オトメの遺言
文字数 2,000文字
目が覚めると自分の部屋のベッドだった。
『気がついたか?』
体を起こすと膝の上に猫 が乗っていた。
「オトメ?」
『あまり驚いていないようだな』
「……夢なんでしょ?これ」
夢の中ではどんな世界でも違和感を感じない。そのせいか、飼ってる猫が喋っていても私は驚かなかった。
「なんでこんな夢みてんだろ?」
『別れの時が来たからだ』
「……そっか」
なんとなく察してはいた。きっと"そういう時"って、"こういう事"が起こるんだろうなと思っていたから。
『お前に聞いておきたい事があってな』
「20年も一緒に居て、今さら何を聞きたいっての?」
オトメは、20年位前に私が拾った野良猫で――
『お前まだ、自分の"夢"は覚えてるのか?』
家族の中で、私の過去を知る唯一の存在だった。
オトメを拾ったのは、当時私が所属していたガールズバンド【Maiden 】のメジャーデビューが決まった日だった。勝手に運命を感じた私は、オス猫にも関わらずMaiden と名付けた。
男に負けるな!
世間 に負けるな!
目を覚ませ!
そんな詩 を歌に乗せて、女の子達を鼓舞するガールズバンド。
運良く有名チョコレートの新CMに起用されたデビュー曲【目覚まし時計が鳴る前に】がヒット。無名だった私達は一躍脚光を浴びた。
――ギター の妊娠が発覚したのは、2曲目の収録のさなかだった
新曲に期待が高まっていた矢先のスキャンダル。当時19歳だった私に突きつけられたのは、脱退 か、中絶 か、そんな二択だった。私が選んだ未来は――
「夢なんて、あの時ギターと一緒に捨てたの知ってるでしょ?」
19歳の猫連れシングルマザーとしての人生だった。
私の脱退後【Maiden】はVo がギターを兼ね、5年後の人気絶頂期に電撃解散するまで活動を続けた。
私は自分の過去を娘に一切伝えなかった。メンバーとの連絡も絶っていたから、私の過去が娘に漏れる事はなかった。
『オレは覚えてるのか聞いてるんだ』
「……覚えては、いる」
『じゃあ、なんでギターを弾かないんだ?お前の夢は――…』
「……」
自分の夢を猫 の声で聞いたのは初めてだった。
『オレは、お前がギターを弾かない理由はわからない。でも、お前がずっとギターを弾きたい顔してるのはわかる』
きっと一番近くで私の人生を見てきただろう相手 に、返す言葉がなかった。
『やりたいのにやらないなんて、お前バカになったのか?』
「……大人になったのよ」
『大人になるとバカになるのか?』
言われて、ずっと昔にそんな詩 を叫んでいた事を思い出した。
♪~OKIRO!wake up!
どこからともなく聞こえてきたのは、"その曲"だった。
『バカと話すには時間が足りない。もう時間だ』
「昔から不愛想だったけど、最期まで可愛くないのね。
私が言うと、オトメは驚いたような顔をした。
『……覚えてたのか』
「なんとなく。あたし事故ったんでしょ?」
脳裏にあるのは、車線をはみ出して私の目の前に迫ってくる対向車の映像と――
(やべぇ!……死んだかも)
そう思ってハンドルを強く握りしめた記憶。
「……じゃあ、娘 のことは頼んだよ」
『猫に頼むな。それでも親か』
オトメが迷惑そうに言った。
『これはお前の夢。死ぬのはオレ。これはオレの遺言だ』
「え?でもアンタ昨日まで全然元気で――」
『お前は生きて、またギターの練習しろ。大好きだったんだよ、お前のギター』
「ちょっと……待っ、て」
『全部言わせんな、バカ』
薄れていく意識の中、オトメが胸に飛び込んできた気がした。
♪~OKIRO!wake up!
