第1話 手帳の依頼

文字数 14,218文字

 


 2016年の年の瀬が迫る12月24日の夜、誕生日の前日に東急ハンズで、探偵の仕事で使う来年の手帳を選んでいた。
 私は個人事務所をやっていて助手が1人居るだけの小さな事務所だった。パソコンが苦手なため手帳は重要な仕事道具なので大きさや描きやすさ使い勝手を確かめながら慎重に選んでいき、いくつかの見本を見ていて、やっぱり毎年使っているシリーズにしようかと使い慣れた手帳の見本をパラパラめくると、女が書いたような丸文字で(助けて 080–××××–×××× )と書かれていた。
こんな所に電話番号書いてあることに、不用心だと思い、悪戯でもされて個人情報を晒されたりしたのかと考え一応そのページを破って黒いレザートレンチコートのポケットに入れた。結局その日は選び切ることができず、店内には閉店時間を知らせる蛍の光に追い出されるように東急ハンズを後にした。

 年末になると探偵事務所や興信所は区別なく仕事が少なくなる。それは年末年始といわずお盆もだが、収入の大部分を占める浮気調査が減るからだ。そして何故浮気調査が減るかと言うと年末年始やお盆には家族が集まりそんな時にわざわざ浮気相手に会いにいくなんて言う愚行を及ぼす人間はこのばかばかりの日本国民にも少ないからだ。
 その為電車賃をケチり寒いなか徒歩で線路沿を歩いて事務所まで帰る事にし、その途中ポケットに手をやると、さっき破りとった紙が入っていた。さっきは蛍の光に気を取られあまり気にしていなかったが。落ち着いた今になってメモに書いてあった電話番号と「助けて」と書かれた言葉に引っ掛かりを感じた。線路沿いの金網に倒れかけ煙草をふかしながら、街路灯の光に破ったメモを透かし裏表を確認して見るが他にもなかった。
 少しの間考えた後、辺りを行ったり来たりして電話ボックスを探し、見つけると入った。メモを電話の上に置いてコートの両ポケットに手を突っ込みジャラジャラと小銭を探した。
 入っていた小銭を無造作に握り電話の上にバシャーっと置いてその中から100円玉を緑色の公衆電話に入れ受話器からプーと音がした。
 ぴぽぱと番号を打ち込み、プルプルと呼び出し音がなって、プスと誰かが電話に出た。が向こうからは、「はい」や「もしもし」と言う言葉は帰ってこなかった。
 こちらから「もしもし」と言うと。
ボイスチェンジャーで変えられた声で「やあ」と返ってきた。
 「この電話に掛けてきたってことは、手帳を見てくれたのか。」
 「あんた誰だ?」
 「・・・」となにも答えなかったので別の質問んをした。
 「あのメモは何なんだ?」
 「君に接触する為に私が書いた物だ。」
 「何で俺があの手帳を開くとわかった?」
 「君はここ最近毎日あの黒い手帳を見ていたからな。」
 通話が切れないように電話に20円を入れた。
 「おまえは何者だ?」
 「それは言えない。」
 「何が目的だ?」
 「わたしのお使いをしてほしい。」
 「何故俺なんだ。」
 「君はお金に困っているだろう、お礼はするよ。それに明日は君の27歳の誕生日じゃないか。私からのプレゼ ントだよ。」
 「どういう意味だ。」
 「電話の下を探って見てくれ。」
 電話の下に手を当てると中身の入った紙の封筒がセロテープでビッチリと貼り付けられていて、ビリビリと剥がし中身を確かめて見ると現金で5万円と小さなガラケーが入っていた。
 「見つけたか。」
 「ああ。これで何をしろってんだ?」と聞いた途端プープープープーと電話がきれた。
 次の瞬間ガラケーからジャーンジャジャジャンジャーンジャジャジャジャーンジャジャジャーンとダース・ベイダーのテーマが鳴った。
 「もしもし。」
 「面白かったかい?」
 「なんなんだこれは?」
 「今度からこの携帯に連絡させてもらうから持っていろ。あと5万円は経費だ大事に使ってくれ。」
 「やだって言ったら。」
 「君の可愛い可愛い助手の女の子がどうなってもいいのかい。」
 「どうする気だ?」
 「君がちゃんとお使いを済ませてくれれば何もしないから安心してくれ。私たちはずっと君達を見ている。」と言って電話が切れた。
 コートの胸ポケットからスマホを取りだし、助手で幼馴染の由美子に電話をかけた。呼び出し音が異様に長く感じ、心の中で出ろ出ろと、願った。
 「もしもし。」と由美子の声がすると全身から張り詰めていた気が抜けた。
 「大丈夫か?」
 「大丈夫かって何が?」
 「何がって、一応おまえも女だしな。」
 「何言ってんの、バカッ。」
 「今おまえ何してる。」
 「さっきまで事務所で仕事してたけど、りょうちゃん遅いから先に帰ってるとこ、もう家の近くの駅にいるよ。」
 「そっか、もうすぐ家に着くんならいいんだけど、気を付けて帰れよ。」
 「なにー、そんな優しいこと言うなんて気持ち悪い。頭でも打った?」
 「バカ野郎。帰ったら戸締りはしっかりして寝ろよ。」
 「ハイハイ、ああそうだ明日ビルのエレベーターの点検で昼から夕方までずっとエレベーター使えないから、 仕事するなら一回の喫茶店でしたほうがいいわよ。」
「おう、わかった。じゃあな。」
「おつかれっ。」
電話を切った。
チャララーチャララーと仁義なき闘いのオープニングがポケットからしたと思ったらガラケーのeメールの着信音だった。
 「何だよこれっ。」と独り言を言うほどびっくりした。
メールには(22時半にサウナパレスのサウナ)と書かれていた。腕時計を見ると21時半だった。
着信音を変えようと設定を見ようとすると8桁の暗証番号のロックがかかっていた。
 「マジで何だよこれ。」



