第1話

文字数 1,064文字



茜色の街


 目覚めると、部屋は茜色だった。五畳半。散乱した机の上に夕日が差し込んで、小さなゴーストタウンのようになっている。ベッドの上もまた散乱して、よくもまあ、この間を縫って横になれたものだと思う。腰に、リモコンを踏んだ硬さを感じる。まったく、いつの間に寝落ちてしまったんだったか。輪郭のぼけた頭で時計を探した。6時20分。夕方。洗濯物の、つぶしてしまった袖を奥にどけて起き上がる。両足の間には、食べかけのラーメンスープ。持ち上げて、丼ぶりごと机の上に押し込む。よくもまあ、と思う。遠くで、自転車の鈴の音。僕はとっさに、自暴自棄な大声をあげる。
 信じられないだろうと思う。僕にも人間性があるのだ。わかるかな? 普通わからないだろうな。いつも、喋らせずに見ていればいつまでも喋らず、何か一人遊びしているし、喋らせてみれば通じているようで通じていない。よくわからないことを必死に言っている。どうかな。見下すとかというよりも、飼育動物を見ているようなんじゃないかな? 嫌ってはいないけど、対等な仲間にするという発想はない。いい子だとは思うけど、人生を共有したいとは思わない。僕はそういうのじゃなかろうか。覚えてる? 僕、先生にだけはよく褒められたものだった。そう、先生にだけ気に入られるようなタイプ。程度の差こそあれ反抗期盛りだったみんなと違って、僕は素直なペットだったろうと思う。あのときは、まだ見た目にも可愛げがあった。
 今、どうしているかというと、まあこのとおり。僕には、実は自我があるのでめちゃめちゃ悔しいのだが、みんなの正解だったわけだ。みんなが僕に向ける目は、あれは何なんだろうね、煽ってるのかな? みんなは僕が何を考えているのか、よくわからないだろう、というか、僕に脳みそがあることを知らないだろう。ただ、可哀想なヤツだから、可哀想なヤツ用の親切を使ってくれている、というだけだろうな。僕は無能で、僕が、みんなのためにできる一番のことは、最初から何もしないでいることだ。大学だけど、単位は全部落ちた。その表示画面が、ゴーストタウンの小広場で開きっぱなしになっている。洗っていないコップが夕日を汚く反射して、レシートの束の折り目を照らす。6時35分。アルバイトにはもう間に合わないが、電話を入れる気力もない。
海が見たい。人を愛したい。信じられないでしょ? 怪獣とかというよりは、僕は珍獣というべきかもしれないけど、ともかく、僕にも心があるのだ。それを、何とか君なら信じてくれるのではないか、と思って、今も、この文章を書く。
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