第1話

文字数 1,608文字

職業に貴賤なし。
昔の人は確かにそう言った。
本当はそうあるべきなのだろう。しかし、現実はそうではない。だからこそ営業は花形なんて言葉があるのだ。

どんな職場でも似たようなものだろうが、結局のところ儲けに直結する仕事が一番力を持つものだ。

それは、私の勤務先である病院という場所でも同じだった。

病院で働く人というと、多くの人が医師を覗けば、看護師を思い浮かべるだろう。最近では、診療放射線技師や薬剤師を扱うドラマもあってか、彼らの境遇が知られることも増えてきたため、その名を上げる人もいるだろう。

縁の下の力持ち。
医師の指示のもと働き、時に蔑ろにされる。

病院では、医師は絶対の存在だ。
医療ドラマでは、事務方が医師をいいように扱うシーンもあるが、現実にそんなことしたら、医師はその病院から撤退してしまうだろう。病院は、大学の医局から医師を派遣してもらっている立場なのだ。直接雇用していれば強く出ることもできるだろうが、個人病院でもなければ、難しいだろう。
そして、そんな医師の下働く彼らにとって、蔑ろにできる存在が、事務職員だ。私の立ち位置でもある。

診療行為に携わる彼らからすれば、こんな思いがあるのだろう。

お前たちの仕事は、収益に直結しない。
俺達が稼いでやっている。

私の先輩は、そんなことを言われたらしい。
実際、明らかに格下に見てくる者もいる。
まあ、向こうは国家資格で、こっちの持っているものと言えば、診療情報管理士だとか、秘書技能検定くらいなのだから、格が違うと言えば確かにそうなのかもしれない。患者さんに対する彼らの医療行為が病院の収入になるが、私たちがどれだけ患者さんと接したところで、一円にもならないのが事実である。
 そんな手に職をつけたともいう彼らだからこそ、抱く自負があるようだ。

俺たちはこの病院じゃなくても働ける。
だけど、資格も何も持たないお前たちは、ここを終われる立場になると困るんじゃないのか。だから、黙って俺たち医療職の言うことを聞いておけ。

病院の労働組合で、ちょっと意見を言っただけなのに、そんな風に言われたこともある。確かに確固たる資格を持たない私たちは、彼らよりも転職は難しい部分はあると思う。そして、そんな私たちがしている仕事なんて、彼らからしたら格下の仕事なのかもしれない。職業は貴賤があり、その仕事内容にも貴賤があると、彼らは言いたいのかもしれない。
そんな彼らに、私はこう言ってみたい。

じゃあ、あんたがお勘定計算しますか?
じゃあ、あんたが給与振り込みの手続きしますか?
じゃあ、あんたが採用試験の手配しますか?
じゃあ、あんたが備品発注やら業者選定しますか?
やれるんだよな?金稼ぐより楽なんだろ?

勿論、絶対に口に出したりはしないけれど。

唯一救いがあるとすれば、私にそう言った人は、職員の中でも浮いた存在になっていることだろうか。そんな人と同じ次元に落ちる必要はない。
ただ、他の職員も、事務職員に対して、全くそう思っていないわけではないだろう。それは仕方がないことだ。思うだけなら自由だと私は考えている。皆が仲良くなんて幻想だ。ウマが合わない人間はどうしたっているものだ。生まれも、立場も違う人ばかりなのだから。
患者さんのためにという思いさえ一致してれば、それ以上は求める必要もない。

だから私は、ぶつけるところがないかわいそうな人だと思うことにした。そして、彼らが私たちのような事務職員に苛立ちをぶつけることで、患者さんへの対応が少しでも穏やかなものになるのなら、病院に好感を持ってもらえるのなら、文字通り儲けものだと考えることにしている。
彼らから見たら次元の低い仕事かもしれない、直接的に患者さんに寄り添う仕事ではないかもしれない。それでも、私たち事務職員の仕事は、病院のために必要な仕事には違いないのだから。
縁の下の力持ちのその更に下にいて、彼らを支えることが私たちのすべきことだと思っているから。
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