*      *      *


 サウナパレスは繁華街の真ん中にあるパチンコ屋の地下にあるサウナや風呂がある施設だった。
 繁華街までは7キロ以上あったがムシャクシャして、5万円の中からお金を使ってタクシーで向かった。道が混んでいて着いたのは22時過だった。
 タクシーの中で最初の電話番号を検索したが個人の番号というだけで何も分からなかった。ガラケーは防水のプリペイド携帯で、中古で五千円もあれば買える物でちょっと羽振りのいいホームレスも持っていたりする物だった。
 こ地方一の繁華街の夜は22時でもネオンや看板が煌々と灯っていた。その中でも一層明るいネオンの看板が目印のパチンコ屋の入り口にある細いエスカレーターを降り、自動ドアを超えると鍵付きの靴箱があった。靴箱エリアを越えるとビジネスホテルのようなカウンターがあり、ホテルマン風の20代前半ぐらいに見える男性が立っていて話しかけようとすると。
 「いらっしゃいませ。木本様ですねお待ちしていました。」
 「なんで知ってるの?」
 「事前に言付かってましたので。」
 「誰が?」
 「名前は伺っておりません。」
 「電話で?」
 「いえ、もう先に入ってるそうです。お連れの方だとおっしゃられていたようですが。ご不明な点でもありましたか。」
 「いや、大丈夫、でその人ってどんな人だった?」
 「すみません、私が直接対応したわけではないので。」
 「ああ、そうか、じゃあいいや、じゃあ。」と靴箱の鍵を渡してお金を払おうとすると。
 「料金は、お連れの方に頂いておりますので。」と更衣室のロッカーの鍵を渡された。
 経費要らないじゃんと思った。
 更衣室で服を脱ぎ中に入ると、中は地下とは思えないほど広々していて色んな種類の浴槽がありその奥に高温サウナがあった。人はそんなに多くはなく8人ほどが浴槽に入っていた。脱衣所の近くにあったマッサージ機のコーナーや併設された飲食コーナーに人が入ってくのが見えたので皆そっちに行ってるのだろう。一通り体を洗い軽く浴槽に入り辺りにいる人の顔を用心深く見回った後サウナに向かった。一応持って来ておいたガラケーで時間を見ると10時15分だった。連れの者とは誰の事かを考えながら一先ずサウナに入ると、ムワッとした熱気の中に痩せ型のサラリーマン風の中年男性と、顔の見た目は50代なのにモヒカンで体がボディービルダーみたいにムキムキの2人がいた。
 空いてる場所に座りガラス窓越しに置いてあるテレビから流れるニュースを見を見ていると、いきなりサウナパレスと書かれたポロシャツを着た男が入ってきて。
 「これから熱波のサービスの時間ですが、よろしいでしょうか。」と聞くと従業員の後ろから湯船に入っていた者8人が入ってきて私達三人が距離を開けて座っていたその間を埋めるようにみんなが座った。するとムキムキの男が大きな声で。「お願いします。」とさもこの中に居るものの代表のように答えた。細い男は何も言わないがそのまま居座るので一緒に受けるつもりらしい。
