疑心暗鬼のルル
文字数 5,307文字
ルルは神でありながら人間に恋をした。
「おいハルト、もう少しこっちに来ておくれ」
ルルは自身に近づくようにハルトに促す。
「本当にルルは寂しがりやの神様だよな」
「しょうがないじゃろ。1人は神とて退屈なのじゃ」
日本のある地域で豊作の神として君臨しているルル。米の実りを神力にて促進し、その地域の平穏を保つ。
「長年1人ぼっちの神として蔵に閉じこもっておった。しかし、ハルト。お前がその蔵に好奇心で迷い込んで、出会ったのじゃったな。その時に人間の温かみを直に感じてしまい、逆に1人では寂しくなってしまったのじゃ」
「そんなに寂しかったなら、僕と会う前から早くに人里に降りてくればよかったのに」
長年1人閉じこもっていた豊作の神ルルは、ハルトと出会い人間の温かみを直に感じてしまい、その頃からハルトにべったりとなってしまった。
「ハルト、夕焼けはいつ見ても綺麗じゃの」
「ああそうだな。この小さな農村で何の娯楽もない土地だけれど、この自然の夕焼けはいつ見ても綺麗だな、ルル」
2人が肩を並べ、山の斜面にそっと座り身を寄せ合いながら、水平線の向こうに沈む太陽とその情景を眺める。
「ハルトよ、お前が好きじゃ」
ルルはそっとハルトの耳元で呟く。
「本当に寂しがり屋だなルルは」
「でも今は満たされておる。ハルトがいるからの」
ハルトは寂しがり屋のルルを見やり、ある提案をする。
「ルルがそんなに寂しがり屋なら、人里に行って人間と交流してみないか?」
「そ、そんなこと……」
何故かルルはその提案をやや拒みぎみに受け取る。
「嫌なのか、人間に会うのは?」
「そうではない。ただ、神が直接人間に積極的に接触しても良いのかと、思っただけじゃ」
「いいだろ、ルル。俺だけじゃなく、もっと人間と触れ合ってみよう」
ハルトは積極的にルルに話しかけ、人里に降りてみることを勧めた。
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「皆、聞いてくれ」
ハルトは人里にルルを連れてきた。農民を集めて、ルルのことを紹介する。
「これを見て欲しい」
ハルトはルルに稲の苗を持たせた。
そして
「これはなんと!」
「じ、神力か何かか!!」
ルルが触れた稲の苗はみるみる成長し、次の瞬間には立派な成長した稲に変化していた。神力により、稲が急成長したのだ。
「皆、少し驚いたかもしれないけど、このルルはこの地域を守ってくれている神様なんだよ」
たちまちルルが神であることを農民たちは認識し、その噂は農村全体に広まった。
ルルの評判は広がり、どうもこの地に豊作をもたらしてくれる神らしいと、たちまち農民に受け入れられた。皆がルル様と彼女を呼び、敬った。
しかしそんな中、ある農民がルル様にやや緊迫した表情で話しかけてきた。
「ルル様、大事なお話が」
その農民は話しを続ける。
「昨年は不作で、今年の蓄えは少なく皆苦しい生活を強いられております。これは一体どういう訳で」
昨年はルルがいるのにも関わらず不作の年であったため、その理由を農民は問いたいと言った感じであった。
「すまぬ。この地域が繫栄し、豊かになり、人が増えてきた。一方で神力が枯渇気味になり、最近は十分な豊作をもたらすための力が不足してきておるのじゃ」
「それはなんと!神力が不足してきているとな……」
農民達の間にやや不穏な空気が漂った。昨年の不作は、ルルの神力を持ってしても防げなかったもの。さらにはルルの神力はこの人が増えすぎた土地に対して不足してきているとなれば、心配になるのも無理はない。
「まあそれでも、ルルはできる限り僕たちの村を豊かにしようと頑張ってくれている。な、大丈夫だよルル。ありがとな、精一杯頑張ってくれて」
「ハルト……」
ルルはここでもハルトに支えられ、その不穏な空気を払拭するような言葉を投げかけられた。
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------
ハルトはしばらくして仕事があるからと自分の農地へと帰り、一方でルルは人里を散策したいと言ったために、1人で村を歩いていた。
その時である。
「ルル様、ちょっとお話が」
