兄上といっしょ

文字数 7,690文字

 礼安(れいあん)は、国内有数の港町である。国境の半分ほどが海に面した国土なので、言うまでもなく港町は多々あるのだが、飛び抜けて発展しているのは大陸を縦断する大河の河口も抱えているからだろう。海路は勿論、町を分断する大河を使った水路も発達しているため、他所の土地と比べて水運商の数も多い。
 その中でも、(チョウ)家は大河の河口と海に面した角地に店を構えており、大河と海、両方を征していると言っても過言ではなかった。張家自身も小売店は抱えていたが、その利益の大半は、廻船問屋としてのものが殆どだ。
 商いは基本的に家長の左禅(サゼン)が動かしているが、小売店は早々に成人した跡取りの伯景(ハクケイ)に任されている最中である。これも修行の一環なのだが、優秀な番頭の補佐の元、自身の采配で全てを回していくことが、面白くて仕方がない。
 そもそも、商人は我が天職と考えている伯景である。
 幼い頃より算術は得意だし、帳簿をつけるのも好きだった。実は投機も少々嗜んだことはあるが、博打要素が強すぎるものは好みではない。座右の銘は日々堅実に、だ。
 今朝がた港に到着した荷を確認していた伯景は、物陰からじぃっと見つめる真ん丸の目に気付いて振り向いた。いつもくっついて離さない護衛の姿は見えないが、おそらく届いたばかりの荷運びを手伝っているのだろう。面倒だと言うわりに、彼は細々と気がつくし、良く働く。
「どうしたんだい? 敬敬(ケイケイ)
「はくけいあにうえ、おそばでみててもいい?」
「あぁ……、そうか。今日の荷は、ちょっと珍しいね」
 ちらりと見遣った大きな木箱には、詰め草に埋もれて磁器が詰まっていた。それらは他国の工房で作られたものだそうで、是非にと仲介者が強く薦めてきたものである。手許の帳簿によれば、今回は様子見に一品ずつ入ってきているようだ。量産も可能とあるが、その辺りは追々詰めることになるだろう。
 いいよおいで、と手招かれて、敬敬は喜んで傍らへ駆け寄る。目を輝かせて覗き込む木箱の中には、幼い敬敬には珍しいものばかりだ。
「あにうえ、あれなぁに?」
「これは香炉だね。母上の部屋にあったろう?」
 促されて使い方を思い至ったのか、うん、と頷いて敬敬はほわりと笑う。
「きれいだねぇ」
「そうだね。釉薬の青が奇麗だ」
 釉薬とは、と今更解説することはしない。感心したふうに目を丸くした敬敬は、あれもきれい、と緩衝材に半ば埋もれていた器を指す。伯景が手を伸ばして掘り出してみると、確かに良い姿をした小鉢だ。
「うん、いいね。他に、気になるのはあるかい?」
 香炉と小鉢を別に置いて促すと、敬敬はこくりと小首を傾げて、小さな手でそっと緩衝材を除けた。そうして指差したのは小さな一輪挿しで、こちらはほっそりと優美な姿をしている。何より、他の物よりも数段濃い、目の醒めるような青だ。
「あぁ、これは素晴らしいな。敬敬は目が良いね」
 両手を差し伸べ、目線を合わせるようにして優しい手付きでふにふにと頬を撫でられて、敬敬はくすぐったげに笑う。そんな彼らを遠巻きに微笑ましく眺めていた番頭が、頃合かと伯景の傍らに膝をついた。
「如何ですか、若旦那」
「うん。この三つは、特にお得意様へお勧めできると思うよ」
 帳簿と照らして印を打つと、そのまま番頭へ差し出す。両手で受け取ってざっと確認した彼は、軽く眉を持ち上げた。
「……ふむ。いずれも同一作者、無銘ですか」
「新進気鋭か、埋もれていたのか。今後も取り引きをお願いしたいね」
 それではそのように、と帳簿を返した番頭が三品を抱えて立ち上がる。