 「それでは始めたいと思います。50回扇がせていただきます」と従業員が言うと。バケツに入っている水を柄杓ですくい、焼き石に少しずつかける、とみるみる蒸気が出て来て、温度と湿度がグングン上がっていき、汗腺から汗が噴き出してくるのがわるほどだった。そして従業員はバスタオルを取り出すと、両端を持ちバサバサと団扇のようにこちらをあおぎ始めた、それによって起こる風は灼熱の熱波になって男達の体を打ち付ける。他の男達を見ようにも、玉のように流れ落ちる汗が目に入るため瞼を開けてられない。扇がれるのが10回をこえた頃には数えるのをやめ扇がれるごとに誰かのうめき声が聞こえてくる、そのうちサウナの地面をトストスと歩く音が何度も聞こえその度に出入り口が一瞬空きそこから微かに入ってくる外気を感じ脱落者の数だけその空気を味わうがそれも途中から無くなった。
 その後50回の地獄の豪風を乗り越えると従業員が。
 「お疲れ様です。おかわりはいかがでしょうか。」と聞き。
 「お願いします。」と意味のわからない男の声がしたので目の辺りの汗を拭って薄目で周りを見ると、私以外は最初からいたモヒカンのムキムキ男とその他二人しかいなかった。
ここまで、人が減ってあとは三人だけと思うと、どこからか競争心が湧いて来て「はい俺もお代わり。」といわなくてもいい事を言ってしまったすると他の二人も釣られるように同じ言葉を繰り返した。
「はい、それじゃあ、おかわり10回いきます。」ハアハアと荒い呼吸音混じりの声が聞こえた。
 そこから長い戦いが始まった10回が終わるたびに誰かがお代わりを叫びそれに釣られて全員がその言葉を叫んだ。そして極暑の熱波を連発されるたびトストスと足音が聞こえた。汗と共に意識も流れ落ちてるような気がするほどで、意識が朦朧とし今何回目のお代わりかも考える気力が湧かなかった。するととうとうお代わりの声が止んで静寂が訪れたサウナでは従業員の荒れた呼吸の音だけがなっていた。
 絶え絶えの声で「おかわりがないようなので終了させていただきます。」と従業員はとうとう出て行った。
 そして再びなんとか目を開けると、サウナの中には私以外にムキムキの男だけが残っていた。
 「にいちゃんすごいなぁ。」
 「こんなん大したことないっすよ。」
 「勝負じゃねえんだ、さっさと出てってもいいんだぜ。」
 「俺は勝負なんてしてないっすよ、そっちこそ顔が茹蛸みたいになってますけどね。」
 「生意気言うじゃねえか。」
 そのあと目をつぶって暫く無言が続いた。
 ・・・
 「お前が木本か。」といきなり言われ男の方を振り向いた
 「じゃあアンタが。」
 「ああ。」
 「それで俺は何をすればいいんだ。」と言うと。
 「これだ。」と見覚えのある鍵を渡された。
 「なんだこれ。」
 「鍵だ。」
 「どこの?」
 「ここの。」
 「この後どうすればいい。」
 「知らねえよ、俺は雇われただけだからな。メールが来るんじゃねえの」言うとと男はヨロヨロと立ち上がりサウナの出入り口から出て水風呂のほうに歩いて行ったと思うとその直ぐ後にズッボーンと大きな音がしてその後サウナの目の前の床に大量の水が流れて来た。
 「勝った。」とつい独り言がでた。
 その後自分も水風呂に入り、受け取った鍵でロッカーを開けると中にはUSBメモリーが一つだけ入っていたので、フロントに鍵を戻し外に出た。
 時間は23時半を超えていた。近くにあるドンキホーテのパソコン売り場に行きUSBメモリーを差し込みフォルダを開こうとすると8桁のロックがかかっていた。
 チャララチャラチャララララララーとゴッドファーザーの有名な音楽が流れたと思ったら、例のガラケーが鳴っていた。取り出すとcメールの着信音だった。
 「マジ、何なんだよっ。」と小さい声で呟いた。
 メールには(2時半にロマンシネマ座)と書いてあった。