「ど、どうしたのじゃ、そんな真剣な顔をして……」
ある農民がルルに話掛けてきた。
「実は私の家には娘2人いるのですが、結核を患っております。さらには昨年の不作により蓄えが心もとなく、十分な米を食わせてやれないのです」
その農民は困窮しており、さらに娘達が病に侵されているとのことであった。
「そのためルル様。どうか少しばかりその神力にて、お米を私達に恵んで下さらないでしょうか」
「さ、先ほど説明したように、神力は不足気味になっておる。1人にその力を使うのはいくら事情とはいえ……」
「お願いします、ルル様。どうかその神力を私達に使って下され!!」
ルルはその農民に懇願され、土下座までされてしまった。彼女はその農民をほっとくことができず、自身の神力をその者に使用することを決めた。
「分かったのじゃ。病を患う娘のため、少しの間は豊かに暮らせる米を神力にて分け与えてやるのじゃ」
「あ、ありがとうございますルル様!!」
そう言ってルルは神力を使用し、その農民に大量の米を与えてみせた。
「これがあれば、半年は……」
次の日、ルルはまた1人の農民に話しかけられた。
「実は息子3人が病におかされて……」
「そ、それは本当か……しょうがない、看病するに足りる米をそなたらに恵んで……」
また別の日、今度は数人の農民に話しかけられた。
「実は流行り病に子供らが侵され……」
「それは大変じゃ、ま、待っておれ、今神力で……」
そうしてまた別の日、別の日も子供が流行り病に掛かっていて、米を恵んで欲しいとの頼みがルルの元へと届き続けた。
ルルはその事態を訝しみ、ハルトに相談しようと彼の家に向かおうとした。
その時、農民が数十人程ルルの前に突如として現れたのであった。
「ルル様、これは一体どういうおつもりか」
「きゅ、きゅうにどうしたのじゃ」
農民たちは怒り狂っているようであった。
「ルル様、貴方様が一部の人間に肩入れをしていると村に噂が広まっております」
「肩入れとはどういうことじゃ……?」
「この村の皆が去年の不作にて苦しんでおります。皆が平等に苦しんでいるのです。なのに、貴方様が一部の人間にだけ不平等に米を分け与えているとお聞きしました。これは一体どういうことかな?」
ルルは彼らが何を言っているのか分からなかった。
「ち、違うのじゃ。確かに一部の農民に米を恵んでやったのは事実じゃ。しかし、それは娘息子が流行り病におかされ、急ぎ十分な米を確保する必要のある者に対してであって……」
「なんのことかな?この村で流行り病等ありませぬ。そんな重い病に侵された子らもまたおりませぬ」
「そ、そんな……」
ルルはその時、農民に騙されたことを知った。そんな重い病に侵された娘息子等存在しない。あの農民は、ただお米欲しさにルルを騙したであった。
「ルル様。神である貴方様が一部の人間に肩入れ、不平等な対応を取られたことが農民の間で広まっております。ルル様、貴方様は生かす人間を選別する、不平等な神なのではないかと」
「ち、違うのじゃ。話を聞い……」
ルルが弁明しようとしても、農民の怒りは収まらなかった。
「な、なんでこんな目に……」
ルルは怒り狂い、その場を収束させることもできず、走りだした。走り逃げ、ハルトの家へと向かった。
「ハルト」
「ル、ルル。どうしたんだい」
ハルトは至っていつも通りの反応。それもそのはず、ルルはハルトを心配させないように繕い、先程まで何事もなかったような表情で彼に話しかけたのだから。
ハルトを心配させたくない、その一心で平常心を装ったのだ。
一方で当のハルトは何か手紙を書いているようで、ルルが現れるや否や、その手紙をすぐさま引き出しの中に隠してしまった。
「だ、誰かに手紙を書いている……のか……?」
「いや、手紙じゃなくて、ただの日記だよ」
「そ、そうか……」
ルルはそんな取り留めのない会話を続け、ハルトの傍にそっと近寄る。
「ハルト、お前だけなのじゃ、信じられる人間は」
「何を言って……」
「だからな、ハルト。お前も私の事を信じていて欲しいのじゃ。私は皆を平等に公平に豊かにしてやりたいと思っておった、それは本当じゃ。だけど今は……」
ルルは何かを言おうとして、しかしハルトの家に近づく農民達に気づき、息を呑んだ。
「ハルト殿、ルル殿!!いるか、いるのだな!!」