 ああした物は、感性が良く、懐に少々余裕のある顧客向けの品となる。実のところ、そうした顧客の方が長くお付き合いいただけるので有難いのだ。
 確認作業を再開しようと座り直した伯景は、飽きもせずに木箱を覗き込んでいる敬敬の姿に笑みを浮かべた。
「まだあるかい?」
「ううん。でも、きれい」
「そうだね。店先に並べたら目を惹くかな?」
 それならこれ、と指差された物を掘り起こしてみると、先の三品には劣るものの、丸みが強く姿の良い壺が出てくる。滲んだような釉薬の掛かり方が、なんとも言えない味わいを出していた。
「うん、面白いね。これを飾ってもらおうか」
 ん、と嬉しそうに頷いて、木箱の中を覗き込む。
 この末弟は、もっと小さい頃からこんなふうで、良い物をたくさん見せた所為か、目が肥えているのだ。こうして張り付いているのだから、木箱の中身で優劣は勿論あるものの、全体にお眼鏡に適ったのだろう。
 知識をつけた伯景の目から見ても、今回の荷は良品が多い。こうした物が損害もなく港に着くようになったのは、司楡(シユ)の尽力も大きかった。どうやら周辺を荒らす海賊どもには、張家の船だけは狙うなと周知されているらしい。
 そのこともあってか、近頃は運輸依頼も少しずつ増えていた。このまま伸び続けるのであれば、もう一隻帆船を仕立てるかと、家長も考えているらしい。おそらく、そちらにも司楡の助言を貰うことになるのだろう。当人は、そこらは専門外なんですがねぇ、と困ったように眉尻を下げていたが。
 そこまで思考が動いて、ふと不思議に思って弟を見遣る。
「今日は、司楡の傍にいなくていいのかい?」
 機嫌良く張り付いている敬敬へ尋ねてみると、果たして彼は元気に頷いた。
「あのね、かっこいいおとこになるの」
「うん? ……あぁ、彰蘭(ショウラン)の」
 そんな話をしたのだと聞いたな、と思い出しながら相槌を打つと、敬敬は生真面目に言葉を重ねる。
「あにうえみたいになるんだよ」
「……私は、格好いいのかな?」
「うん! あのね、むずかしいおしごと、いっぱいしてるでしょ」
 一生懸命お話ししてくれたことをまとめれば、自分よりも年嵩の男たちに混じり対等に渡り合う姿が、どうやら末弟の目には格好よく映るらしい。だから、そんなふうになりたいのだと、目をきらきらさせて言い募る。
 そうか、とぽつりと呟いて、伯景はにこりと奇麗に微笑んだ。
「それじゃぁ、なるべく長く敬敬にそう言ってもらえるように、私も頑張らなくてはね」
 司楡に懐いているのだから、てっきり武門へ興味があるのかと思っていたが、どうやらそうでもなかったようだ。実際、どちらかと言えば敬敬も、伯景と同類なのだろう。聡明な子だから、自分を活かせる分野というのを、肌で解っているのかもしれない。
「敬敬も、大人になったらうちで働くのかい?」
 わからない、とふるふるとかぶりを振るさまに、そうだね、と笑みを深くする。
「やりたいことがたくさんあるのなら、じっくり考えればいいよ」
「ん。でもね、あにうえみたいになるのは、ぜったいなの」
 だから今日は一日くっついているのだと言われれば、伯景に断れるわけがない。そもそも彼自身、同じようにして父にくっついて仕事を覚えたのだ。可愛い弟の為に、労を厭うことなぞ有り得ない。
 それならば、出来る限りたくさんの仕事を見せてあげようと、伯景は手早く手許の仕事を片付けることにしたのだ。

  ◇◆◇

 これで最後、と担いでいた荷を倉庫へ運び込み、司楡は軽く腰を叩いた。見渡した倉庫内には、他にも働く使用人が複数散らばっている。
 彼らは張家の家業の為に雇われているのだから、従業員と言ってもいいか。その大半は司楡と同じく宿舎に(へや)を与えられた独身者だ。勿論、婚姻すれば家を持って通うことも出来るし、きちんと休日も確保されている。