*     *     *


 次の指定時間まで時間があったのでドンキの近くで晩飯を食べることにした。0時を越えようとするのにこの街は人が多くて賑やかで店を探すのはそう難しくなかった。高級クラブな軒並みを揃える通りを一本入ると赤提灯やスナックキャバクラからガールズバーまで色々あった。色々物色していると、錆びれた小さな個人営業の中華屋を見つけた。
 中に入ってみると「いらっしゃい」とおばさんの声がした、天井の壁紙は黒ずんでいて梁などもススや油で汚れていた。壁には手書のお品書きが貼ってあった。夫婦二人でやっているようで厨房の奥で鍋をカンカン振るおとがきこえカウンターの奥の見える所では膨よかなおばさんの後ろ姿がお皿を洗っていた。客は飲んだ後の締めに来てるのか、ネクタイを緩めたスーツ姿のおっさんが二人、瓶ビールを酌してあっていた。
安っぽいパイプのいすに座るとメニューを見渡した。
 「瓶ビールと餃子とチャーハンお願いします。」
 「あい、瓶ビールを餃子、チャーハンですね。少々お待ちください。」というとカウンターの壁際に置いてある冷蔵庫から瓶ビールと冷えたコップが運ばれてきた。
 やっと落ち着けると思いながらコップにビールを注いで一気に飲み干した。サウナで出した水分を一気に補うように体の隅々に吸収されて行く感じがした。
 「っぷはー、うめー。」
 ポケットからガラケーと封筒それにUSBメモリーを取り出し、机に並べた。よく見てみても、普通にありふれたメーカー製のUSBだった。頭の中を整理しようと胸ポケットから黒い手帳を取り出して起こっていることを無造作に書き出したが、意味がわからなかった。書き出した単語にクリスマスと誕生日が目についた。「祝ってくれてんのか。」ボソッと言うと。
 「はい、おまちどー。」と餃子とチャーハンが運ばれてきた。わからないのでひとまず飯を食べた。



  ロマンシネマ座は歓楽街の外れにある、ポルノ映画専門の映画館だ。ポスターには[極道の妻の危険な情事]書いてあった。この辺りでは唯一残っているので有名な映画館で外観は相当古かった。チケット売り場には80歳ぐらいのおばさんが居て、上の方に料金表が貼ってあり一般1200円、学生1000円、女性800円、老人700円、特別席プラス500円と書いてあった。老人も来るんだと思いながらおばさんに。「大人一枚。」というと。
 「ああ、一般ね、1200円だよ、後500円足せば二階の特別席にもできるけど。」
 「特別席って何が特別なの?」と聞くとおばさんは売り場のアクリル板に厚化粧の皺皺の顔を近付けこちらの顔を覗き込んだ。
 「あんた初めてかね。」
 「ああ。」
 「あんたノンケかい?」
 「おれがホモに見えるか。」
 「人は見かけによらんからね、じゃあ一階にしときな。」
 「ところで、二階って何があるの?」聞くと口をニヤリと開き、まばらに有る金歯をみせながら。
 「秘密だよ。」と呟いたその顔が余りにも不気味だったので、こちらも無理やりニタっと笑い返した。
 「ばかやってんじゃないよ。早く行きな、入れ替え制じゃないから、好きなだけシュポシュポしこって来な。」


