四つ角シスターズ

文字数 3,054文字

 私たち四つ角シスターズは、年に一度こうして集まって、近況報告を兼ねた食事会を開催している。場所はいつも決まって同じ店だ。怜の両親が営んでいる洋食屋で、予約をしなくても奥の個室を開けておいてくれる。私たちが揃って顔を出すと、怜のお母さんは「本当にありがとうね」と頭を下げる。
「いえ、そんな、お礼を言われるようなことじゃありませんから」
 私自身、梅雨の手前のこの時期に、地元に帰って旧友たちとお喋りするのを楽しみにしているのだ。
「じゃあ、先に注文済ませちゃおうか」
 怜のお父さんがつくるオムライスは絶品で、私は決まってそれを頼む。双葉はハヤシライスがお気に入りで、美都香はダイエット中なのでコーヒーとサラダだけでいいと言う。
 同じ町内の四つ角の家にそれぞれ生まれた私たちは、保育園から小中高と同じ学校に通い、私と双葉が大学進学を機に引っ越すまで、いつも三人で行動していた。
「じゃあ、まず瞳の話から聞こうか」
 年に一度、集まって話すのは、怜のことだ。
 怜は四つ角の最後のひとつ、一番大きな家に生まれた男の子で、ずっと私たちの憧れであり続けた。私たち四つ角シスターズは、親友であると同時に一人の男の子を取り合った仲でもある。
 その歪な関係性は、高校三年の夏に決着がつくまで続いた。
「この前、水族館に行ったの」
 私が怜とのデートプランを話すと、双葉は「子供のデートみたい」と茶々をいれてくる。
「別にいいでしょ」
 例と一緒にどこに行きたいと願うのも、全て私の自由だ。怜が拒むことはないし、必ず満足させてくれる。毎年の催しなのに、双葉は私が楽しく怜と過ごしたことが気にくわないのだ。彼女は小学生のころから嫉妬深い性格だった。「うらやましい」が口癖で、すぐに人のものがほしくなる。
「それで、怜は?」
 美都香が身を乗り出して怜の話を聞きたがる。
「クラゲが有名な水族館でね。怜ってば夢中になってクラゲを見てて、私が話しかけても全然返事してくれないの」
 目を閉じてその光景を思い浮かべる。薄暗い水族館の中で、怜だけが光り輝いているように見える。クラゲと一緒に怜も浮かんでいるみたいだ。
「綺麗だったのはクラゲ? それとも怜?」
 美都香がからかうような相づちを打つ。青いライトの照らされる怜の端正な顔立ちを想像しながら「どっちかなあ」と答える。
「えー、クラゲなんて気持ち悪い」
 双葉がまた余計なことを言う。
「知らないの? 半透明のクラゲ」
「ふうん」
 双葉に何を言っても無駄だ。思い出にケチをつけられる前に、早めにバトンを渡してしまう方がいい。
「じゃあ、次は双葉」
「私が今年、怜と行ったのは……温泉」
「なんだ、ババくさい」
 さっき子供っぽいと言われたお返しだ。
「大人のデートって言ってよ」
「泊まり?」
 美都香の質問に、双葉は恥ずかしそうに頷く。
「すっごくいい旅館を予約したの。ネットだとだめで、わざわざ電話して泊まらせてくれって説得したんだから」
「じゃあ料金って二人分、双葉が払ったの?」
「もちろん」
 私の水族館デートに比べてかなり気合いが入っている。
「本当は部屋風呂で混浴もしたかったんだけど、そっちの部屋は人気で予約が取れなくて……しかたなく、お風呂は別々」
 大浴場が豪華だったらからむしろ良かったかも、と双葉が嬉しそうに話す。こうして自分の話をしているときは、すごく可愛らしく見える。
「それで?」
「うん。ごはんもすっごく美味しくてね、三つ星ホテルで修行したシェフがいるんだって」
「双葉の話はいいから、怜の話を聞かせてよ」
 性格も容姿もバラバラの私たちは、怜の存在によって繋がっている。
「怜はね……」
 双葉が口ごもり、俯いてしまった。
「ちょっと、やめてよ」
 美都香が双葉の背中に手をあてる。
「怜も、すっごく美味しいって喜んでくれて」