農民達は不平等な扱いを受けたことに怒り狂っているようで、ルルが逃げたハルトの家まで追いかけてきたようであった。勿論、ハルトは何が起きているのかを知らない。
入口が農民により破られ、農民達がハルトとルルの元に現れる。
「この不平等で邪悪な神め。一部の農民にだけ肩入れしおって!!」
ハルトは何が起きているのか分からず、怯え、立ちすくんでいた。一方でルルはハルトに迷惑を掛けてしまったことに心苦しみながら、しかし彼女もまた農民に騙された被害者であることを自覚し、怒り狂っていた。
「騙された被害者は、この私なのじゃ。もう人間など簡単に信用できぬ。信用できぬ。信用などできぬ」
ルルは疑心暗鬼になり、騙された屈辱と共に怒り狂いながら、発狂する。
「死ぬのじゃ……」
ルルは1人神力を言霊へと宿し、信用足り得る人間を選別するよう神のふるいを実行する。
「私に嘘を付いたことのある人間は、全て死ぬのじゃ!!私にだけじゃなく、ハルトにまで迷惑を掛けおって!決して許さぬ!!」
彼女の言霊に神力が付加され、ルルに対して嘘のついたことのある人間は全て死ぬよう、神の裁きが下される。
「があああああ!!……」
押しかけた農民の中の数人が倒れ込む。口から多量の血が溢れだし、目の瞳孔は収縮を始め、人間の出血可能な全ての血液が溢れ出す勢いでそれを噴射しながら倒れ込んだ。
「ははははは!お前も、お前も私に嘘を付いておったか!みんな嘘つきじゃ、嘘つきだったのじゃ!よくもよくもよくも私に嘘を付きおったな!許さぬ許さぬ許さぬ」
ルルの言霊は村全体に行き届き、彼女に嘘を付いたことのある人間には死の判決が下される。
「どうじゃ、これで……」
ルルは農民に対して、自身への償い、そして迷惑を掛けた愛するハルトへの報いを受けさせてやったと喜んだ。
しかし
「があああああああ!げぽ、げぽ、げぽ、げぽ、あっ、あっ、あっ、っ、ルル、ルル、ルル、がああ、あっ……」
ハルトもまた痙攣を始め、口からは多量の血が湧き出て、ルルの美しい白い肌が真っ赤に染まった。
「ハ、ハルト!!ど、どうしたのじゃあああ!!」
ハルトは最後、何かをルルに伝えるように彼女の手を掴み、引き出しを乱暴に引っ張り、中の紙にその手を誘導しながら、力なくだらんと身体が地面にねじれ、死んでしまった。
ルルは発狂した。
「ハルト!!」
ルルはハルトが彼女自身の言霊により死んでしまったことを悟った。
彼女は訳が分からず、そのまま引き出しの中に入っている先ほど目にした紙を見た。
「ハ、ハルト……」
ルルが家に訪れすっと隠した紙。最初ルルは手紙が何かかと思ったが、ハルト自身にただの日記だと否定された。
しかし、
「ハルト、お前……」
内容、それは恋文であった。
ハルトからルルへの、言わばプロポーズするために書かれた恋文。
手紙は途中であり、書きかけである。
しかし、その内容はルルへのプロポーズと、一緒に暮らさないか提案する内容のものであることは伺えた。
「まだ書き終えていないから、私に日記だなんて嘘を付いて……」
ルルは何が正しいのか、何をすれば良かったのか分からなくなった。
「はは、ははは」
ルルは農民達を睨んだ。
「大切な、ハルトが死んじゃったよ」
ルルは農民達を睨み続けた。
「はは、何でこんなことになるかなあ」
農民達は戦慄し、蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。
しかし
「もうなんでもいいのじゃ。もうすべてが面倒なのじゃ。もうこんな辛い思いをするのならいっそのこと……」
彼女は唇をペロリと舐めて、大きな声で村全体の叫ぶ。
「皆、死んでしまえ」
美しい光景であった。
今まで農村を彩る色というのは、草木の緑、土の茶色、稲の穂の淡い黄色程度であった。
一方で、本日をもって村全体に赤色の綺麗な花がぽつぽつと咲いた。人間を構成する脂肪組織が風船のように各死体から膨らみ、弾け、周辺が赤色へと変化する。
彩りが増える。
彩りが豊かになる。
豊をもたらす神、ルルがそこにはいる。
紙でこじれた神。
愛しの彼の言葉、優しい可愛げのある嘘。
本日、災いをもたらす邪神ルルが誕生したのだった。