 映画館の中に入ると、タバコの臭いが充満していてロビーのベンチの近くに灰皿があった。ロビーには10人ほどいて、うちの2人は女だった。一人はその後シアターに入っていって一人はベンチに足を組んで座っていた。俺は灰皿の近くでタバコを吸い始めると、残っていた女が声をかけて来た。
 「お兄さんノンケ?」
 「えっ、ああノンケノンケ。」時がないように答える。
 その女は赤い口紅に、赤いリボンで髪を束ねていた。年は俺より少し下っぽいが顔立ちでなんとなく幼くて、着てるワンピースも60年代アメカジ風の白いワンピースで可愛く見えた。
 「私どう、いつもはイチゴだけどお兄さんかっこいいからイチでいいよ。」と煙をこっちに吹きながらニコっと笑った。
 「今お仕事中だから今日は辞めとくわ。」
 「なにサツ。」少し訝しむ顔をした。
 「だったら、脅してタダでやってもらってるって。」とおどけると。
 「たしかに。」とプルっとした唇を開けてにこっと笑った。
 「知り合いに、頼まれごとだよ。」
 「ポルノ見てこいって。」
 「まあそんなとこ。」
 「変なの。」
 「そう言えばここの二階ってないが有るか知ってる。」
 「さあ知らない。だって二階は女は入れないんだもん。」
 「そうなの。」
 「うん、でも噂なら知ってるよ。」
 「え、どんなのどんなの。」
 「ヒミツ〜。」と唇の前に人差し指を持ってきた。
 「イチ〜。ちょっと高くない。」
 「商売だもん。」と可愛く言った。
 「商売だもんじゃないよ〜。」と言いながらポケットから10000円を渡した。
 「ありがと〜、じゃあ教えてあげるね。ここって実ははってん場なんだけど知ってる?」
 「そうなの。」
 「うん、で一階は女も入れて商売も出来たりして結構自由なんだけど。上はガチのHGがくんつほぐれつの凄いプレイをやってるんだって。」
 「すごい?なに、じゃあここでも軽いセックスやってるわけ?」
 「うん、トイレとかシアターの中とかいろんなところでいろんなペアがやってるよ。」
 「マジかよ、すごいな。」と少し想像した後。
 「ありがとな、勉強になった。そういえば名前なんて言うんだ?」と短くなったタバコを灰皿にポイっと投げ入れた。
 「マリーよ。」
 「ありがとよマリー。」
 「まいどあり〜」と手に持った万札を振って言った。
 ポップコーンとコーラを持ってシアターの中に入ると映画館特有のモワッととした空気が体を包み、かすかに甘い香水の匂いと人間の生臭い匂いがした。中には10人以上人が入っていて壁の周りを歩き回るおっさんや、何人かで座席でもぞもぞやっていたり、二人組で股間のあたりに頭を持っていってるやつなどがいて時々小さな喘ぎ声なんかもした。
 座席の真ん中あたりに座った。空いてる隣の席にポップコーンを置いてコーラを飲みながら、大画面に映し出される修正済みのアソコのドアップはなかなか見ごたえがあった。
 暫く見ていると疲れたのか急に眠たくなって来てウトウトしてるうちに。居眠ってしまい、次の瞬間フッと目が醒める。腕時計を見ると3時を回っていた。
 少し焦って周りを見ていると、横の席を一つ開けて次の席に杖を持った男の老人が座っていた。老人は口の周りには白い髭が蓄えられていて頭には小さいニット帽を被っていた。例えるならサザエさんに出てくる、裏のお爺さんだ
 「君は、よくここでそんな物が食えるな。」
 「爺さん、俺はノンケだから金出されても爺さんのは咥えねえよ。」
 「なにを言っておるんじゃ。わしには妻も娘も孫もおるわ。」と呆れたように言った。
 「ごなんだ、めんごめん、爺さん悪かったよ。ここがそういうところだって、さっき教えてもらったとこだったから。」
 「まあな、昔よりもそういう輩が多くなった。儂みたいに真面目に見にくるやつは少なくなった。」
ポルノって真面目に観るものなんだと心の中で思った。
 「お前が木本とかいうやつじゃろ。」
 「ああ、…じゃあ爺さんが。」
 「こういう場面に来る奴ってのは、お前みたいにぐっすり居眠りするもんなのか。」
 「ちょっと色々あってつかれたんだよ。」
 「じゃあホイっと」と言ってポケットからメモを渡した。
 「アンタが電話かけて来たって訳じゃないんだよな。」
 「儂は頼まれただけじゃ。なにも知らん。」
 「ふーん。」とメモを見てみると[95218192]だけ書いてあった。
 「これだけか?」
 「ああ、儂はその紙に何が書いてあるかも知らん。」
 後ろからコツコツと誰かが歩いてくる音がした。
 「おじいちゃん、もう帰ろ。」聞き覚えのある声だった。
 「ああ、真理子か。こっちもようが済んだから帰るか。」
振り向くとマリーが居た。
 「あれ、おじいちゃんが待ってた人ってこの人だったの。」
 「お前こんな爺さん相手に商売してんのかよ。」
 「バカ言わないでよ、爺さんじゃなくて私のお爺ちゃんよ。」
 「真理子お前、こんな男とやったのか。」
 「こんな男って何だよ。」
 「お爺ちゃん違うわ、初めてそうだから、色々教えてあげたの。」
 「お前もしかして童貞なのか?」
 「童貞じゃねえ。」
 「貴方童貞なの?」
 「だから童貞じゃねえって。もうさっさと帰れよ。」
 マリーは「じゃあね童貞さん。」と言って小さく手でバイバイした。
 「頑張れよ童貞。」
 「うるせえ。周りに迷惑だろ。」と怒鳴った後
 「やった事あるもん。」と小さく呟いた。
  ポップコーンを食べ終わってから外に出ると。5時を回っていた。ポップコーンを食べ終わるまで座っていると、近くの席に何人かの男たちが集まって来て、其奴らが席でうずくまりながら。シコシコやり始めたので帰る前に周りに。
 「俺は童貞じゃねえ。」と怒鳴って出て来た。
 ガラケーを見てみると、指令を伝える着信は何も無かった。ロマンシネマ座は事務所より家に近かったのでそのまま家に帰り、家にあるパソコンでUSBのデータに、紙に書いてあった番号を入力したが、ロックは解けなかった。ベッドに仰向けになりメモを見ているうちに、いつのまにか眠ってしまった。



