わたしの家には妖精がいる
文字数 2,000文字
わたしの家には妖精がいる。妖精というか……いや、妖精でいいのか。
「せやからな。ワイは言 うたってん。ここはお前らのおるところやない。とっとと去 ねて。ほいたらあいつらチューチュー言うて去って行きよったんや」
でも妖精と言うにはその、なんと言うか可愛さが足りない。
台所 に立つわたしの隣で、そいつは先程から色々と話しかけてくる。ヤギの下半身を持ち、上半身は人間。ヤギといっても二本足。上半身は裸。顔は人間だか頭にはヤギの耳と角がついている。あ、でもヤギっぽい顔だからある意味ヤギかもしんない。ひげ面のヤギだ。
身長は三十センチくらい。はっきり言って可愛くない。
「はいはい。ロビン、焼けたからお皿並べて」
「おう。まかせとき」
こいつの名前はロビンと言って、なぜか家事を手伝ってくれる。
「しかし香澄 もホンマ偉いなぁ。お母ちゃんもきっと天国で喜こんどるで」
ロビンは皿をダイニングテーブルの上に器用に並べていく。こいつの大きさだどけっこう重いだろうに、その仕草は危なげない。
わたしは皿の上に焼き上がったハンバーグを置いていく。皿の数は三枚。お父さんと弟。そしてわたしの分だ。
お母さんはわたしが十二歳の時に交通事故にあって死んだ。それから四年。家事は三人で分担。食事はわたしかお父さんの持ち回り。って言っても夜はほとんどわたしが作る。
「こない可愛らしゅう育って家事もできて、将来ええ嫁さんになるで」
「女は家庭に入って家事してろって? いま時そんなこと言ってたら叩かれるよ?」
ハンバーグを乗せたあと、野菜を皿に盛りつける。ブロッコリーにニンジン。輪切りにしたジャガイモ。どれも軽く火を通して焼いたものだ。
ロビンはそれをダイニングテーブルの端に立って見ている。
「そうなん? この国やとみな良妻賢母を目指しとるんちゃうんか?」
「もうそんな時代じゃない……らしいよ。日本だけじゃなくイギリスでも」
そう。ロビンは日本の妖精じゃない。イングランドとかいう所から、わたしのお婆ちゃんについて日本に来たらしい。わたしのお婆ちゃんはイギリス人なのだ。そして日本人のお爺ちゃんと結婚した。
更には本人曰く――魔女だそうだ。そのお婆ちゃんが嫁入り道具として持ってきたオルゴールに、ロビンは縛り付けられているらしい。
そしてそのオルゴールは今、家 にある。お母さんがお父さんと結婚する時に持たされたのだ。
「なんや。ワイがまだ向こうにおった頃は、男は外で働いて女は家庭を守るんが当たり前やったんやけどな」
ちなみにオルゴールはお婆ちゃんの家系で代々受け継がれて来たもの。つまりロビン は結構なお歳なわけだ。
「いつの時代の話なのよ」
言いながらわたしはお父さんの皿にラップを掛ける。そのあと茶碗を出してわたしと弟の分のご飯をよそう。よそった茶碗はロビンが受け取って、机に置いてくれた。
良く喋るうるさいヤツだが、こうして手伝ってくれるのは助かる。そして家事に関しては案外気が利くのだ。
「啓介 ! ご飯できたよ!」
わたしはダイニングを出て、階段下から二階に声を掛ける。「はーい」という弟の返事が聞こえたのを確認すると、戻って来て今度は小さなマグカップを取り出した。
そこにミルクを注いで流し台の端っこに置いておく。
「はい。ロビンの分。あと片付けも手伝ってよ」
「おおきに。おおきに。ナンボでも手伝 うたる」
ロビンは嬉しそうな顔をしてマグカップへと近づいた。
「今日ハンバーグだ。やった!」
六つ下の弟が入って来て、冷蔵庫からお茶を取り出してコップへと注ぐ。シンク横に座ってミルクを飲んでいるロビンの横を通ったはずだが、啓介はそれに気づかない。というか見えないのだ。
この家でロビンが見えるのはわたしだけ。もっと子供の頃から――それこそお母さんが生きていた頃からロビンはわたしにしか見えなかった。でも、私が生まれる前はお母さんにも見えていたらしい。お婆ちゃんも、お母さんを生む前までは見えていた。
こいつはお婆ちゃんの血筋の女性にしか見えない。しかも娘を産むと見えなくなるということだ。
だからいつかわたしが結婚して娘が出来た時、ロビンは見えなくなるのだろう。今度は代わりにわたしの娘がロビンを見るようになる。
そしてわたしはきっと、あのオルゴールを持ってお嫁に行くのだ。
「姉ちゃん。おいしいよ」
そう言って弟はご飯を食べてくれる。わたしはにっこりと笑顔を返す。ふと視線を感じてそちらへと目を向ける。
