第1話

文字数 2,894文字

日本はコロナ禍を最初に脱出出来た


【エッセイ賞】
 現在コロナ禍が世界を覆っている。
 
 右往左往、対策だ、対策だ、感染数が上昇一方だ、病床数が足りない、患者をもうこれ以上受け入れられない‥‥
 とにかく大騒ぎである。
 既にパンデミックを宣言されて一年以上が経過したが、このウイルスは以前にも増して猛威をふるっている。
 呼吸器に取りつくという急所狙い、しかも異常に感染力の強いこのウイルスをシャットアウトする事は不可能に近い。
ただ一つの解決策はワクチン接種であろう。ただワクチン製造には限りがある。時間との戦いになる。
 ワクチンを製造している国がまず生き残る。
 その他の国はそのおこぼれを頂戴するわけだが、その順位によって死活が決まる。
 それについて思い出されるのが、十年足らず前のわが国の医薬製造業界の置かれていた状況である。その頃の体勢を維持出来ていたなら、恐らく日本は世界で一番早く、もしそうでなくとも三番以内にはワクチンを独自開発し国内生産できていたと思われる。
 当時わが国は、先端技術が次々と、追って来る者達に渡されて地盤沈下してゆく斜陽化にあった。先端産業の主力でありお家芸であったエレクトロニクス技術を、諦めと無気力さを伴いつつ失い、ライジング・サンとして上った坂をその頂上から加速を増しつつ転げ落ちて行く状況にあった。
 しかし、世界に誇るお家芸であるエレクトロニクスは失ったが、なお、それ以上の確かさで、世界のトップグループに残っていた先端産業がただ一つあった。
 それが医薬製造業界である。
 この業界こそ、エレクトロニクス以上に、神が日本に与えた、国の相性、国民の相性にあった最高の生業であった。
 ノーベル賞の受賞者を見ても分かる通り、この分野で日本は世界で一二を争う受賞者を出している。ノーベル化学賞、ノーベル生理医学賞など、世界のどの国にも負けない、いやダントツのノーベル賞受賞国のアメリカに対してすらこの分野ではほぼ互角だった。
 ただ産業として存続繁栄して行くには問題があった。巨大な、しかも持続的な資本投下を必要とされる産業であったからである。しかもその傾向が年々進行して行く事に日本の危機があった。新薬開発という、ダイヤモンドの鉱床や高純度の金鉱床を発見するより難しい新薬開発成功、その莫大なリスクと気も遠くなる、一万件試行錯誤のプロジェクトを行って一件だけが実りをもたらすそのような大ばくちを許容してくれる超巨大資本もしくは理解ある国家の支援が必要であった。世界の最先端の医薬開発をめざす企業はそのような運命を背負わされていた。
 アメリカや台頭して来る中国、超巨大な資本をもつこのふたつの国があり、それとは別に、新薬の開発という、宇宙探検事業にも劣らない重要な試みに、それを深く理解している英仏独の知識階級による、自国の研究機関・業者らに対するバックアップが存在したが、それらに対し、日本の上層部・経済重鎮達の頭脳は、新薬開発の我が国における重要性の認識において無関心か無知であった。
 そしてこのころ、日本においてαというガン特効新薬が開発されるという事が起こった。久々の、日本における大型開発新薬の誕生であった。患者たち、その家族、医療関係者、そして少なからぬ一般国民が、その大型ガン新特効薬の開発成功を喜んだのである。
 一方‥‥
 日本の、医療現場の風景は凄まじい光景を呈していた。
 国民皆保険制度が絶頂に花開き、それが、国家を転覆する寸前に至っていた。
 患者はタダ水の水道の蛇口を捻るように国民皆保険制度を利用し、捻った蛇口を戻すのもおっくうとそのまま放置し、医者は医者で患者を利用し保健制度から毟れるだけ毟りとろうとした。当然膨大な医療費の尻拭いが国家に押し付けられ、それは国家の年間予算とついには肩を並べることまでが予想された。
 もはやこのままでは保険制度と国家の破綻はあきらかであった。
 座して死を待つ事は出来ない。
 政府は風よけとして諮問委員会なるものを立ち上げた。そしてその蔭に隠れて様子を伺った。
 諮問委員会は、決壊する防波堤を死守するために満々と膨れ上がった水をもはやいかなる事があっても、たとえ一滴なりとも増やさない事に決めた。
 そして‥‥
 不幸にも、その一滴も増やしてはならない対象として、巨大開発新薬αが俎上に上ったのである。まことに折り悪しいという他なかった。
 彼等は、このαは、宝くじに例えれば、百万本に一本の当選確率しかない運命の中で生まれた企業の生死を担う超稀少な成果と知りつつ、その、奇跡的に得られた果実に対して、死刑もしくは終身刑に対すると同じ判決を与えたのだった。即ち薬価を、平凡な既存薬の僅か上位にしか置かない措置を取ったのだった。決壊する堤を崩壊させないためのやむを得ない措置と彼等は考えたが、これは日本の、新薬開発を志す者達に取って致命的であった。業界全体が死刑宣告を受けたと同じであり、彼等は今日よりはすっぱり退場し、以後、開発は他国に任せ、他国が開発した薬の販売店として、生きのびて行くしか無い事を知らされたのだった。
 この、日本が決して失ってはならない、また地球の未来にとっても大きな損失である、日本の新薬開発事業を、失わせないですませる事態はなぜ起こらなかったのか。日本が沈没するほどの皆保険制度の濫費による赤字を抑制改善しつつ、新薬開発事業がいかに重要な事か、それを強く訴える、先を読める洞察力と説得の強い意志を持った頭脳、それは英米仏独には多彩に存在したとおもわれるが、日本のトップ層には存在しなかった、そういう不幸があった。愚痴だが、もし開発新薬αにどれだけの経済的報償を与えるか問われた場面で、A首相が、新薬開発事業の、我が国および全人類に対する重要性を説いて、当面皆保険制度の維持費を膨らませる事にはなるかも知れないが、αが成功をおさめるまでに必要とした膨大な併行実験等における出費をまかない、今後もまたあらたな開発事業に向けて勇躍出来る様な対価を与えてやろうではないか、そう熱心に力説したならば、製薬の自国開発力を持つ事が、皆保険存立の危機にあっても決して失ってはならない重要な国家国民的重要事である事を国民は理解しA首相の説得は成功を納め、日本の素晴らしい医薬業界は勇躍存続したであろう。そして、おそらく、今回のコロナ騒動に関し、世界一番乗りで、あるいは三番目辺りだが最も質の良いワクチン開発に成功し、国民一人当たり三度四度とワクチンも済み、去って行ったインフルエンザの一種としてコロナウイルスの事を懐かしみ、オリンピックを待ち遠しい思いで待っている、そういう状況になっていたのではないかと思われる。いや、既に一年前にスムーズにオリンピックは開催され終わっていたかも知れない。それともやはり、他国の事情から開催一年延期となり、目前に迫ったオリンピックを楽しみに待っている、そういう有様が展開していた
、そう思われるのである。 (終)
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