 タッタターターターター、タッタターターターターと誕生日の歌が大音量で流れて目が覚めた。
 おぼつかない頭で音源を探すとガラケーのアラーム音だった。
 「勘弁してよ。」それしか言葉がなかった。
 時刻は丁度12時だった。着信はなくメールも届いていなかったので、シャワーを浴びていると、今度はスマホの通話着信の音が鳴った。体を軽く拭いてから電話に出ると由美子からだった。
 「あ、やっと出た。いつまでも寝てないで早くこっち来てよ。」
 「ああ、ゴメン昨日からちょっと仕事してて。」
 「何、こっちには何にもなかったけど。」
 「ああ、個人的に受けたっていうか巻き込まれたっていうか。」
 「その仕事大丈夫なの?」
 「まあ、そんな難しそうじゃないから、さっさと終わらせて。帰るよ。」
 「そうだ、アンタに書いてもらわないといけない書類があるから今日の夜までに事務所に来て欲しいんだけど来れる?」
 「空いたところでどっかで行くようにするから。」
 「ああ、昨日言ったと思うけど昼の間中エレベーター使えないから、夜とかに来るといいよ。書類明日までに出したいから今日私夜まで待ってるからね。」
 「分かった。出来るだけ、早く行くようにするよ。」
 「じゃあ気を付けてね。」
 「お前もな。」
 「何で私が気を付けるのよ、事務仕事なのに。」
 「指切るとか。お前鈍臭いし。」
 「バカ。」と電話を切られてしまった。再びシャワーを浴びていると。スターウォーズの歌がなるのが聞こえたので、今度は急いで電話に向かった。
再びボイスチェンジャーの声で「やあ、おはよう。」
 「お前の目的はなんだ?」
 「どうした少しおこっているようだが。さっきまでは楽しそうに喋っていたじゃないか、可愛い可愛い幼馴染の助手に」
 「何でそんな事知ってる。」
 「だから言ったじゃないか僕は君をずっと見てるって。」というとピーという音がして通話が切れた。
しばらくすると仁義なき闘いのテーマが流れ、メールには[16時にバビロン]と書いてあった。時計を見ると13時を過ぎた頃だった。


