松田亜矢4

文字数 2,267文字

「今回のコイン当てで、演者の人の感情も条件さえ揃えば動かせるっていう、良いデータが取れました! 演者の人は普段から自分で色々な感情をコントロールしてるから誘導したり、見抜いたりするのは難しいって言われてるからね。本当に付き合ってくれてありがとう」

「いいえ。こちらこそ勉強になりました。それにこんな美味しいカクテルもご馳走様です」とグラスを持ってニコリと白い歯を見せて笑った。

 鮮やかなオレンジ色のカクテルと、亜矢のその笑顔はあまりにもマッチしていて、相乗効果で可愛さ、美しさが増している。
 普通の男なら心が揺らいでもおかしくないかもしれない。
 だが俺は違う。自分をしっかりコントロール出来ているし、次にやらなければいけない事も明確に見えている。そんな事を考えて口を開いた。

「心理学って本当に凄くてさ。これを上手に応用すると精神疾患の患者も救える可能性があるし、全ての病気の治療にも使えるんだって! ポジティブな思考だと病気の治りが3倍もいいってデータも発表されてるからね。1人でも多くの人を救いたいし、助けたい人が……いるんだ」

 俺は心理学の凄さを説明しながら、自分にも明確な目的がある事を亜矢が気付くよう強調して伝えた。

「凄くいい目標だと思うし、やり甲斐ある仕事だね。えっと、拓海さんの助けたい人って? 聞いても大丈夫?」と狙い通り亜矢が餌に食いついてきた。

「隠すつもりはないから大丈夫だよ。実は親父が10年前に仕事のストレスと過労で鬱病を発病してしまって、それをきっかけに仕事を辞めて親戚のやっていたみかん農家を手伝うようになったんだ……
 今はだいぶマシになってきたけどまだ外に買い物とか行けないし、家族以外の人と接するとパニックを起こしちゃうからね。
 俺一人っ子で、兄弟もいないから親父の面倒は全部お袋に見てもらってて、そういう意味でも早く良くしてあげたいな。ごめん……俺の話ばっかりになっちゃったね。
 亜矢ちゃんは夢とか、なりたいものややりたい事ってある?」

 同情を誘うような嘘の情報を亜矢に与えて、亜矢の情報を聞き出そうとした。

「そっか……助けたい人ってお父さんだったんだ。お母さんの事もあるし、少しでも早く良くなるといいですね。
 私は舞台女優になりたいんだぁ。高校3年の時ね、友達と舞台を見に行ったんだけど、そこで演じている人達の熱量というか迫力に圧倒されちゃって、気付いたら涙がでてたの。
 あぁ、私もこの人達みたいに一生懸命生きて、見ている人に何か感じてもらえたらなって! そう思ったの!
 実は今も大学の演劇サークルとは別に少し有名な劇団でも修行を積ませてもらってるんだぁ。だけどもうすぐ大学四年になるし、就職も真剣に考えないと行けない時期で凄く迷ってるの。
 私は三人姉妹の真ん中で、お姉ちゃんはいつも自由気ままに好きな事をやる人で親に迷惑ばかりかけて、下の妹は生まれつき身体が弱くて手がかかったんだぁ。
 それを見てたから私だけは親に苦労をかけないようにって、それで親にはまだ女優になりたいって言えてなくて……
 女優で成功なんて現実的に厳しいし、今は一般企業に就職した方がいいのかなとも思っているの……」

 夢見る熱い気持ちと現実との狭間で、亜矢は凄く苦しんでるように見えた。きっと亜矢は家族思いの優しい子なんだと思う。
 だがここで見えた亜矢の悩みこそ、メンタリストである俺がずっと探っていたものだった。

「そっか。それは凄く悩んじゃうよね。亜矢ちゃんは親御さん思いでとっても優しいから……でもね、女優になりたいって凄くいい夢だと思うよ。俺なんかが口出しできる事じゃないし、亜矢ちゃんの人生を左右してしまうかもしれないけど、一回、二回の失敗を取り戻せないほど人生は厳しいものじゃないと俺は思うし!
 精神疾患で何回も人生に挫折した人達が、そこから這い上がって人生を取り戻してる人を俺は沢山知ってる! それに本気で取り組んだことは必ずどこかに繋がってるって俺は信じてるよ。必死に必死に稽古して、もし結果がでなくてもそれは亜矢ちゃんを必ず成長させてくれるから。
 親御さんにも心配かけるかもしれないけど、自分の子供が真剣に取り組む姿は親からしたら誇りだと思う! まだやれることがあるなら諦めないでほしいな」

 亜矢が言ってほしいような事を性格から想像して言葉を選んだ。
 そして夢を追う事の大切さや、家族の絆を力強く亜矢に伝えた。

 亜矢は目から溢れそうな涙をグッとこらえて答える。
「ありがとう。真剣に考えてくれて……必死のつもりだったけどまだまだ逃げ道作っていたみたい。やれるとこまで全力でやってみたい。あたしもう少しあがいてみるね」

 目指すべき道が決まり、心に一本芯が通った亜矢を俺は優しく見つめて頷いた。
 亜矢のように真っ直ぐで素直な子をその気にさせるのは容易だ。

 亜矢がため息交じりで少し愚痴を吐く。
「はぁ。彼に相談した時は演技でなんて普通生活できないんだから、そろそろ真剣に先を考えろよって説教されたなぁ……まぁ間違ってはいないと思うけどさ」

「彼も親御さんの事とか亜矢ちゃんの事を思って、そう言ったのかもしれないよね。俺でよければ悩んだ時や苦しい時はいつでも相談していいからね! 大した事言えないかもしれないけど、話くらいは聞けるから。ちなみにほぼ毎日このバーにいます! 飲まなくても講義の資料作りとかで、ここ利用させてもらっているからさ」と優しく話した。

 グラスを空にし、ふと時計に目を向けると終電ギリギリの時間になっていた。
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