 それでも、このところは休み返上で働いている者も多かった。その理由は単純で、この数日は到着する船が重なって、大層忙しかったのだ。
 敬敬の専属護衛として雇われている司楡ではあるが、流石にこの状態で手伝わないわけにはいかない。それは、他の手の空いた護衛たちも同様だろう。なので彼らは今日も朝早くから、せっせと働いていたのである。
 張家が扱う品は多岐に及び、食材は勿論、嗜好品に調度品と様々だ。大きな船を持っていることもあって、運搬のみを頼まれることも多い。この倉庫は、それらの一時預かり所だ。早ければ今日中に、引き取り手がやってくることだろう。
 お疲れさま、と明るい声が倉庫に響いて、後ろに長盆を抱えた女中二人を従えた彰蘭が、ひょっこりと倉庫へ顔を出す。
「お茶を持ってきたわ。一休みしてちょうだい」
 有難うございます、と従業員たちの声が揃って、各々作業に一区切りつける。いそいそと倉庫脇の日影に逃げ込んできた彼らは、女中たちがにこやかに差し出してくれる冷えた茶と水菓子へ、有難く手を伸ばした。
 昨日の荷で届いたばかりの水菓子は、旬を逃さぬよう川を下ってきたものである。こうして供してくれたということは、売り物にならないと判断されたからだろうが、ほんの少し熟れ過ぎているだけで、今食べる分には問題がない。こうして贅沢品が惜し気もなく供されるのは、張家の特徴とも言えるだろう。
 思えば、張家に雇われてから、食生活が一気に向上した司楡である。
 人材は宝と常々言っている左禅が粗末すぎる食事を強要するはずもなく、一家も過剰な贅沢をすることもないから、基本的に家人は全員同じものを食べている。それに加えて、力仕事の者たちには間食が用意され、それ以外の者たちにも休憩時間のちょっとした点心(おやつ)が用意されるのだ。前職が質素だったとは言わないが、なんと恵まれたことか、と感慨深いものがある。
 そもそも、嫁もいない独り身の男が摂る食事なぞ高が知れているし、酒を嗜む同僚に付き合えば、自然と酒肴が増えるのだ。意図せず健康的な食生活を送れているため、この数年は心身共に調子が良い。
「これで一段落なのかしら?」
 倉庫を見遣って尋ねる彰蘭に、監督役が頷いた。
「これだけ重なったのは、海が時化た所為だそうですから。明日からは通常通りに戻りますでしょう」
「そう、なら良かったわ。みんなが頑張って乗り切ってくれたと、父様に言っておくわね」
 司楡さんもご苦労さん、と年嵩の男が声をかけて、となりにいた若者も「助かったよ」と笑う。
「敬敬坊ちゃんには悪いけど、司楡さんがいると仕事が早いんだよなぁ」
「俺らより力強いしな」
「いつでも声かけてくださいよ。坊ちゃんも、いつまでもべったりは拙いって解ったようですし」
 大人しく頷いて「いってらっしゃい」と手を振った敬敬を思い出しながらそう言うと、彰蘭が可笑しげに笑う。
「今日は、兄様にくっついてるわ。お手伝いですって」
 ほう? と軽く眉を持ち上げて、ふと昼時に女中から聞いた話を思い出す。
「何だか、若旦那さんが物凄い馬力で仕事を片付けてると聞いたんですがね」
「敬敬が、お仕事してる兄様が格好いいって言ったみたい」
 なるほど、と納得の表情で頷く男たちに、彰蘭はませた仕種で軽く肩を竦めてみせた。
「いい影響、なんでしょうね。お互いに」
 その御蔭で彼らはきりきりと仕事を回す羽目になったわけだが、だからこそ早々に溜まりに溜まった荷の山を片付けることが出来たのである。中には今いただいている水菓子のように足の早いものもあるのだし、素早く対応できたのは大きいだろう。
「敬敬坊ちゃんも、家業に携わるんですかねぇ」