 バビロンは繁華街にあって時々行くガールズバーの名前だった。
 街を歩くと、街路樹にはイルミネーションがされ、街を行き交う人もどことなくカップルが多かった。バビロンは最初に行ったサウナパレスの近くにある雑居ビルの4階で、開店は19時からで16時だと開店の準備をして最中だろうと思っていた。
 店の前まで来て時間を見ると15時50分だった。店の入り口の扉に付いているガラスの窓は真っ暗で、扉に耳を押し付けると店の中からゴソゴソと音がした。ポケットからスマホを取り出しライトを点け、店の中を照らし中を見るがあまり良く見えなかった。周りを見回し、傘立てにあった傘を手に取る。 扉の左側の壁に背中を貼り付け、扉をコンコンと打つと中のゴソゴソする音が大きくなった。スマホのライトが外に向くように胸のポケットに入れると、ドワノブをゆっくり握り、静かにひねると鍵がかかってないことを確認する。ゆっくり呼吸を整える。背中を汗の玉が流れていくのがわかる。心の中で3、2、と数え1になった瞬間、勢いよくドアを開け中に入った。
 中には、椅子に縛り付けられ、口には猿ぐつわをされた髪の長い前髪オカッパの若い女が居た。
 「姫子?」と言うと。
 「フンムフンムフンム。」と体をくねらせたので、口のガムテープを剥がした。
 「きもっちゃん。」
 「どうしたんだよ姫子。」
 姫子はこのガールズバーのオーナーだった。胸が大きくギャルっぽく露出は激しい、胸元ぱっくり空いた青いワンピースを来ていた。話し方がバカっぽくて可愛い女だった。
  紐を解いて話を聞くと、姫子は少し怯えた様子だった。
 「あのね、お店に入ったらいきなり襲われて、椅子に縛り付けられちゃって。」
 「顔は見たか。」聞くと、姫子は首をブンブン横に振た。
 「後ろからいきなり襲われたから顔は見てない。けど二人ぐらいいたと思う。」
 「他になんかされたか?」
 「特にはされてないよ。」と言った後、「あっ。」と言って、思い出したかのようにぱっくり空いた胸元に手を突っ込みぐしゃぐしゃになったメモを取り出し、それを丁寧に手で広げた。
 「こんなの入れられちゃった。」
 メモを手に取ると。[28713546]と書かれていた。
 暫くバビロンのカウンターでタバコを吸いながら前のメモと今回のメモを見比べていた。
 「何見てんの?」後ろから姫子がお茶を出してくれた。
 「さあ。」
 「8桁の数字が二つ?」
 「ああ。俺さー頭悪いから全然わかんねえんだわ。」と頭を掻きむしりながら、煙を吐いた。
 「パズルみたいな感じ?私そうゆうの得意だよ。ちょと見てあげる。」とメモを取った。
 姫子は二つの紙を上下において真剣にじっとみていた。
 十分ほどして。「私ワカちゃったかも。」と嬉しそうに言った。
 「ウソッ‼︎」
 自慢げに目を細めて「ほんと〜」と言いながらメモをぴらぴらと揺らした。
 「教えてくれ。」
 「ただで〜?」と言いながら口の前でピースサインした。
 「2はぼり過ぎじゃね。」
 「しょーがないな〜。まあ助けてもらった恩もあるし、一枚で勘弁してあげる。」
 「結局とるのかよ。」と一万円を渡した。
 「冗談だよ。」と言った後二枚のメモをカウンターに置くと。
 「2枚目のメモには、一から八まで一回ずつしか出てこないでしょ。」
 「うん。」
 「それで、1枚目のメモの数字を2枚目の数字に入れ替えるって事。わかった?」
 姫子の言ってる事がよくわからなかったので、口がぽカーッと空いてしまった。
 「わかんない。」
 「もー、きもっちゃんて本当おバカさんなんだから。」とカウンターにあった紙ナプキンを取り出し、俺の胸の内ポケットからボールペンを取り出した。メモを見ながら、紙ナプキンに数字を書き出した。
 「こうやってと。」言いながら見せた数字は。[19891225]だった。
 「俺の誕生日じゃん。」
 「えっ。」と驚いて紙ナプキンを見ると。
 「1989年って。きもっちゃんって私よし年下なの。」
 「えっ。・・・」
 暫く沈黙が過ぎたあとUSBのパスワードを思い出した。
 「ここの店って、パソコンある?」
 「ないよ。全部タブレットでやってるから。」
 「そっかー。それで今日、店はどうすんの?」
 「もう今日は休む。何んか疲れちゃったし。」
 「そうしとけよ、送ろうか?」
 「いいよ、まだ早いし。」と言われ時計を見ると17時半だった。

 姫子の店を出てビルを降りた時だった。
 スターウォーズが流れた。電話に出るとボイスチェンジャーで声色を変えた声がした。
 「やあ。」
 「最後のメモは受け取ったかな。」
 「ああ。」
 「良くやってくれた。」
 「姫子を襲ったのはお前だな。」
 「ああ、だが、暴力は振るっていない。」
 「そういう問題じゃねえ。」
 「怒っているのかい。」
 「テメエ何処にいる。一発ぶん殴ってやる。」
 「大丈夫だ。今から君に来てもらおうと思う。」と言うと電話が切れた。するとすぐにゴットファーザーのメロディーがなり。メールを確認すると。地図の画像が添付されそこに赤い印が打ってあって[5階に19時]と書いてあった。その場所は俺の事務所だった。
  急いで大通りまで走りながら由美子に電話をするが、電源が入っていないのか繋がらない。
 大通りでタクシーに乗り、事務所に電話をするが誰も出なかった。


