第1話 愛

文字数 2,000文字


『愛してるよ。』



『私も。誰より1番...ね。』



そういった瞬間
彼は顔を覗き込むと目を丸くして
ふっ...と笑った。


時計に目をやると
〝16:45〟
このまま、時間止まればいいのに。


シーンと静まり返るベッドルームに
響き渡る喘ぎ声と別に
彼の着信音が鳴り止まないのが
ずっと気になっていた。




『ねえ、さっきから携帯鳴ってるよ?』




『あー。』
彼は携帯を手に取ると画面を見る。


〝あやか〟


『いいよ...』
携帯を伏せて、私を抱きしめる。



昨日の夜は〝りか〟
昨日の朝は〝ありさ〟
一昨日は〝なみ〟

彼は一体何人女がいるのだろうか...。
呆れる...。

呆れても、一緒にいるのは私なのだけど。


暴力癖があっても
女と寝てる事を分かっていても
何度喧嘩しようが、傷付けられようが、放置されようが
〝一番、好きだよ〟の一言で
結局許してしまう。





彼とSEXをするたびに
嬉しさが溢れると同時に 
それを遥かに超えてくる悲しみが押し寄せて
SEX中は、いつも涙が滲んでくる。


この腕は、誰かを抱いたの?
この唇は、誰かに好きと言ったの?
この身体は、誰と重ね合ったの?




私の手の中に入ってるようで
まるで掴めていない。

彼が、私だけのものになる事なんて
きっと〝一生ない。〟




この寂しさを私も〝他〟で埋める。
まあ、埋まることなんて一生無いんだけど。


『...もう行かなきゃ...仕事。』


『時間?がんばってねぇ〜♡
あ、帰り煙草買ってきてほしい。』


『あれ?今日は家にいるの?珍しいじゃん』


『うん。家にいる!待ってるね。』


『おっけ〜まだお金ある?』


『あっ!少しほしいかも!』 


私は、仕事バッグを手に取ると
財布を出しテーブルの上に5万円を置いた。


『ありがとう〜りおちゃん♡』


『それ、源氏名だし。』

そういうと私は家のドアを開ける。
夕日が眩しく目が開けれないほどだ。

私の家は繁華街近くにあるので
お店まで歩いてすぐだ。


『お疲れ様です〜!りおさん』

『お疲れ様です!もう予約入ってますか?』

『少し時間空くんだけど、今さっき電話入って、20分くらい待てるかな?ごめんね!』

『了解です!』


そういうと、私は待機所に向かう。
誰もいない...。
この時間みんな忙しく
待機してる女の子はほとんどいない。


仕事の時は、彼の事を少し忘れられるから
この時間が好きだった。

彼が嫌いなわけでもない。
愛しすぎて、気が狂いそうなくらい愛してた。


でも、思い出したり、彼の事を思うと
悲しさと虚しさで胸が張り裂けそうになった。


だから、忘れたかった。
あくまでも、忘れようとせずに
自然な流れで忘れてしまっていた
という環境を作りたかった。


『りおちゃん〜いこっか〜!』

『はーい!』

そういうと、ドライバーさんについていく。
駐車場にいくと、車の後部座席に乗り込む。

『では、出発しますね〜!
駅前のホテル、60分。本指名様ですね。
今日は混んでないから、8分くらいかなあー。』


ぼーっと窓の外を見ているとすぐに到着した。
この時間が結構好きだ。


『ここの505号室ね』 

『はーい!いってきます!』


ホテルに着くと、受話器を取る。

〝505号室に入ります。〟

〝どうぞー〟

エレベーターに乗り込み⑤のボタンを押す。
エレベーターが開くとすぐ目の前の部屋だった。


(コンコン)
すぐにドアが開いた。


『りおちゃん!!まってたよ〜』

佐藤さんだ。

サラリーマンで、仕事が終わった夕方に
よく呼んでくれる。
優しくて、紳士な本指名様だ。


お店に電話して、シャワーを浴びる。
本指名様が相手だと、顔見知りな事もあり
シャワーもお話も恋人や友達みたいな感覚で
すごく気が楽だ。

ベッドに入ると
いつも同じ事を言ってくれる。

『ねえ、りおちゃん好きだよ。』

『ありがとう』
私はニコっと笑った。

佐藤さんは私を強く、そして優しく抱きしめる。


彼の事をふと思い出す。


下手すると、佐藤さんの方が
彼より、心がこもっているかもしれないし
純粋な気持ちなのかもしれない。




〝え、風俗してるの?
嫌じゃないの?おじさん。笑〟


友人から言われた一言。


〝嫌だけど、お金の為だよー。笑〟


そう答えた。

本当は、そんな理由じゃない。




ただ、寂しかった。
彼から愛されても、愛が愛だと感じなくて
虚しくて寂しくて
私には彼の愛は、軽すぎた。

そして
私の愛が重すぎた。


温もりや愛が欲しかった。


普通に愛された事がなかった。
小さい時から、いつも一人ぼっちだった。


ただ、ただ
愛が欲しかっただけ。



仕事で癒されても
何度好きと言われても
埋まるどころか
心の溝や虚しさが深まるばかりだった。


そんなのわかってるのに。
なんか疲れたなあ...

私を、私だけを
愛してくれる人なんているのかな。






『ただいま〜』

玄関を見ると彼の靴は無い。

またか...
今日は家にいるっていったじゃん...
こうなると一週間くらい帰ってこない。



振り回されてばかりだ。


私が彼の手を離せば
彼は〝誰か〟の手を繋ぐだろう。


自ら彼に振り回されているのは

私の方だ。



私はため息をつくと
買ってきた煙草の入った袋を
ゴミ箱に捨てた。

〈完結〉
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