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「おいハルト、もう少しこっちに来ておくれ」
ルルは自身に近づくようにハルトに促す。
「本当にルルは寂しがりやの神様だよな」
「しょうがないじゃろ。1人は神とて退屈なのじゃ」
日本のある地域で豊作の神として君臨しているルル。米の実りを神力にて促進し、その地域の平穏を保つ。
「長年1人ぼっちの神として蔵に閉じこもっておった。しかし、ハルト。お前がその蔵に好奇心で迷い込んで、出会ったのじゃったな。その時に人間の温かみを直に感じてしまい、逆に1人では寂しくなってしまったのじゃ」
「そんなに寂しかったなら、僕と会う前から早くに人里に降りてくればよかったのに」
長年1人閉じこもっていた豊作の神ルルは、ハルトと出会い人間の温かみを直に感じてしまい、その頃からハルトにべったりとなってしまった。
「ハルト、夕焼けはいつ見ても綺麗じゃの」
「ああそうだな。この小さな農村で何の娯楽もない土地だけれど、この自然の夕焼けはいつ見ても綺麗だな、ルル」
2人が肩を並べ、山の斜面にそっと座り身を寄せ合いながら、水平線の向こうに沈む太陽とその情景を眺める。
「ハルトよ、お前が好きじゃ」
ルルはそっとハルトの耳元で呟く。
「本当に寂しがり屋だなルルは」
「でも今は満たされておる。ハルトがいるからの」
ハルトは寂しがり屋のルルを見やり、ある提案をする。
「ルルがそんなに寂しがり屋なら、人里に行って人間と交流してみないか?」
「そ、そんなこと……」
何故かルルはその提案をやや拒みぎみに受け取る。
「嫌なのか、人間に会うのは?」
「そうではない。ただ、神が直接人間に積極的に接触しても良いのかと、思っただけじゃ」
「いいだろ、ルル。俺だけじゃなく、もっと人間と触れ合ってみよう」
ハルトは積極的にルルに話しかけ、人里に降りてみることを勧めた。
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「皆、聞いてくれ」
ハルトは人里にルルを連れてきた。農民を集めて、ルルのことを紹介する。
「これを見て欲しい」
ハルトはルルに稲の苗を持たせた。
そして
「これはなんと!」
「じ、神力か何かか!!」
ルルが触れた稲の苗はみるみる成長し、次の瞬間には立派な成長した稲に変化していた。神力により、稲が急成長したのだ。
「皆、少し驚いたかもしれないけど、このルルはこの地域を守ってくれている神様なんだよ」
たちまちルルが神であることを農民たちは認識し、その噂は農村全体に広まった。
ルルの評判は広がり、どうもこの地に豊作をもたらしてくれる神らしいと、たちまち農民に受け入れられた。皆がルル様と彼女を呼び、敬った。
しかしそんな中、ある農民がルル様にやや緊迫した表情で話しかけてきた。
「ルル様、大事なお話が」
その農民は話しを続ける。
「昨年は不作で、今年の蓄えは少なく皆苦しい生活を強いられております。これは一体どういう訳で」
昨年はルルがいるのにも関わらず不作の年であったため、その理由を農民は問いたいと言った感じであった。
「すまぬ。この地域が繫栄し、豊かになり、人が増えてきた。一方で神力が枯渇気味になり、最近は十分な豊作をもたらすための力が不足してきておるのじゃ」
「それはなんと!神力が不足してきているとな……」
農民達の間にやや不穏な空気が漂った。昨年の不作は、ルルの神力を持ってしても防げなかったもの。さらにはルルの神力はこの人が増えすぎた土地に対して不足してきているとなれば、心配になるのも無理はない。
「まあそれでも、ルルはできる限り僕たちの村を豊かにしようと頑張ってくれている。な、大丈夫だよルル。ありがとな、精一杯頑張ってくれて」
「ハルト……」
ルルはここでもハルトに支えられ、その不穏な空気を払拭するような言葉を投げかけられた。
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ハルトはしばらくして仕事があるからと自分の農地へと帰り、一方でルルは人里を散策したいと言ったために、1人で村を歩いていた。
その時である。
「ルル様、ちょっとお話が」
「ど、どうしたのじゃ、そんな真剣な顔をして……」
ある農民がルルに話掛けてきた。
