第1話

文字数 1,007文字

箱が開けられる音がして、僕は目を細めました。
はじめての外の世界に出た瞬間、僕は輝かんばかりの君の笑顔を目にしたのです。

君は僕のことを見て、こう言いました。

「わあ! 素敵だね」

そう言ってくれた君を、誰が嫌いになることができるでしょうか。
僕はこの瞬間、君の憎まれ役で居続けることを覚悟しました。悪者を見るような目で見られても、君のことを支え続けようと決意したのです。

「これからよろしくね」

君はにっこりと笑って、僕を君のすぐそばに置いてくれました。
このときから、僕は君の相棒になったのです。

それから僕は、朝になると毎日のように大きな声で歌いました。
少しでも君の役に立ちたくて歌いました。
昼や夜にも正確にリズムを刻み、君の役に立つ準備をすることを忘れたことはありません。君がいても、いなくても、僕は常にリズムを刻んでいました。

けれど、いくら僕とはいえども体力に限界はあるのです。
今朝、僕の声は出なくなってしまいました。

僕の声が出ないことに気がついた君は、一度は怒ってみせました。しかし、すぐに心配そうな顔になって僕の顔を覗き込みました。そんなに大事に思ってくれていたのかと思うと、僕は思わず泣きそうになりました。

「え、大丈夫?」

君は僕のお腹を叩いたり、振ってみたりしました。
けれど、そんなことをされても僕の声が出るようになるわけはありません。

時には、思い切り頭を叩かれたこともあります。
時には、殺気のこもった視線で射抜かれたこともあります。
眠そうな目で、ただただ鬱陶しそうに僕を止めたこともありました。
お母さんが止めるまで、放っておかれたこともありました。

けれど、僕は君が好きでたまらないのです。
君はうっかり乱暴に僕を扱うたびに、あわてて僕の体を心配してくれました。
夜には僕のことを頼りにして、歌う準備を一緒にしてくれました。
だからこそ、君の憎まれ役は、他の誰にも渡すつもりはありません。

おや。オロオロする君の声が僕にまで聞こえてきましたよ。

「お母さん、どうしよう。目覚まし時計、壊れちゃったよ」
「修理に出せばいいでしょう」

君のお母さんの声がしたと思うと、僕の体はふわりと浮かびました。
そうして、箱の中に入れられました。

さて。
君の憎まれ役を担うためにも、僕はしっかりと体を治してきます。
君は安心して、学校にいってらっしゃい。
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