ごちそうさま

文字数 1,486文字

少女を飼っている。いや、匿っていると言いたい。
そうでないと、それなりの会社に勤める社会人としての基盤が危うくなる。
実際、俺の少女への扱いは献身そのものだろう。恋人も家から遠ざけ、毎日美味しい料理を振る舞い、広い浴槽、高級な入浴剤や石鹸を与える。
夜毎、大理石の浴室の床に浮かぶ、柔らかい茶色の毛に、家に少女がいることを実感する。
今だって、同僚たちの執拗な誘いを断り、食材を買って家路を急いでいる。

問題は、深夜眠りについた後、少女が襲ってくることだ。勿論、性的な意味で。
最初は目を覚ました時に驚いて突き放したが、
「私は子供じゃないから大丈夫」と聞く耳を持たず、しつこく奉仕を押し付けてきた。

それに嵌まってしまっている。
大人なら問題ないだろう。強制していないのだからいいだろう。そんな言い訳を幾つも思い浮かべながら、家のドアを開ける。
「ただいま。」
声をかけながら暗い廊下を通って、明るいリビングに向かうと、窓が開いていた。
少女はベランダでうさぎのぬいぐるみを抱えながら煙草を吸っていた。
「うさ、煙草程々にね。」
声をかけると、肯定でも否定でもなく頬を膨らませた。本名は知らない。名前を尋ねた時に、少ししゅん巡して「うさ」と答えたのでそう呼んでいる。
白いキャミソールワンピースが艶かしく白肌を際立たせ、目を逸らしてキッチンへ向かうと、料理の前に冷たいビールを口に含んだ。


「うげー。」
シュワっとした炭酸は苦味が強くて、僕は溶けてしまった。ワンピースを纏った白い肉体は溶けて固体と液体の間の状態でフローリングに広がり、赤黒い触手がそこから伸びていく。首だけは溶けずに残り、ゲル上の身体は首を支えて轟く。そのまま、"彼"のもとへ滑っていく。
口直ししなきゃ。
クイーンサイズのベッドに敷かれたシルクの真っ白なシーツは真っ赤に染まっている。
触手を伸ばして腹の辺りを探ると、しゃがれた呻き声が漏れた。
「お、まだ生きてる。」
ぬるりとベッドの上に上がる。身体を少し固くして彼の顔を覗き込むと、白目を剥いて痙攣しており、ひとつもこちらを見てくれなかった。
「ちぇ、さっきはあんなに頑張ってくれたのに、脆いね。」
興味を失ったのと、ビールの不味さに腹が立って、僕はそのまま触手で彼の胎内を掻き回した。
何かの臓器のカケラを千切り、口に入れる。
「ふふ、美味しい。」
3口くらい食べたら満腹になった。元々少食なのだ。そのまま、食べるわけでもなく肉塊をかき混ぜていたが、飽きると今度は触手を硬化させ、骨をポキポキと刻んでいく。
「これが、喉仏ですかあ。立派ですねえ。」
僕はするりとベッドを降りると、再び人間の身体になった。そして、そのままベランダに出ようとしたが、ふと、クローゼットに向かい、苺柄のワンピースを纏った。ベランダに出る時は服を着なさいと言われたからだ。
「ちゃんと言い付け守ってるもんね。褒めてくれなかったね。」
僕は煙草に火を点けて、紫色に染まってきた空を眺める。この瞬間は、いつも少し心に風が吹く。
ゆっくりと1本吸い、もう1本吸おうとしたら、残りが5本を切っている。煙草代は拝借しよう。
「そうだ。」
僕は先ほど千切った喉仏に残っていた血を舐めとると、隙間が空いた煙草の箱に入れる。
ことり、と音がすると、まだ彼を感じて少しだけ嬉しくなった。
「じゃあね。」
振り替えると、とてもいい部屋と環境だった。
清潔な白と黒の部屋の中で、ぐちゃぐちゃの死体は臭い始めていた。うさぎの縫いぐるみを抱えてベランダをよじ登ると、視線を感じる。
「捕まえられるもんなら捕まえてごらん。」
シフォンのワンピースを翻し、僕はご馳走さまをした。
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