「実は私の家には娘2人いるのですが、結核を患っております。さらには昨年の不作により蓄えが心もとなく、十分な米を食わせてやれないのです」
その農民は困窮しており、さらに娘達が病に侵されているとのことであった。
「そのためルル様。どうか少しばかりその神力にて、お米を私達に恵んで下さらないでしょうか」
「さ、先ほど説明したように、神力は不足気味になっておる。1人にその力を使うのはいくら事情とはいえ……」
「お願いします、ルル様。どうかその神力を私達に使って下され!!」
ルルはその農民に懇願され、土下座までされてしまった。彼女はその農民をほっとくことができず、自身の神力をその者に使用することを決めた。
「分かったのじゃ。病を患う娘のため、少しの間は豊かに暮らせる米を神力にて分け与えてやるのじゃ」
「あ、ありがとうございますルル様!!」
そう言ってルルは神力を使用し、その農民に大量の米を与えてみせた。
「これがあれば、半年は……」
次の日、ルルはまた1人の農民に話しかけられた。
「実は息子3人が病におかされて……」
「そ、それは本当か……しょうがない、看病するに足りる米をそなたらに恵んで……」
また別の日、今度は数人の農民に話しかけられた。
「実は流行り病に子供らが侵され……」
「それは大変じゃ、ま、待っておれ、今神力で……」
そうしてまた別の日、別の日も子供が流行り病に掛かっていて、米を恵んで欲しいとの頼みがルルの元へと届き続けた。
ルルはその事態を訝しみ、ハルトに相談しようと彼の家に向かおうとした。
その時、農民が数十人程ルルの前に突如として現れたのであった。
「ルル様、これは一体どういうおつもりか」
「きゅ、きゅうにどうしたのじゃ」
農民たちは怒り狂っているようであった。
「ルル様、貴方様が一部の人間に肩入れをしていると村に噂が広まっております」
「肩入れとはどういうことじゃ……?」
「この村の皆が去年の不作にて苦しんでおります。皆が平等に苦しんでいるのです。なのに、貴方様が一部の人間にだけ不平等に米を分け与えているとお聞きしました。これは一体どういうことかな?」
ルルは彼らが何を言っているのか分からなかった。
「ち、違うのじゃ。確かに一部の農民に米を恵んでやったのは事実じゃ。しかし、それは娘息子が流行り病におかされ、急ぎ十分な米を確保する必要のある者に対してであって……」
「なんのことかな?この村で流行り病等ありませぬ。そんな重い病に侵された子らもまたおりませぬ」
「そ、そんな……」
ルルはその時、農民に騙されたことを知った。そんな重い病に侵された娘息子等存在しない。あの農民は、ただお米欲しさにルルを騙したであった。
「ルル様。神である貴方様が一部の人間に肩入れ、不平等な対応を取られたことが農民の間で広まっております。ルル様、貴方様は生かす人間を選別する、不平等な神なのではないかと」
「ち、違うのじゃ。話を聞い……」
ルルが弁明しようとしても、農民の怒りは収まらなかった。
「な、なんでこんな目に……」
ルルは怒り狂い、その場を収束させることもできず、走りだした。走り逃げ、ハルトの家へと向かった。
「ハルト」
「ル、ルル。どうしたんだい」
ハルトは至っていつも通りの反応。それもそのはず、ルルはハルトを心配させないように繕い、先程まで何事もなかったような表情で彼に話しかけたのだから。
ハルトを心配させたくない、その一心で平常心を装ったのだ。
一方で当のハルトは何か手紙を書いているようで、ルルが現れるや否や、その手紙をすぐさま引き出しの中に隠してしまった。
「だ、誰かに手紙を書いている……のか……?」
「いや、手紙じゃなくて、ただの日記だよ」
「そ、そうか……」
ルルはそんな取り留めのない会話を続け、ハルトの傍にそっと近寄る。
「ハルト、お前だけなのじゃ、信じられる人間は」
「何を言って……」
「だからな、ハルト。お前も私の事を信じていて欲しいのじゃ。私は皆を平等に公平に豊かにしてやりたいと思っておった、それは本当じゃ。だけど今は……」
ルルは何かを言おうとして、しかしハルトの家に近づく農民達に気づき、息を呑んだ。
「ハルト殿、ルル殿!!いるか、いるのだな!!」
