第1話

文字数 1,005文字

そろそろ眠りにつこうと思っていたら、着信。お、久しぶりに幼なじみのてっちゃんだ。
「今日の月、見た?とにかく、見てみろよ」
と興奮気味の声。
「ちょっと待って」
と窓を開けるが、街中で切り取られた空はかなり狭く、見えるのは電線とそこに、音符のようにひっかかって見える星が数個。それもうっすら。
「星がぼんやり見えるけど、月は見えないわー」
「そうか、残念。めっちゃ綺麗なのに」
「どんな?」
「アルファベットのCの逆向きで。ガラス細工みたいでパキッと折れそうやけど、でも案外、剣(つるぎ)のように強かったりしそう」
え?柄にもなくロマンチストなこと言うのね、とからかいかけてやめた。やめてよかった。
てっちゃん自身、思わず口にした言葉に焦ったようで
「いやぁ、つまようじ代わりに使うと便利そう。あ、たこ焼き食うのに、いいかも」
と慌てて続けた。
「そっか、三日月なんだね」
「三日月より細い。二日月(ふつかづき)らしいぞ」
「そんな呼び方あるの?」
「お前、理科で習ったの覚えてないか?新月の次のやつ」
なんだか今日のてっちゃんは、いつもと違う?
「これから月は、どんどんデブに、まんまるになっていくぞ。お前みたいに」
あ、いつものてっちゃんだ。
「今、どこで月見をしてると思う?あの海だぞ。林間学校で行った、あの海岸」
高校時代の懐かしい記憶が蘇る。
肝試しで、てっちゃんとペアになった。海岸沿いの小さな墓地を一周して帰るコース、月明かりにぼんやり光る墓石が怖くて、てっちゃんの体操服の裾をひっぱって歩いていたら、さりげなく手をつないでくれたのが、まるで昨日のことのよう。頬と掌がじんわり熱くなる。
「今、海岸、貸し切り状態。月も独り占め」
「いいなぁ」
「なぁ、満月になる夜、また来るつもりだけど、お前もどう?」
「あの海、遠いよね。どうやって行ったの?」
「バイク」
あ、てっちゃんのトレードマークの赤い原付ね。
「私の自転車じゃ、1日かかるよ」
「いや、方向音痴なお前ならもっとかかる。また二日月になるぞ」
ふたりでひとしきり笑ったあと、
「なんなら、乗せてやってもいいぞ、後ろ」
とぶっきらぼうな言い方。
「二人乗り無理でしょ?」
「実は、ずっと欲しかったでかいやつ、買った」
そう言って、もう一度
「乗せてやってもいいぞ」
と言った後、
「間違うなよ、デートとか違うぞ。月見、だぞ」
と念押しされた。
「うん。ついでにまた、肝試ししたいな」
と言う私の頬と掌は、ますます熱くなった。





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