*エーデル(ヒロイン)
ふう、ここが待ち合わせ場所の河原ね……。ここに来るのは久しぶりだわ。なんせいつもはこの河原、「田舎貴族のヴァッペン家の所有する場所」だから、武装した見張りがいるものね!
それにしても見張りはどこに行ったのかしら? そうしてあたしをここへ呼びつけた、ヴァッペン家のバカな末っ子の「ファルシュ」はどこにいるのかしら?
*ファルシュ(脇役)
ば、「バカな末っ子」……? 相変わらず口が悪いな! やあエーデル! 「麗しき石好きお嬢」と名高いエーデル! 今日こそはボクのプロポーズを受けてもらうぞ!!
あら、そこにいたのファルシュ? そうしていきなり繰り言を? 残念だけど、あたしあんたは好みじゃないの。お気に入りの石ころを眺めてる方が、あんたといるよりもっとずっと楽しいの!
……は、はは! 相変わらずキツイなあ! でも今日こそはプロポーズを受けてもらうぞ! エーデル! 石ころ好きなおまえのために、ボクはプレゼントをするぞ! この「ヴァッペン家の所有する河原」、丸ごと全部おまえにあげよう! この河原は素晴らしいぞ! きらきらの鉱物の原石も採りたい放題だ! だから僕と結婚してくれ!
……はあ、だからあんたはバカだって言うの。そもそもこの河原、昔はみんなのものだったでしょう? それを「山から流れてきた鉱物が採れる、鉱物は上質の宝石になる」って事実が分かったとたん、あんたのパパが「上流にある山とこの河原は、自分の所有する土地だ!」って宣言して、無理やりに自分のものにしたんでしょうが……!
エーデルに真実を突きつけられて、ファルシュはぐっと言葉に詰まる。石好きのお嬢さまはそのサファイアのような瞳を鋭く光らせて、なおも反論を重ねてゆく。
だいたいね、あたしの好きなのは本当に「普通の石ころ」なの。お金に換えればいくらかなんて関係ない、ただ自分の気に入った石ころ……あたしたちの生きているこの大地のカケラを見て、あたしたちの棲まうこの星の成り立ち、そのロマンにしみじみ想いを馳せたいの。あんたに分かる? この気持ち?
そもそもあたし、あんたのその「金さえあれば何でも思うとおりになる」って考え自体が嫌いなの。河原ひとつまるまる自分のものなんて、いやらしいオヤジが金ずくでハーレムを作るようなものじゃない! お金の力だけで女性をかしずかせたけれど、そこに愛はカケラもない……そんなの楽しい? ああ、あんたは楽しいのかもね! でもあたしはごめんなのよ! だからあんたのプロポーズも受けられないわ!
エーデルはそう吐き捨てて、くるりと背を向け歩き出した。そうして軽く振り返りざまこう言った――。
そういう訳で、あたしはこの河原はいらないわ。その代わり、あんたも今後一切あたしに近づかないでちょうだい!
かくしてエーデルはお宝まみれの河原の所有権を捨てた。それにまるきり未練もなく、いっそさばさばと歩いていると、幼なじみの青年、シュタインがもじもじと近づいてきた。
あら、シュタイン! ごきげんよう!
……どうしたの? いつになくもじもじしちゃって……。
い、いや、別に……。
……エーデルは機嫌良さそうだね?
ええ! たった今、あの気にくわないファルシュを完ぺきにフッてきたところなの! だから気分は爽快よ!
……そ、そう……。
あ、あのさ、実はね……エーデルにあげたいものがあってね……。
消え入りそうな声でつぶやき、シュタインはその手に握っていたものをさし出した。それは一つの石ころだった。「ウサギに見える」と言えば言えないこともない、でも本当に何の変哲もないただの石ころ!
……ごめんね、こんなものしかあげられなくて……。
ファルシュと違ってぼくん家は農家だ、気のきいた宝石をあしらった指輪なんて夢のまた夢……。でも一生懸命探したんだ、君は石ころが好きだから、一週間かかって近くの川原を探したんだ……!
……エーデル! もしこの石が気に入ったら、そうしてぼくのことを万一愛してくれていたら、ぼくと結婚してくれないか?
*コラレ
……ふ~ん。それでおばさん、そのプロポーズを受けたんだ?
当たり前よ! 一週間かかって一生懸命探してくれた、可愛いウサギの形の石ころ……! あたしにとってこれ以上素敵な贈り物はなかったわ! 結婚して一年経った今だって、数あるコレクションの中で一番大事な石なのよ!
……っていうか「おばさん」じゃなくて「お姉さん」! いくらおとなりのお家の可愛いぼうやだからって、もっかい言ったら今度こそ容赦しないわよ?
そっちこそ! 「ぼうや」じゃなくて「コラレ」だよ! 大体もうじき赤ちゃんが産まれる体なんだから、いいかげんで石ころ集めは卒業したら?
冗談言わないで! この趣味ばかりは一生やめる気はございませんよ~!
人妻になってなお無邪気な物言いで、エーデルがべえっと舌を出す。その瞬間、こじんまりした家の奥で「ずぅん!」とニブい音がした。音のした部屋からばたばたとあわただしく駆け込んで、シュタインが顔面蒼白で悲鳴まじりに報告する。
大変だ! エーデル! 君の「コレクション保管部屋」、石の重みで床が抜けた!
えぇええ!? 石は!? あたしのコレクションは大丈夫!?
ぎゃ~あたしの可愛い石たちが大量に床下に! 元の位置に戻さなきゃ!!
うわぁああ止めてくれ!! 身重の体で石の入った重たい箱を持ち上げないで!! 頼む、石より自分の体とお腹の赤ちゃんを大事にしてくれ~~!!!
のろけ混じりの大騒ぎを見つめつつ、おとなりの家の少年は呆然と考える。
(うわ~、これ赤ちゃんが産まれたらやっぱり石好きになんのかな……シュタインさんも大変だなあ……)
ヒトゴトのように考えているコラレ少年は、まだ知らない。産まれてくる娘もやっぱり相当な石好きになり、なんだかんだコラレと仲良くなって結婚し、コラレん家の床も石の重みでぶち抜くことを。
しかしコラレ少年はその未来を知る由もなく、(いや~石の沼は深いな~)とシュタインをしみじみ気の毒がっているのだった。(了)