第1話

文字数 627文字

 ある部位の欠如                   

 高校のとき、数学のテストを返される際に、はい、おまんじゅう、と言われた。おまんじゅうとは、つまり0点のことである。0点というものを初めてとった私は愕然とした。
 補習を受けることになった。おまんじゅうをとったのはクラスで私一人だったらしく、放課後の教室に残ったのは私だけであった。
 少し禿げかかった、今考えると50代後半とおぼしき数学教師が、机をくっつけると私の横に座った。説明されたが、まったく分からなかった。ちんぷんかんぷんとはまさにこのことである。
「どうして分からないの?」
教師は、私に向かって小さくちぎった消しゴムを投げた。補習中ずっと、教師はふざけているようなはしゃいでいるような妙なテンションだった。
急に窓から一筋の西日が入ってきた。息を吹き返したように教室が明るくなった。隣に座った教師が、私の顔を見ている。
視点が突然、ぐるんと変わった。教師の目を通して、私は自分を眺めていた。かすかにオレンジがかった白っぽい強い光が、私の片側の頬だけを丸く照らしている。びっしりと生えた透明なうぶ毛が、桃の表面にそっくりだ。
 放課後の教室。西日。頬に生えたうぶ毛。リラックスした笑みを浮かべている教師。なぜだか今でもはっきりと覚えている。
 補習を終わらすために、私は分かったふりをした。おそらく私には、数学に関する脳の部位がないのだろう。始めからないのだから、いくら教えられても無駄というものである。
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