 うんうん、と美都香が何度も頷く。
「怜は痩せててスタイルがいいから、旅館の浴衣もよく似合うのよ」
 まるで自分のもののような口ぶりで、双葉は怜を誇らしげに褒める。
「お風呂あがりにさ、窓際の椅子に座ってうちわで顔をあおぐんだけど、浴衣がずれて汗ばんだ首元が見えるの」
 私たちが怜を想うとき、正面よりも横顔の印象が強い。だって彼は横顔が誰よりも綺麗だった。すっと通った鼻筋と、憂いを帯びて湿った目は、どんな俳優やアイドルよりも強烈な魅力を放ち、私たちを惹きつけた。
「ねえ、泊まりってことは、やっぱり一緒に寝たの?」
 美都香が爆弾発言をぶっこんだ。私は精一杯驚いたふりをする。でも、旅館に行ったと聞いたときから、私も気になってたまらなかったので、内心ではよくぞ聞いたと喝采をあげていた。
「やだ、聞かないでよ、そんなこと」
「ほら、怜とのことは、全部言うってルールでしょ」
 怜の話になると、あのキツい性格の双葉が、すっかり少女のようになってしまう。ライバルの私ですらかわいいと思ってしまうのだから、男にとっては強烈な魅力に感じられるだろう。
「思い出はひとりじめしないって約束じゃない」
「でも、特別だもん」
 こうなると、双葉は聞かない。とはいえ、あまり具体的な話を聞かされても、オムライスが喉を通らなくなりそうなので、それ以上追求はしなかった。
「次はだめだからね」
 言えないことは、最初からしないこと、と厳重注意で済ませてあげた。私はこっそり、怜と過ごす夜のことを考えた。怜の肌はいつもひんやりしている。こちらが不安になるくらい薄い胸と、長くて細い腕に抱かれたのなら、どんな感触がするのだろう。
 怜と双葉が過ごした夜を想像すると、頭の奥が熱を持ち、嫉妬で目の色が変わりそうになった。
「瞳? どうしたの、大丈夫?」
「うん、大丈夫、何でもない」
 精一杯の笑顔で答える。何を考えていたか、双葉にだけは絶対に知られたくない。
「じゃあ、最後は美都香」
「私はね、別に、いつも通りだったかな」
 車で少し行ったところのショッピングモールを回って、ちょっとだけいい食材を買って、家で晩ご飯を食べる。日常のようなデートを楽しんだのだという。
「あんなに派手好きだった美都香が、どうしちゃのかしらね」
 自分の番が終わると、途端に元気を取り戻した双葉が、茶々をいれる。
「美都香、結婚したんだっけ?」
「うん」
 二十代前半の美都香はすごかった。毎晩のように遊び歩いて、次々と違う男を連れ込んで、愛したり憎んだり、いつかは顔にアザをつくって現れたこともあった。私と双葉は、知らない文化の話をたくさん聞かされた。社長、スポーツ選手、芸術家、ヒッピー、お笑い芸人、ラッパー、様々な相手と派手に遊んだ自慢話も、「怜より好きになれる人はいない」という言葉と涙で締めくくられるのだ。
「怜と過ごすときも、昔みたいに派手に遊べばいいのに」
「違うの。怜と一緒に三十歳になったいたら、どんな暮らしをしてたかなって、それを考えるのが幸せなの」
 私たち四つ角シスターズは、いつの間にか三十歳になってしまったけれど、年をとらない怜は、いつまでも若いままだ。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
 長話をしているうちに、目の前の皿は空になった。
 怜が誰を選ぶのか、それとも私たちじゃない人を選んだのか、その答えは永遠にわからない。怜が事故に遭って、意識を失うまでのわずか七分の間、彼は誰の名前も言わなかったそうだ。
 だから私たちは一年に一度集まって、自分が怜に選ばれたら訪れていたであろう未来について話すのだ。四つ角シスターズの、怜を巡る争いは終わらない。
 ずっと怜に、恋してる。
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