

 …店頭の行列の長さに、近隣と警察からの苦情が来たのは。
 また、別の問題として…

 白飯客と、定食客の、列とレジも、仕訳けて…

 結果。

 定食の客たちが戻ってきてくれて、ほぼ元通りの売り上げ額に戻り。
 さらには、帰りがけに『持ち帰りで~』と。
 追加で。
 買って帰ってくれるようになり…

 数週間のうちに。
 常連顧客単価+塩キャベ丼の記録的な販売個数…
 で。

 むしろ、黒字幅が、増大したのであった…………

(卓上ソースが定食セットにだけ付く小分け袋に変更された点だけが。
 ひそかに、常連客からの、哀しみの声が寄せられていた…………)



 めでたし。




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おまけ参照?(読まなくてもいいよ?)
https://85358.diarynote.jp/201610181519331252/
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 ちなみに。
 ここで売ってる『おにぎり』のデカさが…
 元ネタです☆
https://diarynote.jp/data/blogs/l/20160318/85358_201603181650171398_1.jpg
https://85358.diarynote.jp/201501122157385891/

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