第1話

文字数 2,015文字

 今度できた最先端の総合医薬センターはすこぶる評判がよい。なんでも3つの診療科だけで、すべての患者に対応できるというのだ。
 患者は全員まず「初診科」で検査を受ける。検査で外科的処置の必要性が認められれば、「外科」で手術を施される。それ以外はすべて「病気科」へまわされ、そこで処方される「胃痛が治る薬」や「関節が楽になる薬」などを飲むだけでどんな病気も治るらしい。
 素晴らしい時代になったものだ!

 1週間ほど前から時々めまいを感じていた俺は、初めてその最新の病院を受診することにした。
 初診科で検査を終えると、同じフロアの病気科へ行くようにと言われた。
 病気科の医師はなぜか上下水色の手術衣らしきものを着ていた。マスクの上の眉は細く整えられ、目の下のきわにはアイラインを入れているようにも見える。
「で、今日はどうされました?」声から男性だと分かった。
 俺が症状を説明すると彼は、
「右ですか、左ですか?」
「えっ?」
 聞き返したのが気にさわったのか、
「ですから、めまいは右回り、つまり時計回りですか、それとも反時計回りですか、と聞いているんです!」
 医師はマスクを顎までずらし、突然興奮してヒステリックな声を挙げた。
 年のころは三十代後半くらいだろうか。細面の真ん中につけっ鼻のようなものがついている。唇は薄く、顔のひふの感じはろう人形を思わせた。
「いや、そこまではなんとも……」
 俺はしどろもどろに答えた。
「右回り、と」医師はカルテにペンを走らせ、「では『右めまいが治る薬』を処方します。お大事に」

 薬局で出された青い薬を俺は食後に1錠飲んだ。
 みるみる効く。
 しかし数日たつと、ちゃんと薬を飲み続けているのにもかかわらず、まためまいが始まった。注意してみると、確かに右回りだった。
 再び病院で症状を訴える俺に医師は、
「耐性ができて薬の効きめが落ちているのです。少し高くつきますが、『薬が効く薬』をお出しします。それを先日の『右めまいが治る薬』を飲む直前に服用してください」
 俺はふと感じた疑問を口にした。
「この前の薬を少し多めに飲むのではだめなのでしょうか?」
 聞こえなかったのか、医師は回転いすをくるっと回し、俺に背を向けた。

 新たに処方された薬は赤色をしていた。
 俺は食後に赤、青の順で薬を飲んだ。
 みるみる効く。
 だが効きめが強すぎたらしく、今度は反対回りにめまいがしだした。
 俺は三度病院を訪れた。
「多少お値段がはりますが、黄色い『薬が効く薬が効かなくなる薬』を出しましょう。くれぐれも黄色、赤、青の順で飲むように気をつけてください」
「単に『薬が効く薬』を減らすのではいけませんか?」
「次の方どうぞっ」

 みるみる効く。
 その後しばらくは調子が良かったが、また左回りのめまいが現れた。
 いつもの診察室で医師は半身をこちらに向け、
「ほう、また左ねえ。じゃあかなり高価な『薬が効かなくなる薬が効く薬』も出しとくんで、一番最初に飲むように。緑色の薬です」 
「それは先日の『薬が効く薬が効かなくなる薬』とは……」
「全然違いますよ! なんですかそれ! まあ素人さんにはね、よく分からないでしょうけど」
 カルテをペンでペシペシと叩くその後ろ姿に俺は、
「あのう……、例えば直接左めまいを抑えるような薬なんてないんでしょうか?」
「チッ」
 舌打ちのような音が聞こえた気がする。気のせいかな?

 今回は薬が効かない。
 緑の薬がよくないのか、症状は少しもおさまらなかった。
 数日後、座りなれた診察いすに腰をおろすと、
「やあ、いらっしゃい。非常に高額ですが、とても良い薬があります。それを今までのすべての薬の前に飲んでください」
「今度はどんな薬ですか?」
「金色の『疑問を持たなくなる薬』です。保険適用外ですが」
「保険がきかないんですか……」
「当たり前です!」医師はまた激昂した。「あなたのようにいちいち疑問を持つ人は世の中のシステムからはみ出しているんです。そんな人の分まで、国の保険制度が負担する余裕はないんですよ!」  

 みるみる効く。
 今までの不調がうそのように消えうせた。 

 あれからひと月以上たつが、すこぶる調子がよい。
 最近考えるのは、あの青、赤、黄、緑の薬はどれも、色こそ違えど中身は同じ偽薬だったのではないかということ。もっといえば、目の薬も胃の薬もひふの薬も、病気科で出される薬はみなそうなのではないか。信じれば効く。「病は気から」というわけだ。
 思えば、薬に疑いを持った俺がいけなかったのだ。そういう人間のために「疑問を持たなくなる薬」はあるのだろう。“疑う心”を治してくれる、あの金色の薬だけが、この時代唯一の本物の薬なのだ。
 あの薬だけが……あれ? もしかして……。

 強烈なめまいがまた襲ってきた。
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