第1話

文字数 903文字

部屋の中はまだ薄暗い。天気予報によると、今日は雲なんかほとんどないほどいい天気らしいのに、平日だから洗濯物は部屋干しでもったいない。土日に晴れればいいけど、晴れたからといって洗濯に精が出るとは限らないのよね。
おはよう、今朝は時間に余裕があるのね。たっぷり保湿した後、化粧下地にファンデーションにコンシーラーに仕上げのパウダーにと、顔に何層も塗りこんでいる。昨日なんか日焼け止めで済ませてたのに、えらい違いだわ。
わかってるわよ、一昨日は仕事で帰りが遅かったものね。でも化粧すると気持ちが上がって、今日も一日がんばろうって思えるわよね。栄養ドリンクみたいなものかしら?
そうそう、栄養ドリンクじゃなくても何かお腹に入れて行きなさいよ、最近のあなたは別に太っちゃいないし。まあもともと細く見えがちだから、あまり過信はしないでよ?気をつけて行ってらっしゃい。

近頃は日が落ちるのが早くなった。あの子は家主なのに、暗い部屋で電気をつけて過ごすしかないのはお気の毒さま。土日はほとんど寝てるか外に出てるし、家でも自分磨きとかすればいいのに。洗濯物は部屋干しでもしっかり乾いてよかったかしらね。
あ、帰ってきたおかえりなさい、あらどうしたの。
あなたは鍵を閉めるなり嗚咽を上げ、そのまま玄関に突っ伏した。しばらくそうしていると、しゃくりあげながらふらふらと私の前にやってきて、手をついてまた泣いている。
泣き顔ぶすね、ひどい顔。とりあえず化粧落として顔洗いなさいよ、今の顔とても見れたもんじゃないわ、せめて女に戻りなさい。
あなたはぐしゃぐしゃの頭と顔で、しゃくりあげながら私を睨みつける。
「ちょっとは遠慮してくれない?もう少し取り繕えないの?」
私は心の中でにっこり笑った。
だって私は鏡、おべっかは言わない。美しくあるのも醜くなるのもあなた次第。私はただありのままを映すだけ。
だけど、私という現実に堂々と向き合う勇気は褒めてあげる。特にその顔で私を睨め付ける根性はたいしたものよ。
自信を持ちなさい、今朝のあんたは悪くなかったし、今の顔だってそう捨てたもんじゃない。
胸を張りなさいよ、よくやったじゃない、明日は日焼け止めでいいからさ。
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