第1話

文字数 2,000文字

「おーい、学生さん。ちゃんと水分補給してるかい?」
 足場の上で、建材を運びあげていた真人に声をかけたのは現場責任者の藤島だった。
「おやっさん、ボクは一人暮らしだから、なにかあったら地獄を見ることになるのでちゃんと飲んでますよ」
「おまえなぁ、オレをライダーのバイク屋のオヤジとか、宇宙戦艦の機関長みたいに呼ぶなよ。仮にもオレは学生さんの上司の現場監督なんだからな」
「おやっさん、その例えは並の若いヤツには通じないですよ」
「だから、ちゃんと呼んでくれって」

 大学生の真人は、あれこれ割のいいバイトを探して、結局たどり着いたのが建設現場の仕事だった。体育会系で体力に自信があったわけではないのだが、同じ汗をかくのなら実入りの良い方を選んでしまって後悔もしたが、もらった給料袋を見たらやめられなくなってしまった。

 お昼になってコンビニで買ってきた弁当を食べようと真人はプレハブの事務所兼食堂のテーブルに居場所を見つけていた。
「となりいいか?」
 と言って返事を聞く前に藤島は椅子に腰を下ろした。
「なあ、学生さんは何でこのバイトしてるんだい。実家が貧乏で学費とか生活費に困ってるのかい」
「監督、オレのこともちゃんと呼んでくださいよ。真人っていう名前があるんですから」
「おっと、すまんすまん。で、金に困ってんのか?」
 びっしりとバイトのシフトを入れている真人のことを気遣ってのことだろうと好意的に捉えて弁当に箸を付けながら応えた。
「オレんち金持ちじゃないけど、仕送りしてもらってますよ。奨学金も受けてるしガツガツ炎天下にバイトしなくてもいいんすけどね」
 藤島は、少し不思議そうな顔をしてみたが、何か思いついたようにニヤッと笑って言った。
「金のかかる彼女でもいるのか?写真あるんだろ、見せろよ。真人くん」
 なまじっか外れてはない藤島の自己完結な予想に、諦めたように真人はスマホをタップして藤島の顔の前に差し出した。
「おっ、かわいいじゃないか。でも、これって・・・」
「あー、この子、配信サイトで活動してる子なんですよ。ボクは彼女の顔も声も知ってますが、向こうにとってはその他大勢のひとりだから」
「金はどうやって貢いでるんだ」
「配信のサイトで課金してアイテムを買って、配信中に投げるんですよ」
「俗に言うおひねりってヤツか?キャバクラの姉ちゃんの胸の谷間に、お札突っ込むのと一緒か?」
「監督、それは下心見え見えだから。配信サイトのアイテムは無償の愛で応援してるんですよ。こちらのことはアカウント名しかわからないし」
「真人は、それでいいのか。いくら貢いでも、デートもできやしないんだぜ」
 藤島は、真人の答えに納得出来なさそうに言った。
「う~ん。配信でしかつながらないけど、名前も覚えてくれてるしお互いのこと少しは理解もしてると思いたいんですよ。ボクは彼女をただ応援したいだけです」
「それって『推し活』ってやつなのか?」
「そうですね。さっき無償の愛って言いましたけど、やっぱり、彼女に覚えて欲しい、こっちを向いて欲しいって欲求はありますよ。サイトのイベントとかの時、イベント自体の順位も気にはなりますけど、個人のランキングも気になります。彼女への愛がそれで決まるってわけじゃないけど、目に見える愛のバロメーターですからね」
 真人は、自分の言っていることへの矛盾をわかっていた。キツいバイトで得たお金を無雑作に課金していく自分の危うさは何なのだろうと。彼女に優しい言葉をかけてもらいたい、彼女と話したい、彼女の一番になりたい。そんな自己承認欲求の数直線上を右往左往している自分が見えてげんなりしてしまう。
「まあ、自分の身を削って稼いだ金だから、オレがとやかく言う必要はないんだけどな。自分の人生でやらないといけないことと、やっちゃいけないことがある。やらないといけない事は『人生を楽しむこと』。やっちゃいけないことは『人生を後悔すること』だ。わかるよな」
 藤島はそう言うと、真人の肩に手をかけてポンポンと叩いて席を立った。真人も残りの弁当をかき込んで胃の中にお茶で流し込んだ。
「おやっさん、あんたはやっぱり『おやっさん』だな」

 真人は、相変わらず毎日のように配信サイトに足を運んでいた。自分のランキングをあげるためにアイテムは投げていた。しかし、どこか前のように盲目的にはなれず俯瞰して見ているもう一人のボクがいることもわかっていた。熱病は、いつか快方に向かう時が来るのだろうか。

「お~い、真人。最近バイトの日数が減ってるみたいだけど、体調でも悪いのか?」
「そんなことないですよ。監督」
「あっ聞いてくれよぉ。真人の教えてくれた配信サイトでいい子見つけたんだよ。オレの初恋の人にそっくりなんだ。カード使うと嫁さんにバレるからコンビニで課金してんだ」
 うれしそうにデレる藤島を見て、真人は心の中でつぶやいた。
「おやっさん・・・」
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