第1話 逢いたくて

文字数 1,093文字

 私はひたすら自転車を漕ぐ。学生時代に通い慣れた農道を一心不乱に、彼の待つあの場所へ。

 今夜はなんて月明かりが綺麗な夜なんだろう。暗い道を照らす月の導きに助けられながら私は自転車を漕いでいた。

 田舎の母が転んで怪我をしたと連絡を受け、東京に住む私は様子を見に帰って来た。事の次第によってはしばらく滞在するつもりでいたのだけど、怪我というよりは軽い捻挫だったので結果的に大騒ぎする必要もなかったといえる。寂しさから私を呼び寄せるための口実だったのかもしれない。

 ずるいね、お母さん

 思わずクスッと笑ってしまう。どうやら私も母の血をしっかりと受け継いでいるらしい。帰省を口実にして幼なじみに逢うため約束の場所へと自転車を走らせているのだから。

 早く、早く……

 学生時代は幾度となく通ったこの道。目的地までほんの15分程度なのに、今は息が上がりまくってしんどい。

「歳には勝てないのかな」

 立ち漕ぎなんて、もう無理。そんなことを考えながらペダルを漕いでいた。

 もうすぐ逢える……

「お、お待たせ」

 私はハアハアと呼吸を整えるのに専念しているせいで、次の言葉が出てこない。

「またなんかあったのかよ、こんな時間に」

 上から目線の物言いとクールな表情は子供の頃から全然変わらない。話しているとイラッとくる。

 だけど……

「い、いや明日は東京に戻るからさ。一応顔見せみたいな?」

 彼はフッと笑うとまた真顔になり、前髪をかきあげながら言葉を返してきた。

「つか、もう夜中の1時だぜ? こんな時間に外出して大丈夫なのかよ」

 世間一般でいえば真夜中の1時過ぎに出掛けるなんて、特にこんな田舎なら有り得ない。

「バレないようには出てきたけど、すぐ帰らないとヤバいかも」

 ちょっと苦笑する私。

「そんな危ないことしてまで顔見せとは、相変わらずだねぇ。幼なじみ様は」


 ただ顔が見たかっただけ。逢いたかっただけだよ。分かってるくせに意地悪な返し方するのは自分だって相変わらずじゃない。だけど、はにかむような優しい微笑みを見ていると泣きたくなってくる。そういうところも嫌いじゃなかったんだよ、私は。いつだって無鉄砲な行動ばかりする私を叱ってくれる人。口は悪いのに言葉ひとつひとつに優しさがあふれているのがわかる。そんなあなたが大好きだった。ずっと昔から……

 スマホの表示がもうすぐ午前二時になることを警告している。どうして大切な人との時間は流れが早いのだろうか。次はいつ逢えるのかな。夏休みの帰省? 五月の連休?

「東京へ戻ったらまた連絡するね。そろそろマジやばそうだから帰る」

自転車のハンドルを握り、またねと言おうとしたとき……
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