ロビンがニコニコしてこっちを見ていた。
下半身がヤギで上半身は人間。でも頭にはヤギの角と耳がある。そしてヤギ顔だからほぼヤギ。はっきり言って可愛くない。
うるさいヤツだけど見えなくなったら寂しいんだろうな。そう思えるくらいには親近感もある。昔から知っている妖精。
でもなんで、こいつはイギリスから来たくせに関西弁なんだろう。
〈了〉
「せやからな。ワイは
でも妖精と言うにはその、なんと言うか可愛さが足りない。
身長は三十センチくらい。はっきり言って可愛くない。
「はいはい。ロビン、焼けたからお皿並べて」
「おう。まかせとき」
こいつの名前はロビンと言って、なぜか家事を手伝ってくれる。
「しかし
ロビンは皿をダイニングテーブルの上に器用に並べていく。こいつの大きさだどけっこう重いだろうに、その仕草は危なげない。
わたしは皿の上に焼き上がったハンバーグを置いていく。皿の数は三枚。お父さんと弟。そしてわたしの分だ。
お母さんはわたしが十二歳の時に交通事故にあって死んだ。それから四年。家事は三人で分担。食事はわたしかお父さんの持ち回り。って言っても夜はほとんどわたしが作る。
「こない可愛らしゅう育って家事もできて、将来ええ嫁さんになるで」
「女は家庭に入って家事してろって? いま時そんなこと言ってたら叩かれるよ?」
ハンバーグを乗せたあと、野菜を皿に盛りつける。ブロッコリーにニンジン。輪切りにしたジャガイモ。どれも軽く火を通して焼いたものだ。
ロビンはそれをダイニングテーブルの端に立って見ている。
「そうなん? この国やとみな良妻賢母を目指しとるんちゃうんか?」
「もうそんな時代じゃない……らしいよ。日本だけじゃなくイギリスでも」
そう。ロビンは日本の妖精じゃない。イングランドとかいう所から、わたしのお婆ちゃんについて日本に来たらしい。わたしのお婆ちゃんはイギリス人なのだ。そして日本人のお爺ちゃんと結婚した。
更には本人曰く――魔女だそうだ。そのお婆ちゃんが嫁入り道具として持ってきたオルゴールに、ロビンは縛り付けられているらしい。
そしてそのオルゴールは今、
「なんや。ワイがまだ向こうにおった頃は、男は外で働いて女は家庭を守るんが当たり前やったんやけどな」
ちなみにオルゴールはお婆ちゃんの家系で代々受け継がれて来たもの。つまり
「いつの時代の話なのよ」
言いながらわたしはお父さんの皿にラップを掛ける。そのあと茶碗を出してわたしと弟の分のご飯をよそう。よそった茶碗はロビンが受け取って、机に置いてくれた。
良く喋るうるさいヤツだが、こうして手伝ってくれるのは助かる。そして家事に関しては案外気が利くのだ。
「
わたしはダイニングを出て、階段下から二階に声を掛ける。「はーい」という弟の返事が聞こえたのを確認すると、戻って来て今度は小さなマグカップを取り出した。
そこにミルクを注いで流し台の端っこに置いておく。
「はい。ロビンの分。あと片付けも手伝ってよ」
「おおきに。おおきに。ナンボでも
ロビンは嬉しそうな顔をしてマグカップへと近づいた。
「今日ハンバーグだ。やった!」
六つ下の弟が入って来て、冷蔵庫からお茶を取り出してコップへと注ぐ。シンク横に座ってミルクを飲んでいるロビンの横を通ったはずだが、啓介はそれに気づかない。というか見えないのだ。
この家でロビンが見えるのはわたしだけ。もっと子供の頃から――それこそお母さんが生きていた頃からロビンはわたしにしか見えなかった。でも、私が生まれる前はお母さんにも見えていたらしい。お婆ちゃんも、お母さんを生む前までは見えていた。
こいつはお婆ちゃんの血筋の女性にしか見えない。しかも娘を産むと見えなくなるということだ。
だからいつかわたしが結婚して娘が出来た時、ロビンは見えなくなるのだろう。今度は代わりにわたしの娘がロビンを見るようになる。
そしてわたしはきっと、あのオルゴールを持ってお嫁に行くのだ。
「姉ちゃん。おいしいよ」
そう言って弟はご飯を食べてくれる。わたしはにっこりと笑顔を返す。ふと視線を感じてそちらへと目を向ける。
ロビンがニコニコしてこっちを見ていた。
下半身がヤギで上半身は人間。でも頭にはヤギの角と耳がある。そしてヤギ顔だからほぼヤギ。はっきり言って可愛くない。
うるさいヤツだけど見えなくなったら寂しいんだろうな。そう思えるくらいには親近感もある。昔から知っている妖精。
でもなんで、こいつはイギリスから来たくせに関西弁なんだろう。
〈了〉