第1話 消えるミライ

文字数 1,996文字

「あなたの彼を殺したの」
 ひっそりと、彼女はわたしに呟いた。
 皆には聞こえない声量で。
 グッとわたしに近づいて。
「ほら見て月宮(つくく)、そこの根元に埋めたのよ」
 そういって心來(みらい)は少し離れたところにある木を指さした。
 桜の木の下には死体が――とはいうけれど、心來が指したのは松の木で。
 刺々しい松の木。
 痛そうだけれどどこか神秘的でもある松の木。
 そんな木の下に……なんだって?
「……なにいってんの」
 確かに彼は学校を休んで十日になるけれど。
 連絡が途絶えて十日になるけれど。
「橋かけるぞ~集合~」
「は~い」
 わたしの手を取って駆け出す心來。
 暖かく、ほっそりしていて骨の感触が伝わる手だ。
 適度に湿っている森の土に脚が少しだけめり込んでこけてしまいそう。
「危ないよ、気をつけて」
 そんな風にいいながら心配顔。
 いや待って。
 わたしの彼を殺したなんていうあんたがどうしてわたしに優しくするの。どうして支えてくれているの。
「え? だって私を襲ってきたのは彼だし。
 月宮は悪くないでしょ」
 小さな川に辿りつき、皆と合流。
 学校行事で子供達の為に公園を造ることになった森の中。
 正直学生だけで造れるのかと思ってしまうが、意外と皆乗り気だったり。
 もう皆は切り出された木の板をどう川に架けるか思案中だ。
「襲った……」
 彼が、この子を。
「し」
 人差し指一本立てて、自分の口元に持っていく。
 皆に聞かれるよ、っていう意味だろう。
 ジェスチャーひとつすると心來は作業に。川の幅は二メートル程度だから橋は簡単に架けられた。すごく拙い見映え。けれど男子が数人乗ってジャンプしても壊れることなく。頑丈ではあるようだ。
「次ブランコ制作だって。懐かしいね。私もう五年以上乗ってないや」
 心來の言葉が入ってこない。いや正しくは入ってきてそのまま抜け落ちてるって感じ。
 彼。
 殺された。
 襲った。
 埋められた。
 これだけが頭に響き続けていて、体が少し震えている。
 だって心來、全然普通だから。
 普通に、笑うから……。
「月宮、今度はクライミングだよ。ロッククライミングの木製バージョン。
 それが終わったらログハウス造り。高校生に造らせるかねぇ」
 一つ造り終えるとまた別のを。
 全部で十種類のアトラクションと休憩用のログハウスを一つ。
 森を二か月で切り開いて、アトラクションを一か月で造って、ログハウスに三か月使う予定だ。
 今日でアトラクション制作はお終い。
 ああ、今まで楽しかったのにどうして……。
「ログハウス造る木材にね、あの松の木も使われるんだって。
 だからだよ」
 だから今の内に告っておこうと? 見つかる前に、不本意にわたしにバレる前に?
「うん」
 肯定の言葉。たった一言を、笑顔で。
「今日の作業終わったね。
 さ、テント戻ろう。疲れたよ」
 移動の最中、心來はずっとわたしの手を引いている。心來とはとっても仲が良い間柄だ。出逢ったのは高校に入ってからだけど、一年と少しで誰よりも仲良くなった。手を繋ぐなんていつものことだ。
 そう、いつものこと。
 なのにどうして、今、こんなに気持ちが悪い?
「ぐったり休んだら三十分後にふもとの温泉。それだけが救いだねぇ」



「あのね、彼に押し倒されて、近くにあった石で頭殴った時さ」
 温泉に浸かりながら。
 皆もそれぞれグループでかたまっていて、こちらの会話が聞こえてないみたい。
「なんかが『キレた』んだよ。ああ、血の赤ってこんなにどす黒くて鉄臭いんだって、すごく冷静に思ってた。
 でも気持ち悪くもあって、吐いちゃって。
 大変だったんだよ、彼を運んで埋めるのってさ」
 キレた。キレた。キレた。
 そうか。この子、この子は今、壊れてるんだ……。
 彼が……壊したのか……。
「……どうしたいの、心來?」
「え?」
「どうしてほしいの、わたしに」
「ん~。別に。
 彼が見つかって私が捕まる前に月宮には私からいっておきたかったの」
 そうして彼女はこう続ける。
「友達だからさ」
 そういうと温泉から二人で出て。
 温もったはずなのに体はすぐに冷えてしまった。
 まるで心と連動しているように。
 テントに戻って寝る間もわたしはずっと考えていた。
 彼は死んだ。死んだ。死んだのだ。
 実感がわかなかった。
 けれど死んだのだろう。隣で眠る心來が殴って殺したのだろう。
 ああ……ぐちゃぐちゃする……。



 数日が経って悲鳴が上がった。
 彼が見つかったからだ。
 心來は下山し、素直に警察のところに行った。



 わたしは彼を失い、親友を失ったのだ。
 (ひと)り、か……独りってやつだ。
 他に友達いないし。家族はいるけど遠いから寮暮らしだし。
 皆わたしを慰めてくれたし、励ましてくれたけれど、その言葉が頭に留まることはなく。
 以来わたしは定期的に心來に会いに行っている。まだ繋がっていられるかなって、縋りついている。



 お願い心來……わたしを独りにしないで……。
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