 それなら安泰そうだ、と呑気に口にする若者に、彰蘭は首を傾げる。
「どうかしら。そのつもりなら、父様は事業を分けるとか、新たに起こすとかしそうよね。補佐だけじゃ勿体無いもの。兄様が仕込んでるなら、相当目利きよね?」
「最近は、薬に興味があるようですがねぇ」
 敬敬の(へや)に転がっている木簡の数々を思い出しながら司楡が口にすると、年嵩の男が大らかに笑った。
「あぁ、それはいいな。今は薬種は取り扱ってないことだし、利益も出せそうだ」
「ちょっと前の戦争で需要が上がって、今でも影響が消えないからな」
「まだ事後処理で落ちつかないみたいよね。こっちと反対側の国境付近も、小競り合いが続いてるんだったかしら。こちらにあまり影響してないのは有難いけど」
 頬杖ついて嘆息する彰蘭に、司楡は「そうですねぇ」と相槌を打つ。
「南州公の地盤が、がっちりしてますから。こっちの国と上手く商売してた御蔭で、資金も潤沢だったらしいですね」
「南域があるぶん、こちらは平気?」
(しい)し奉った輩は、南州公の後ろ楯を得ていたようですし。国土は削られるでしょうが、そのまま滅ぶことはないでしょう」
 問題は復興需要だなぁ、と年嵩の男が呟いて、周りの男たちも頷く。
 この数年、争乱が絶えない隣国ではあるが、今は北域の何割かが奪われ、東域も随分削られているらしい。国境線の小競り合いが収まらねば本格的な復興は成らないだろうが、近々節目は到来しそうだと司楡は見ている。
「……そろそろ、遷都がなされるでしょう。まずはそこかな」
「一応、禅譲の布告はされているわよね?」
 形だけは、と軽く肩を竦めて、司楡は皮肉げな笑みをほんのりと唇の端に乗せた。
「殿下はまだお小さかったはずですし、供として陵墓へ放り込まれたらしいですからね。ほぼ簒奪ですよ。北東から攻められている今、都の位置も悪いですし」
 おそらく、情報が漏れていたのだろう。蔡都(さいと)を落とすのと同時期に、国境線を崩されたのだ。国内における後顧の憂いを絶つことを優先したため、あらゆることが後手に回り、随分苦戦したのだと伝え聞いている。
 それも何とか落ちついてきた今、まずは遷都して、一国家として名乗りをあげねばならない。その時に、国氏も変わるはずだ。
「よくも悪くも、蓬山(ほうざん)に寄り掛かり過ぎでしたからね。距離を取るのは当然でしょうし、なおかつ敵国への楯となる位置……。古都の再利用が現実的でしょう」
 かの場所には遺跡として旧朝廷の施設が殆ど残っている。太古に蓬山に住まう者たちが建設に立ち会ったとされているそれは、不思議なほど荒廃していないのだ。おそらく、それほど苦もなく移り住むことはできるだろう。
 前王朝はより蓬山へ寄り掛かるつもりで裾野へ擦り寄っていったのだが、案外そのまま居座っていれば、これほど簡単に簒奪を許さなかったかもしれない。今更言っても詮無いことではあるけれど。
 うむむ、と何やら難しい顔で考え込む彰蘭は、倉庫を見遣って口を開く。
「……そうなると贅沢品、かしら」
 唐突に零れた言葉を訝るふうもなく、そうですねぇ、と司楡が相槌を打つ。
「褒賞に使えますし。悪くないと思いますよ」
「食料品は、まだ先?」
「穀類は掻き集めておいてもいいかもしれません。あとは、塩ですかね」
「鉄……は、産出地があったわね。寧ろ、こちらへ回ってくる分が危ういのかしら」
「まだ、心配するほどでもないと思いますが。長引けば、あるいは」
 淡々としたやり取りに、従業員たちは「またか」と言いたげに苦笑を浮かべた。彰蘭曰く訓練の一環は、前触れもなく唐突に行われる。基本的に、政治的にものを考える素地を作るためのやり取りだ。今回は、国内の流通への影響に関してだろう。