目が覚めると、白い天井が見えた。私は……生きていた。
「……ママ?ねぇママ聞こえる⁈」
目の前に娘の顔があった。私が頷くと娘はその場で泣き崩れ、私の目から涙が零れた。
――2ヶ月後
「私ねぇ、オトメがママに命くれたんだと思うんだ」
オトメのお墓を前に、娘が言った。
昏睡状態だった私が7日振りに意識を取り戻したあの日、家ではオトメが息を引き取った。私が退院した頃には、オトメはペット霊園のお墓の下にいた。
「猫って長生きすると妖怪になるんだよ。オトメも妖怪になって、ママに命をくれたんだよ」
「漫画の読み過ぎ」
「いいの。あたしの夢は漫画家だもん」
そう言って、娘は指に出来たペンだこを見せて笑った。その顔は――
「あたしの夢は、孫の前でギターかき鳴らすカッコイイおばあちゃんだから」
そう言って指のギターだこを自慢していた、あの頃の私に似ていた……はずだ。
「てかさ、なんで霊園 にギターなんか持ってきたの?」
中古で買ったギターを肩からおろした私に、娘が訊いた。
「オトメの遺言だから」
「へ?」
「……随分待たせた。準備はいい?」
お墓 の前で呟いて、息を吐いて、私は娘の前で初めてギターの弦を弾いた。
20年振りに叩き起こされた私の夢が、嬉しそうに空に響いた。
おしまい
『気がついたか?』
体を起こすと膝の上に
「オトメ?」
『あまり驚いていないようだな』
「……夢なんでしょ?これ」
夢の中ではどんな世界でも違和感を感じない。そのせいか、飼ってる猫が喋っていても私は驚かなかった。
「なんでこんな夢みてんだろ?」
『別れの時が来たからだ』
「……そっか」
なんとなく察してはいた。きっと"そういう時"って、"こういう事"が起こるんだろうなと思っていたから。
『お前に聞いておきたい事があってな』
「20年も一緒に居て、今さら何を聞きたいっての?」
オトメは、20年位前に私が拾った野良猫で――
『お前まだ、自分の"夢"は覚えてるのか?』
家族の中で、私の過去を知る唯一の存在だった。
オトメを拾ったのは、当時私が所属していたガールズバンド【
男に負けるな!
目を覚ませ!
そんな
運良く有名チョコレートの新CMに起用されたデビュー曲【目覚まし時計が鳴る前に】がヒット。無名だった私達は一躍脚光を浴びた。
――
新曲に期待が高まっていた矢先のスキャンダル。当時19歳だった私に突きつけられたのは、
「夢なんて、あの時ギターと一緒に捨てたの知ってるでしょ?」
19歳の猫連れシングルマザーとしての人生だった。
私の脱退後【Maiden】は
私は自分の過去を娘に一切伝えなかった。メンバーとの連絡も絶っていたから、私の過去が娘に漏れる事はなかった。
『オレは覚えてるのか聞いてるんだ』
「……覚えては、いる」
『じゃあ、なんでギターを弾かないんだ?お前の夢は――…』
「……」
自分の夢を
『オレは、お前がギターを弾かない理由はわからない。でも、お前がずっとギターを弾きたい顔してるのはわかる』
きっと一番近くで私の人生を見てきただろう
『やりたいのにやらないなんて、お前バカになったのか?』
「……大人になったのよ」
『大人になるとバカになるのか?』
言われて、ずっと昔にそんな
♪~OKIRO!wake up!
どこからともなく聞こえてきたのは、"その曲"だった。
『バカと話すには時間が足りない。もう時間だ』
「昔から不愛想だったけど、最期まで可愛くないのね。
死にゆく主人
に礼のひとつも言えないの?」私が言うと、オトメは驚いたような顔をした。
『……覚えてたのか』
「なんとなく。あたし事故ったんでしょ?」
脳裏にあるのは、車線をはみ出して私の目の前に迫ってくる対向車の映像と――
(やべぇ!……死んだかも)
そう思ってハンドルを強く握りしめた記憶。
「……じゃあ、
『猫に頼むな。それでも親か』
オトメが迷惑そうに言った。
『これはお前の夢。死ぬのはオレ。これはオレの遺言だ』
「え?でもアンタ昨日まで全然元気で――」
『お前は生きて、またギターの練習しろ。大好きだったんだよ、お前のギター』
「ちょっと……待っ、て」
『全部言わせんな、バカ』
薄れていく意識の中、オトメが胸に飛び込んできた気がした。
♪~OKIRO!wake up!
目が覚めると、白い天井が見えた。私は……生きていた。
「……ママ?ねぇママ聞こえる⁈」
目の前に娘の顔があった。私が頷くと娘はその場で泣き崩れ、私の目から涙が零れた。
――2ヶ月後
「私ねぇ、オトメがママに命くれたんだと思うんだ」
オトメのお墓を前に、娘が言った。
昏睡状態だった私が7日振りに意識を取り戻したあの日、家ではオトメが息を引き取った。私が退院した頃には、オトメはペット霊園のお墓の下にいた。
「猫って長生きすると妖怪になるんだよ。オトメも妖怪になって、ママに命をくれたんだよ」
「漫画の読み過ぎ」
「いいの。あたしの夢は漫画家だもん」
そう言って、娘は指に出来たペンだこを見せて笑った。その顔は――
「あたしの夢は、孫の前でギターかき鳴らすカッコイイおばあちゃんだから」
そう言って指のギターだこを自慢していた、あの頃の私に似ていた……はずだ。
「てかさ、なんで
中古で買ったギターを肩からおろした私に、娘が訊いた。
「オトメの遺言だから」
「へ?」
「……随分待たせた。準備はいい?」
20年振りに叩き起こされた私の夢が、嬉しそうに空に響いた。
おしまい