第1話

文字数 1,497文字

爆音で、音楽が流れ続けている。スマホから鳴るそれはロックで、ガンガンと激しいリズムを、さっきよりも無意識に耳で追っている私がいる。うつろに、体を揺らしながら。
机の上に光るパソコンのモニターには、書きかけの文章。さっきから同じところで止まっていて、続きを少し書いてみては、ううんちがう、と消してのくりかえし。
だんだん頭がぼんやりしてきて、私はキーボードに添えられた手を、そっと離した。

はあっとひと息ついて、椅子の背もたれにひっくり返る。
白い天井はしんとして、すっかり夜の薄暗さがうつっているみたいだ。机にひとつだけともしたライトスタンドの明かりだけが、ここでほのかに燃えている。

―こんなことをして、何になるのかな。
ふとそんな気持ちがよぎってしまう。いつもの癖だ。


私は最近、ネット上のフリーの投稿サイトで文を書き始めた。自分のこれまでのことを綴った、エッセイみたいなもの。
始めた理由は、ちょっとセツジツだ。
私には、今までいくつもの夢があったのだけれど、どれもまだ素敵な景色を見る前に、途中でなげだしてしまった。本気で向き合って、本気で考えてきたつもりだったけれど、今みたいな気持ちが突然、胸の中を、空っぽにしてしまうのだ。
もう私は何もできないのかもしれない。
そうあきらめようと思ったけれど、それでも、まだ何かしたかった。
それで、じゃあ今度こそ、昔から好きだった「文を書くこと」ならできるんじゃないかと、始めてみたのだ。

…弱気になるのは、疲れはじめているってこと。少し外の空気でも吸って、休もう。
私は音楽を止めて、思い切り立ち上がった。そしてスマホを手に、ベランダへ出た。


長袖のスウェットのわずかな隙間から、透きとおるような夜風が抜けていく。
夏がすぎ、すずしくなるこの季節には、空気が澄んで星が見えやすいと聞いたことがある。手すりから身を乗り出してみるけれど、住宅街の真ん中のこのアパートからじゃ、空だってあまり見えないみたいだ。
周りの家はどこも明かりが消えていて、とてもしずか。そうか、もう真夜中だもんね。

少し夜風にあたっていたくて、私はツイッターを開いた。
色んなアイコンの呟きがあふれ、タイムラインがざーっと流れてゆく。ここはこんなにしずかなのに、みんな、どこかで起きているんだ。
ちょっとほっとした気持ちで、画面をスクロールしていく。

『この街は星が綺麗』と、大きな夜空に満天の星が瞬いている写真や、OLの友人の、『明日のプレゼンの準備が終わらなーい!』という呟き。お気に入りの本。かわいい猫の動画。
しばらく色々眺めて、はたと、親指をとめた。

『おれはやるしかない。曲を作るぞ』

これは知人のシンガーソングライターだ。思わず私は彼の姿を思い浮かべる。目の下に深いクマがあって、いつもどこか体調がわるそうで、猫背な彼。
それなのに、とってもかっこいい曲をつくるんだ。
街のざわめき、飲食店の看板や車のライト、そういうものがごちゃまぜな音になってひかる曲。ああ、自分の音楽が世間に広まるのを、もうただ信じて、彼はきっと今日も徹夜だろう。

なんだか、むくむくと元気が出てきた。この星も見えない小さなベランダで、私は「よーし!」と叫びたくなる。
スマホの画面に浮かび上がる時刻は、24時50分。
今、みんな、それぞれの夜を過ごしている。もしかすると大切な誰かと、それかひとりで、安らいだりたたかったりしているのだろう。
だからこそ、私は、私の夜を。

振り向けば、私の部屋には小さな明かりがともっている。
もう少ししたら、部屋に戻ろう。何ができるかなんてわからないけれど、まだ眠れないな。
夜はまだ、私はまだ、これからだ。


〈完結〉
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