「……長引くとは、考えてないのよね?」
「ある意味、長引きはするでしょう。持久力が試されますね」
 そう言えば、と唇の端を引き上げて、司楡は彰蘭を真直ぐに見た。
「ちょいと小耳に挟んだんですが、どうやら隣国は禁酒令を発布しそうですよ」
 禁酒? と訝しく眉をひそめるさまににんまりと笑い、司楡は澄まして付け加える。
「若旦那さんは、酒類の高騰を見込んでるようで」
 どうして今更禁酒? と首を傾げる彰蘭の傍らで、年嵩の男が意味ありげに笑う。
「農業計画が上手くいかなかったんでしょうよ」
「……醸造に回す穀物も確保したいってこと?」
 確認するような眼差しを向けられて、飄々と言葉を重ねる。
「確かに今更ですが、今年は天候が今一つで、ここらも豊作とはいかない有り様です。国内で賄うなら未だしも、他所へ放出する余剰はないでしょう。とはいえ、備蓄はあるでしょうしね。無理をすれば回せるが」
「当然、価格は高騰するわよね。戦で相当圧迫されてるでしょうから、買い叩かれるのは御免被りたい……。でも、南域は豊かなんでしょう?」
 そちらから回収できないの、と小首を傾げられて、司楡は僅かに眉根を寄せた。
「王朝末期のならいで、以前から荒れていた土地が多かったですからねぇ。それを南域のみで支えるのは、ちょっとばかり無茶かと」
 今度の意図は明確だが、これが何でもない頃に発布されたとしたら、また意味合いが違ってくる。彰蘭が政務へ携わる官吏を目指すというのであれば、その辺りの読み合いに慣れた方がいいだろう。
 どんなに些細なことでも多方面に情報を求めることは重要ですよ、と付け加えて、彼は軽く肩を竦めてみせた。
「今回は民が餓えぬようにという配慮が窺えますから、大きな騒動にはならないでしょう。とはいえ、商人にとっては商機に違いありませんがね」
「情報……、情報ね。んん、全然知識が足りないわ! 情報を得ても、活かせなければ意味がないでしょう?」
 年齢を考えれば充分すぎるほどだろうに、という言葉を、居合わせた者たちが飲み込んだのは確かなようである。微妙な表情で苦笑する彼らを他所に、司楡は飄々とした態度を崩すことなく頷いた。
「可能な限り、人脈を築けるといいですね。科挙を取ったその後に活きてきますから」
 頑張るわ、と彰蘭が意気込んだところで、従業員たちは休憩を終了して立ち上がる。海からの荷はこれで終わったが、通常便の川からの荷が、これから届くはずなのだ。
「じゃぁ、俺らは次行きますんで。お疲れさんでした、司楡さん」
「はい、お疲れ様です。それじゃぁ俺は、一度坊ちゃんの様子を見てきますかね」
 御用がなければ、また何処かで手伝いに入ればいいだろう、と気楽に腰をあげる。それを見上げた彰蘭は、女中を手伝って杯を集めながら司楡へ投げかけた。
「兄様がお店の方に行くって言ってたから、多分ついて行ってるんじゃないかしら」
「そうですか、有難うございます」
 会釈して立ち去る司楡の背中を見送って、まだ幼さの抜けきらない女中が、一つ切ないため息を落とす。途端に同僚はにやりと笑って、その脇腹を小突いた。
「話し掛ければ良かったのに」
「無理よう。あたしなんて、同僚のお嬢ちゃんくらいにしか思われてないもの」
「司楡って、人当たりがいいだけなのよね」
 こくりと小首を傾げた彰蘭が零し、そのままの表情で女中へ視線を向ける。
「というか。司楡って若々しいけど、母様とそう歳が違わないくらいよ?」
 それでもいいの? と尋ねられて、恋する女中は意外そうに目を丸くしたのだった。
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