 事務所の前でタクシーを降りると18時56分だった。
 メールがきて開けてみると中身は写真だけだった。事務所の窓をバックに真っ暗な事務所の中で誰かが座っている写真だ。そして再びダース・ベイダーのテーマが流れた。走りながら電話に出るとボイスチェンジャーの声がした。
 「下までついたようだな、だが時間がないよ。」
 「由美子をどうした。」
 「大丈夫だよまだ何もしてない。」
 エレベーターまで着くが調整中の張り紙がしてあった。
 「何故俺の周りを狙うんだ。」
 「私の気持ちに気付いてほしいんだよ。」
 階段を走って登る。
 「私はずっと前から君を知っているのに全然こっちのことは気付いてくれないじゃないか。」
 「お前は誰なんだ。」
 「すぐにわかる。」
 3階まで登った。
 「何が目的だ。」
 4階に着く。
 「それもすぐにわかる。」
 「7、6、5」とカウントダウンを始めた。
 階段を登りきる。
 「4、3、2」
 事務所の扉に走る。
 「1」
 扉を勢いよく開けると。
 「ゼロ」と話す声は聞き慣れた女の声だった。
 事務所には携帯につながれたイヤホンに話しかける、ショートカットでニットのダブッとしたワンピースを着た由美子が立っていた。
 「えっ。」
 その瞬間ポケットから誕生日の歌が流れた。
 「おめでとう。」と由美子がイヤホンを耳から外しながら言う。
 するといきなりパッと事務所の電気がつき大量のクラッカーが打たれ給湯室やトイレ、つい立の裏から大勢の人がながれこんだ
 「「「「「「ハッピーバースデー」」」」」」」
 思わず地面に尻餅をついた。周りの人間はみんな良く知った奴らで、中にはマリーやサウナのおっさんまで居た。
 みんながワイワイ騒いでる中「どう言うことだよ。」と呟くと
 由美子が手を差し出し引っ張られるように起き上がると。
 「どうだった?」と少し嬉しそうにいった。
 「何これ。」呆気に取られていると。
 「クリスマスプレゼント兼誕生日プレゼント。」
 「りょうちゃん、いっつも刺激がある仕事がしたいって言ってたから。みんなに手伝ってもらってサスペンス映画風にやってもらったの。どうだった。」
 「洒落になってないよ。」と力の抜けた声で呟いた後、少し考えた。
 「じゃあ、サウナのおっさんとかマリーとか姫子も?」
 「うん、おじさんは、私の本当の叔父さんだし、マリーはあたし達の高校の後輩よ。りょうちゃんあんま学校来てなかったから知らないと思うけど。」と話してるとマリーが会話に入ってきた。
 「よっ、童貞さん‼︎。」
 「だから童貞じゃないって。てかあの爺さんもグルかよ。」
 「うん、っていうか、私、あの映画館の館長なんだけど。去年おじいちゃんから引き継いだの。」
 「じゃあ、券売所のおばさんって。」
 「うんお婆ちゃんだよ。」と得意げに笑って言った。
  しばらくして、ドアが開くと姫子も入ってきて、由美子に。
 「どお、上手くいった。」と話しかけた。
 「姫子さんありがと〜、本当に助かった〜。」
 「いいよいいよ〜。」

 暫くパーティーではしゃいだ後、ポケットの中のUSBメモリーを思い出した。デスクのノートパソコンを持ち出し、事務所を抜け出し階段で座り込んだ。
 パソコンにメモリーを差し込み、姫子に解いてもらったパスワードを打ち込むと、中には短い動画ファイルが入っていたので開いてみる。いつ撮ったのか由美子が写った。
 「なんか直接伝えるのは恥ずかしいからビデオにするね。でわ。
 りょうちゃんへいつもお仕事お疲れ様です、だけど危ないことはあんまりしないでね。
 この事務所はりょうちゃんしか調査員いないから。それに私も仕事なくなっちゃうから。
 この映像見てる時はもしかしたら怒ってるかもしれないけど。そんなに悪くなかったでしょ。サウナに映画館にガールズバーまで行けておこずかいもあげたし。あんまり怒んないでね。
 お誕生日おめでとう。 じゃあねまたね。」
最後に恥ずかしそうに笑い自分でカメラを止めて映像は終わっていた。
 「こんだけかよ。」と小さく言うと肩にあったかい感触がし、耳元で囁いた声は由美子だった。
 「りょうちゃん、怒った。」
 「少しな。」
 「ごめんね。」
 「最後、まじで心配したんだぞ。」
 「うん、すごく必死だったね。嬉しかった。」
 「ばーろー。・・・俺たち付き合うか。」
 「おそすぎだよ。」
 「ダメか?」
 「いいよ。」言うと背中を抱きしめたので、由美子の片手を握ると、頬っぺたにチュっとキスされた。
 「最後に一つ言っていい。」
 「何?」
 「自分のこと可愛い可愛い助手っていうのはどうかと思う。」
 「ばかっ。」と小さな声で言った。


終わり。





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