第1話

文字数 1,999文字

私の名前は藤崎唯(フジサキ・ユイ)。
仕事はバスガイドをしていて忙しい日々を送ってる。
だけど気になることが1つだけある。
それはバスがトンネルに入る度に弟の霊がバスの窓に映ってしまうこと。
弟が窓にはじめて映った時、私はとても動揺していた。
でも慣れたらいつもいるなと思えるようになっていた。
だけどなぜ弟の霊が出てくるのかは不明でその疑問にだけは慣れなかった。
「今日も弟君いたね。」

運転手の町田さんがそう言った。
町田さんには霊感があって唯一、弟のことを共有できる存在だ。
だから正直、町田さんの存在は心強い。
だって弟の霊が気になって仕事に集中できないなんて他の人に相談できないから。
きっと相談したら皆、言葉を失うに決まってる。
そして次の日もトンネルに入ったら弟の霊が窓に映る。
弟はただ笑って私に手をふってるだけ。
良い笑顔だねって弟に言ったら弟は何か言ってくれるのかなって思う時がある。
だけど今は仕事中だし、弟に話しかけられるわけがない。
もし話しかけたらお客さんにドン引きされるに決まってる。
何も映ってない窓に向かって言葉をかける気味の悪いバスガイドの烙印を押されるに決まってる。
だからしない。
でも私は弟に話しかけたい。
だけど弟はトンネルに入る時だけ窓に映るのみ。
それ以外は弟と会うことはできない。
弟がいることはわかってるのに話しかけられない。
そんなもどかしい気持ちを抱えながら私は仕事をしている。
それで私はまたため息をつく。
するとそんな私を見て町田さんは気分転換にゲームセンターに誘ってくれた。
車を運転するゲームを共に楽しんでいたら町田さんはやっぱり運転手なだけあって上手だなと思った。
だけど私はふいに弟のことを思い出す。
弟もそういえばこういう車を運転するゲームが好きだったなって。
私がまたため息をついたら町田さんはこう質問した。
「弟君のこと?」
「そうです。」
「弟君には負けるよ。妬けるね。」
町田さんが妬けるねと言った時、私は過去のことを思い出していた。
それは焼け焦げたバスのニュースのこと。
私は町田さんの言葉にある意味をよく考えないでそのことばかり思いだしていた。
それくらい当時の私は過去のことで頭がいっぱいだったんだと思う。
結局のところ、私は町田さんにそう言われて特に質問するでも返事をするでもなく、笑って流してしまった。
そして次の日、私はいつも通り仕事をしていた。
それで今日もトンネルに入ると弟が窓に映って笑顔で私を見てる。
話しかけたい衝動をグッとおさえ、仕事に徹する。
そうやって仕事に集中していく日々。
それでその日もいつも通りだと思っていた。
だけどその日は違った。
なぜならその日、お客さんからこう言われたから。
「トンネルに入ると男の子が窓に映ってる。気味が悪いから何とかして。」
「え?」
「知り合いにテレビに出るくらい有名で凄腕の霊媒師がいるから紹介しようか?」
お客さんから言われたクレームと突然持ち掛けられた霊媒師の紹介に一瞬、頭が真っ白になった。
だけどここで霊媒師の紹介を受け入れればもう二度と弟に会えない気がした。
本当ならクレームを解決するべき。
だけど私は弟と会えるトンネルでの日々をいつしか心の拠り所としていた。
「…どうしよう。」
その日の仕事終わり、深いため息をつく私に町田さんはこう言った。
「何か困り事?」
町田さんに理由を話すと町田さんは苦笑いを浮かべながらこう言った。
「藤崎さんのブラコンには負けたよ。」
その時にようやく私はブラコンだったんだと気づく。
そして私は町田さんに弟が校外学習のバス事故で亡くなったことを話した。
ニュースになるくらい大きな事故でトンネルの中で煙を吹いているバスが今でも鮮明に記憶に残っていることも話した。
町田さんはそんな私にこう言った。
「バス事故で弟さんを亡くしてるのにバスガイドになるなんて藤崎さんは度胸があるよね。」
「え?」
「ほら、バスに乗ってるだけでも弟さんのこと思い出しそうじゃん。僕だったら絶対、無理。」
「たしかにそう言われてみればそうですね。」
私って案外鈍感なんだってそこでようやく思えたりした。
もしかしたら私はあのバス事故の日から潜在的に弟のことをずっと考えていたのかもしれない。
そして無意識で弟のことを引きずっていてバスガイドになっていたのかもしれない。
それから次の日、バスがトンネルに入った時、弟はもう窓に映っていなかった。
きっとあれは弟に対する執着が窓に映ってたんだなと私はようやく気付いた。
そしてその日、あのクレームをしたお客さんにこう言われた。
「今日は窓に男の子映ってなかったわね。ホッとしたわ。」
「それは良かったです。」
私は微笑むお客さんに笑顔で返事をした。
本当は弟が窓に映らなくなったことを寂しく思っていた。
私は当分、ブラコンを卒業することはできそうにないだろうな。
きっとバスがトンネルに入る度に弟のことをしばらく探してしまうんだろうな。
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