第1話

文字数 1,999文字

空に浮かぶ真ん丸の満月。
時刻はもうすぐ二十一時、連日続く残業で帰りはいつも遅かった。
灯りのついた家から聞こえてくる複数人の笑い声。
家族との時間を楽しく過ごしているのだろう。
俺にも、待ってくれている家族がいる。
住んでいるマンションに到着し、玄関を開けると、パタパタと足音を立てながらやってきた。
「おかえり(じゅん)、今日もお疲れ!」
出迎えてくれたのは、宇宙ペンギンのペン。
俺達人間は、宇宙ペンギン達と共存している。
ペン達は別の惑星で暮らしていたが、隕石が衝突して無くなったそうだ。
宇宙船が辿り着いた所が地球で、人間と和解し一緒に暮らすことになったという。
ペンは俺が産まれる前から実家で暮らしていて、俺の世話をしてくれたらしい。
社会人になった俺は一人暮らしをする為に家を出た時、ペンも一緒についてきた。
正直、一人では心細かったので有難い。
「そういえば、荷物が届いてたよ」
ペンは真横にある段ボールをポンポンと叩く。
ネットで注文していた飲料水が今日届いたそうだ。
「そこに置いとく?」
「ああ、頼む」
そことは物置代わりにしている空き部屋のこと。
「よいしょっと」
宇宙ペンギン達の特技は念力とテレパシー。
ペンは両翼を段ボールに向け、念力で宙に浮かせて空き部屋へ運ぶ。
最高百キロの物を持ち上げれるらしいが、両翼がプルプル震えているのがいつも気になる。
置き終えると、俺達は遅めの晩御飯を食べることにした。
ペンが作る料理は魚料理が多い。
ペンの好物は魚とバニラアイス。
地球のペンギンとは違い、人間の食べ物を食べる。
「純、大事な話があるんだ」
晩御飯を終え、リビングで寛いでいると話しかけられた。
ただごとではないと感じ、姿勢を直してペンに向き合う。
「実は新しい惑星が見つかって、そこに移住することになったんだ」
別れという文字が浮かんだが、すぐに消す。
「そうなのか。このまま地球に居ればいいのに」
「元々、新しい惑星が見つかったら地球から出ていくって決まってたんだ。見つかるまでに時間が掛かりすぎて、地球に愛着が湧いちゃったよ」
ペンは苦笑いしながら言った。
俺だって何年も一緒にいるペンに、すごく愛着が湧いている。
「出発は一週間後。本当は結構前から言われてたけど、なかなか言えなくて……」
「そうか……」
しばらく沈黙が流れる。
突然の別れを告げられて寂しいけど、暗い顔をしたら駄目だよな。
「ペン、新しい惑星が見つかってよかったな!どんな惑星か気になるから、いつか招待してくれよ!」
「純……。うん、分かった」
次の日から仕事は定時で終わらせてもらい、ペンと一緒に過ごす時間が増やした。
今更特別な思い出作りなんて俺達には似合わなかったので、普段通りに過ごす。
でもやっぱり何かしてやりたくて、ペンの好物の魚とバニラアイスをいつもの物より高めの物を買った。
「純、これめっちゃ美味しいよ!」
ペンがすごく喜んでくれて、俺は嬉しかった。

一週間後、遂に別れの時が来た。
「純、今までありがとう。またね」
「ああ。ペン、またな」
また会う日が必ず来るから、さよならは言わない。
ペンが玄関を開けると、緊急速報アラームが町内に鳴り響く。
観測していた巨体隕石の軌道が変わり、地球に衝突する……らしい。
突然のことで、住民達は外に飛び出していた。
空を見上げると、何かが落ちてくる。
あれが……隕石なのか。
このまま衝突するのを待つしかないのか?
「地球を救わなきゃ!」
ペンは両翼を隕石に向け、念力で押し返そうとしている。
両翼はプルプルと震えていた。
いくらなんでもペンだけの念力じゃ無理だ。
「皆!聞こえてるか!皆で隕石を押し返すんだ!」
ペンは大声で隕石に向かって言った。
テレパシーを通じて仲間達に言っているのだろう。
すると、町の色んな所から次々とペンギンが姿を現す。
ペンと同じように両翼を隕石に向ける。
SNSの情報によると、世界各地で無数の宇宙ペンギン達が隕石を押し返そうとしているらしい。
落ちてくる隕石の動きが……止まった。
「うおおおりゃあああ!」
ペンの叫び声と共に、隕石は空高く飛んでいった。
どうやら、地球は助かったらしい。
「やったな!ペン!」
「地球は第二の故郷だから、守りたかったんだ」
「ありがとう……ペン」
思わずペンを抱きしめる。
ペンは照れながら「ペャー」と小さい声で鳴いた。
「ん?え?そうなのか……分かった」
突然ペンが困惑した声を出す。
「ペン、何かあったのか?」
「さっきの隕石が新しい惑星に衝突したって仲間から連絡が来た」
「えっ」
「だから地球に居ていいだってさ!」
ペンは口を大きく開け、嬉しそうに言った。
ホッとした気持ちと、嬉しい気持ちが沸き上がり、さっきより強くペンを抱きしめる。
「これからもよろしくな、ペン」
「こちらこそよろしく、純」
人間と宇宙ペンギンの共存はこれからも続く。
でも、いつかまた突然の別れが来るかもしれない。
これからの日々を、今以上に大切にしようと心に誓った。
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