農民達は不平等な扱いを受けたことに怒り狂っているようで、ルルが逃げたハルトの家まで追いかけてきたようであった。勿論、ハルトは何が起きているのかを知らない。
入口が農民により破られ、農民達がハルトとルルの元に現れる。
「この不平等で邪悪な神め。一部の農民にだけ肩入れしおって!!」
ハルトは何が起きているのか分からず、怯え、立ちすくんでいた。一方でルルはハルトに迷惑を掛けてしまったことに心苦しみながら、しかし彼女もまた農民に騙された被害者であることを自覚し、怒り狂っていた。
「騙された被害者は、この私なのじゃ。もう人間など簡単に信用できぬ。信用できぬ。信用などできぬ」
ルルは疑心暗鬼になり、騙された屈辱と共に怒り狂いながら、発狂する。
「死ぬのじゃ……」
ルルは1人神力を言霊へと宿し、信用足り得る人間を選別するよう神のふるいを実行する。
「私に嘘を付いたことのある人間は、全て死ぬのじゃ!!私にだけじゃなく、ハルトにまで迷惑を掛けおって!決して許さぬ!!」
彼女の言霊に神力が付加され、ルルに対して嘘のついたことのある人間は全て死ぬよう、神の裁きが下される。
「があああああ!!……」
押しかけた農民の中の数人が倒れ込む。口から多量の血が溢れだし、目の瞳孔は収縮を始め、人間の出血可能な全ての血液が溢れ出す勢いでそれを噴射しながら倒れ込んだ。
「ははははは!お前も、お前も私に嘘を付いておったか!みんな嘘つきじゃ、嘘つきだったのじゃ!よくもよくもよくも私に嘘を付きおったな!許さぬ許さぬ許さぬ」
ルルの言霊は村全体に行き届き、彼女に嘘を付いたことのある人間には死の判決が下される。
「どうじゃ、これで……」
ルルは農民に対して、自身への償い、そして迷惑を掛けた愛するハルトへの報いを受けさせてやったと喜んだ。
しかし
「があああああああ!げぽ、げぽ、げぽ、げぽ、あっ、あっ、あっ、っ、ルル、ルル、ルル、がああ、あっ……」
ハルトもまた痙攣を始め、口からは多量の血が湧き出て、ルルの美しい白い肌が真っ赤に染まった。
「ハ、ハルト!!ど、どうしたのじゃあああ!!」
ハルトは最後、何かをルルに伝えるように彼女の手を掴み、引き出しを乱暴に引っ張り、中の紙にその手を誘導しながら、力なくだらんと身体が地面にねじれ、死んでしまった。
ルルは発狂した。
「ハルト!!」
ルルはハルトが彼女自身の言霊により死んでしまったことを悟った。
彼女は訳が分からず、そのまま引き出しの中に入っている先ほど目にした紙を見た。
「ハ、ハルト……」
ルルが家に訪れすっと隠した紙。最初ルルは手紙が何かかと思ったが、ハルト自身にただの日記だと否定された。
しかし、
「ハルト、お前……」
内容、それは恋文であった。
ハルトからルルへの、言わばプロポーズするために書かれた恋文。
手紙は途中であり、書きかけである。
しかし、その内容はルルへのプロポーズと、一緒に暮らさないか提案する内容のものであることは伺えた。
「まだ書き終えていないから、私に日記だなんて嘘を付いて……」
ルルは何が正しいのか、何をすれば良かったのか分からなくなった。
「はは、ははは」
ルルは農民達を睨んだ。
「大切な、ハルトが死んじゃったよ」
ルルは農民達を睨み続けた。
「はは、何でこんなことになるかなあ」
農民達は戦慄し、蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。
しかし
「もうなんでもいいのじゃ。もうすべてが面倒なのじゃ。もうこんな辛い思いをするのならいっそのこと……」
彼女は唇をペロリと舐めて、大きな声で村全体の叫ぶ。
「皆、死んでしまえ」
美しい光景であった。
今まで農村を彩る色というのは、草木の緑、土の茶色、稲の穂の淡い黄色程度であった。
一方で、本日をもって村全体に赤色の綺麗な花がぽつぽつと咲いた。人間を構成する脂肪組織が風船のように各死体から膨らみ、弾け、周辺が赤色へと変化する。
彩りが増える。
彩りが豊かになる。
豊をもたらす神、ルルがそこにはいる。
紙でこじれた神。
愛しの彼の言葉、優しい可愛げのある嘘。
本日、災いをもたらす邪神ルルが誕生したのだった。
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